第8話:見知らぬ子ども

 レイニーが家族のことを信じてもいいと思い始めた頃、そんな彼女の心を揺さぶるような出来事が起きた。

 それはレイニーが、家族以外では使用人としか顔を合わせていないタイミングでの出来事だ。


「「レイニー」」

(今日も来てくれたのね、お兄様たち)


 この頃になるとレイニーは、ルークとスレイのことを『この二人』などではなく『お兄様』と呼ぶようになっていた。

 もちろん言葉にすることはまだできないが、それでもレイニーからすれば大きな一歩を踏み出したと言っても過言ではなかった。


「今日は俺の友達を連れてきたんだ。笑ってやってくれよー」

(……なんですって?)


 しかし、ルークの言葉を聞いたレイニーは唖然としてしまい、さらにキッと彼を睨みつけた。


「そっかー。笑ってくれるのかー」

「ぶー! ぼくもおともだちにレイニーをじまんしたいのにー!」


 レイニーの抗議の睨みは二人に全く伝わっておらず、むしろ肯定だと真逆に捉えられてしまった。

 それだけレイニーがかわいらしいということなのだが、今回に限って言えばそれが仇になったと言えなくもない。


(違う! 近づけさせないでって言いたいのよ!)

「それじゃあ呼ぶから、ちょっと待っててねー」

「いいなー、おにいさまはー」

「ばぶぶばぶばばばー(ちょっと止めてよルークお兄様)!」

「嬉しいな。そんなに会いたいんだ!」

「ばぶばー(違うわよ)!」


 何を言っても真逆に捉えられてしまうレイニーはバンバンとベッドを叩くものの、その行動もかわいらしく見えてしまい、ルークは笑みを浮かべながら入り口へ駆け足で戻っていく。

 こうなっては覚悟を決めなければと腹をくくったレイニーは、ごくりとつばを飲み込み扉の方へ視線を向ける。

 一度は姿を消したルークが先に現れると、続けて深紅の髪を揺らした少年が恐る恐るといった感じで顔を覗かせた。


「中に入れよ、カルア」

「は、はい、ルーク様」

「……カルア? 俺たちだけの時は普通に接してくれって言っているだろう?」

「うっ! ……わ、分かりました、ルーク」

「敬語もなしだってば」

「こ、これは僕のしゃべり方だから、仕方ないんです」


 ルークとカルアの関係性がよく分からないレイニーだったが、それでもカルアを見る彼女の視線には警戒以外の何ものも存在していない。


(……もしかして、この子の家に私は売り飛ばされるのかしら? 彼は私を下見にでも来たってこと?)


 相手が子供だからといって油断はできない。

 貴族の子供は、結局のところ貴族に染まった考え方しかできないからだ。


「こっちに来てレイニーに挨拶してくれよ」

「は、はい」

「カルアさんだー!」


 スレイはカルアを見つけると彼の手を取り、笑顔のままレイニーのベッドまで引っ張っていく。

 そして、ベッドの横でレイニーを見つめると、カルアは目を見開いて言葉を失った。


「どうだ、カルア? 俺の妹はかわいいだろう?」

「てんしなんだよー!」

「……」

「……どうしたんだ、カルア?」

「え? あ、すみません! その、とてもかわいらしいと思います!」


 黙り込んでしまったカルアにルークが声を掛けると、彼は慌てた様子で口を開いた。


(……うわぁ。本当に天使みたいな赤ちゃんなんだなぁ)

(……この子、何を考えているのかしら?)


 カルアはレイニーに見惚れ、レイニーはカルアを疑っている。

 完全にすれ違っている二人の思いだが、そんなこと子供たちには関係のないことだった。


「レイニー。カルアは俺の一番の親友なんだ。だから、俺たちの次に仲良くしてあげてねー」

「カルアさんはとってもいいおにいさまなんだよー」

「は、恥ずかしいから止めてください」

「本当のことだからいいんだよ」

「いいんだよー」


 こうしてカルアを紹介されたレイニーだったが、彼女にとっては悩みの種が一つ増えただけに過ぎなかった。

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