第9話 周知の恋人




「よ、陽祐君」


 彼が現れてくれて、私は安心した。美咲の勢いが少し怖さもあり、一人で対応するのは手に余っていた。


「おはよう、陽那」


 その言葉で、教室にいる人がざわめく。たったそれだけの行動で、と思われるかもしれない。陽祐君が私に向かって、柔らかく挨拶をしたのは、みんなにとっては驚きの行動だった。中身は違う人間じゃないかと、疑っている人までいる。


「おはよう、陽祐君」


 向こうが恋人らしくしてくれたのだから、私も頑張らなきゃ。彼女らしく、彼女らしく。そう気をつけながら、彼に向かって挨拶をする。


「今日は一緒に行けなくてごめんな」


「謝らなくていいよ。用事があったんでしょ?」


「ああ。だから明日からは一緒に行ける。もちろん、今日も一緒に帰ろうな」


「うん」


 会話のやりとりをしていて、私も驚く。どこからどう見ても、初々しいカップルだ。

 美咲も私達のやりとりに信じるしかなくて、それでも祝福より驚きが勝っている。


「ほ、ほんとうなんだ」


「相談できなくてごめんね。恥ずかしくて、なかなか言えなかったんだけど」


「……そっか」


 ようやく納得してくれた。美咲のおかげで、他の人にも知らせることが出来た。一石二鳥である。

 これで、私達が付き合っているのが本当なのだと、勝手に話が広められてくれる。

 別に作戦を立てたわけじゃないのに、陽祐君は上手にやってくれた。感謝しかない。


 話をひろめ、公認のカップルになる。

 どうして、そうする必要があるのか。それは、御手洗君に無理やり会わされるのを拒否するためだ。いくら相性診断の結果が良くても、恋人を引き裂いたりはしない。


 義務とも言われているが、あくまでも推奨。強制はできなかった。そこを主張するのだ。

 周りが認めるぐらいの仲のいい恋人に、無理やり別の人を勧められない。そんな状態に持ち込む。

 上手くいくかどうか分からないけど、やって損は無い。


「ごめん。相談しなかったから怒ってる?」


 普段とは様子の違う美咲。どこか顔色も悪い。友人なのに、恋の相談をしなかったのを怒っている。そう思って謝ったのだけど、彼女は力なく手を振った。


「違うから、そんな顔しないで。本当に。驚いただけだから」


「それならいいけど」


 心配していると、後ろから手が伸びてきた。陽祐君だ。私の肩に腕を回し、引き寄せてくる。胸元に寄りかかる形になって、心拍数が上がった。


「よ、陽祐君っ」


「あんた、陽那の友達?」


「そ、そうだけど」


 私の間で、2人が睨み合っている。この前の件があるから、仲良くするのは無理そうか。無理に仲良くしてもらうのも、この年齢ですることじゃない。苦手な人は苦手なままだ。


「へぇ。でも陽那は俺の彼女になったから、今後は俺を優先してもらうことになる。悪いな」


「は?」


 なんて、恥ずかしいことを言う人なんだ。私は抱きしめられる形になりながら、自然と顔に熱がこもる。

 目に入る美咲の表情が怖い。言いたくは無いけど、鬼みたいだった。


「私も陽那と親友なんだけど。あんたに指図されたくない」


 これは、もう絶対に仲良くなれなさそうだ。2人の様子を見て、そう確信する。


「当然のことを言ったまでだ。恋人になりたてなんだから、そこら辺の配慮をしてくれるか? もちろんしてくれるよな?」


 拒否したかったのかもしれないけど、周囲の視線に美咲が気づく。ここで拒否したら、彼女が心の狭い人間だと思われる。


「そ、そうね」


 だから、結局受け入れるしかなかった。不本意そうではあったけど。


「なあ、陽那。ホームルームが始まる前に、少し2人きりで話をしないか?」


「あ、うん」


 ただの話じゃないとは、顔を見れば分かる。これからのことについて、もう少し話をしておきたいのだろう。断る理由もないので、すぐに受け入れる。


 私達は視線にさらされながら教室から出る。廊下には見に来た野次馬の姿も何人かあり、どこに行こうとしているのかと追ってこようとした。でも、その人達に対して陽祐君が睨みつけて動きを止める。

 彼の性格に怯んだ。こういう時に役立つ。自然と手を握られ、私は後について行く。昨日もそうだけど、やっぱり手が大きくて温かい。


 繋がれた手を見ながら、心がポカポカするのを感じる。彼の手は安心できる。守られている気分になった。

 そのまま、昨日と同じように裏庭に行こうとしていたのだけど、そうなる前に止められた。


 この状況で、普通だったら止める人はいない。私も、そう簡単には止まらなかった。でも、止めた人物にもよる。


「ちょっといいかな」


 その声に、私は思考も動きも停止した。どうすることも出来なかった。

 御手洗君に話しかけられてしまえば、昔の名残で止まるしかなかったのだ。


「……あ」


 止まらなければ良かった。そうしたら、声をかけていた人を無視できなくなる。

 怯えないように気をつけて、声がした方を見た。でも、手を繋いでいる陽祐君には気づかれたかもしれない。


 そこには、記憶のままの姿がいた。全く変わっていない。だからこそ、私は怖くてたまらなかった。




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