第7話 手紙
女神の探偵事務所への訪問は止むことが無い。
今日も俺が見る監視カメラの映像には、笑顔で楽しそうに廊下を歩く姿が映し出される。
心が荒れ狂う。
最近は気付けば強く拳を握り締めている。
何を見ても食べても何も感じず、安酒を浴びるように飲まないと眠れない。
「ああああ! クソッ! あの探偵がァッ! どうすればあんな真似を止めさせられるんだッ!」
俺はさんざん悩んだ挙句、女神に思いを綴った手紙を出すことにした。
ラブレターを書くのは初めてだが、書き始めてみると思いが溢れて来て、まとめるのに四苦八苦した。
初めて会った時から惹かれていること。
姿形の美しさは自分の語彙では形容しきれないこと。
そして、ふしだらに見える行為は慎んだ方が良いこと。
俺の愛のすべてを込めた会心の出来と言える手紙を、スミスさんや同僚の目に触れないように、宅配の荷物に紛れて届けた。
いつ返事が貰えるか、心待ちにする時間は楽しかった。
どんな愛の言葉を返してくれるだろう。
気持ちが通じ合ったらどうしよう。
仕事は辞めて、一緒の時間をたくさん作るべきだろうか。
一度は故郷に連れて帰って、母に紹介したい。
顔を合わせれば色黒の太った村娘を紹介されるのに嫌気がさして、このところ足が遠のいてしまっていたが、これでやっと親孝行ができる。
2日後にその日の業務を引き継いで帰宅すると、俺の住むアパルトマンに手紙が届いていた。
実家の母以外で俺に手紙を送ってくるような知人は居ない。
差出人の記載は無いが、ペンドルトン子爵家の
女神からの手紙だ!
手紙を丁重に自室まで運び、浮かれながら中を確認した。
―――――――――――――――――――――――――――
コンラッド・モース様
お手紙拝見致しました。
残念ですが、あなたのお気持ちに応えることはできません。
また、そのようなお気持ちで今のお仕事を続けられることは、互いにとって不幸です。
ご自身で異動願を出し、1週間以内に配置換えされることを望みます。
レイン・ペンドルトン
―――――――――――――――――――――――――――
………。
これは、なんだ?
裏面に追記が無いか見る。
封筒に他の紙面が残って無いか見る。
どちらも………無し。
………。
は?
▼▼▼
同僚のコーヒーに入れた睡眠薬はよく効いている。
睡眠障害の症状が出ているのは間違いなかったので、薬は簡単に処方してもらえた。患者の方をろくに見もせず、いいかげんな態度でしか話を聞かない藪医者もたまには役に立つ。
机に突っ伏して眠る同僚は身体を揺すっても起きる気配も無い。
静かに警備員控室を出ると真っ暗な廊下に非常灯だけが微かに灯っている。
手紙では俺の気持ちは伝わらなかった。
であれば、二人きりで直接伝える以外に方法は無い。
朝までしっかり同じ時間を過ごせば、俺の情熱は分かってもらえるはずだ。
この時間はエレベーターの電源は落としているので、非常階段から5階へ登る。
念のため、カメラの映像を確認するが、マリアさんも探偵も部屋から出てくる様子はない。
防火扉を開け、エレベーターホールに出て、エレベーター正面のプライベートルームの扉に、警備員控室のキーボックスから持ってきた合鍵を差し込む。
キーを回そうとしたその瞬間、ガチャリ、と背後から防火扉が開く音が聞こえ、低い声が掛けられる。
「何をしている?」
「ッ!」
驚愕と共に慌てて振り向くと、ゆっくりと閉じる防火扉を背に、クサカベがエレベーターホールからこちらを見ている。
バカな、何故こんなタイミングでコイツがここに来る?!
「何をしているか聞いているのだが?」
クサカベは黒いコートの裾を揺らしながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
緊張から額に汗が滲む。
細い目が俺を射るように見つめている。
「………け、警報に反応があった。確認に………」
「嘘だな」
クサカベはあと3歩ほどの距離で足を止め、強い口調で俺の言葉を遮る。
「警備員控室にはお前の同僚の女性が、頬を叩いても起きない程、昏睡していた。なぜあの状態の同僚を放置して1人で行動している?」
クソ、この短い時間で警備員控室を確認してきたって言うのか?!
「彼女は、体調が悪くて………」
「応援や救急は呼んだのか?」
「も、もちろんだ」
「では今、本部へその腰の無線で確認しろ。警報が鳴った、同僚が倒れた、1人で雇い主のプライベートルームに侵入する、と。その許可を取ってみろ」
「もう取った!」
「もう一度、僕の前でやれと言っている。僕はお前の言葉を毛ほども信用していない。最後のチャンスとして証明する機会を与えているだけだ」
探偵風情の高圧的な態度が、やたらと癇に障る。
「く………!」
「どうした? できないのか?」
「クソがァァアアア!」
俺は踏み出し、警棒を抜き放って振りぬく。
瞬間、俺の胸元と足に何かが触れた感触があり、俺の視界は反転した。
「ガッ!」
背中を強く打ち付けた衝撃で、初めて投げられたことに気が付いた。
息が詰まり、体の動きが停まる。
「動くな」
俺を見下ろすクサカベの右手には黒い自動拳銃が握られ、俺に向けて真っすぐ構えられている。オーストリア製のプラスチック部品の多い非常に普及した拳銃だ。
俺がすぐに体を起こそうとすると、
ダンッ!
俺の右足の太ももが撃ち抜かれる。
「グアッ!」
「動くなと言った」
クサカベの銃口も、目線も、一切の油断なく俺に向けられている。
片手で撃ったにも関わらず、まったくブレがない。
一切の躊躇なく人間を撃った。
コイツは――――荒事に、慣れている。格闘技の経験なんて軽いもんじゃない。
気が合って飲みに行く仲のベテラン軍人が時折こんな目を見せる。実際に何度も銃火が飛び交う鉄火場を潜り抜けてきたような、凄みを感じる。
絡んでくる酔っ払いとの殴り合いに負けたことが無い、という程度の俺では歯が立たない。
俺はそれ以上、動けなくなった。
クサカベは俺からほとんど目を離さず、左手で携帯電話を取り出し、電話を掛ける。
「貴族の令嬢を狙った不審者を取り押さえた。警官を派遣してくれ。住所は―――」
▼▼▼
駆け付けた警官に逮捕された俺は、数日ぶちこまれた後、不起訴処分となって、釈放された。
無実が証明されたわけでは無い。
俺を雇っていた警備会社が、風聞が広がることを恐れて示談で済ませたためだ。接見に訪れた警備会社の顧問弁護士が俺の署名を受け取って、そう説明していった。
警備会社は俺を解雇し、ペンドルトン子爵家へ払った示談金は、そのまま俺へと請求された。
また、警備会社はこの事件のせいでペンドルトン子爵家から一部の契約―――ビル管理以外の護衛契約を切られたため、損害賠償請求も上乗せされ、その大金は当然俺のなけなしの貯金では払いきれず、俺の借金となった。
それらの手続きの際に聞いた話では、俺の手紙を受け取ったレイン・ペンドルトン嬢はすぐにクサカベに相談していて、返事後に大人しく配置換えを申請すれば良し、そうでなければ暴発する可能性があると考えられたため、俺は常にクサカベに監視されていたということだった。
こうして俺は、無職になり、多額の借金を背負った。
俺と女神の未来は無残に引き裂かれ、閉ざされた。
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