第24話 鍋
木造校舎一階の家庭科室に移動した。
日が完全に沈んだが、その校舎には電気が通っており、家庭科室の電灯が鍋と切り分けられた肉とユルギたち———四人を照らしている。
「おい、二人はどこいったんにゃ?」
猪ノ叉佐助とミノタウロスは———いない。
ユルギ、ラビット、イオ、ヘルガの四人だけだ。
二人は移動中にいつの間にかはぐれどこかに行ってしまっていた。
「パトロール。この島は物騒だし、あいつらと昨日やり合ったばっかりだし」
「あいつらって?」
ぐつぐつ煮えたぎった鍋の中に切り分けた肉を次々と放り込んでいくユルギ。
「『モンキー』って〝殺し屋〟がいるんだけど、ユルギちゃんは知らないでしょ?」
「はぁ、そりゃあ」
「裏の世界では有名な殺し屋だ」
ラビットも肉を追加しながら会話に加わる。
「『モンキーデリバリー』という〝殺し屋〟の派遣会社を経営していて、自分の手を一切汚さずに人を殺し続ける。〝悪名〟で有名な〝殺し屋〟だ。常に人を使って殺させ、それは会社に登録している〝殺し屋〟だけじゃなく、ターゲットの家族や知人すらも利用して殺しを必ず人に委託する。卑怯者だ。だから———誰も顔を知らない」
「その人間のクズもこの島に来てるってわけさ」
「えぇ……この島に来てる人って、いい殺し屋の人が来るんじゃ……」
ユルギの視線がイオに向けられ、
「そんなことないか」
「おい、なんで私を見て前言撤回した? 言ってみろはっきりと言ってみろにゃユルギ」
「イオは面白いけど、決していい子じゃないなって」
「おい、誰か毒薬持ってないにゃ? こいつ殺すわ。まだタイムリミットまで三時間ぐらいあるし」
イオは何か毒物に近いものはないかと家庭科室中の調味料を探し始める。
「お、賞味期限切れの調味料多数……」
「やめろ。私らも食うんだぞこれから」
「不死身の私には関係ないにゃ」
「いや、あるだろ。死なないだけでお前は十分に痛みを感じるじゃないか。腹が痛くなってトイレにこもり続けて今晩はおトイレ一拍となっても知らないぞ、私は」
「…………」
閑話休題。
イオとラビットの漫才のようなやり取りを放っておき、ヘルガはユルギに向き直る。
「別にこの島に来る資格に人格面は考慮されてないみたいだよ。ただこの島に招待された条件として、
———〝名の知れた殺し屋であること〟。
———〝99人の人間を殺していること〟。
その二つが条件らしい」
99人———。
そういえば、昨日ラビットが戦っているときに殺した総数をイオに教いていた。
他の殺し屋も同様の数を殺していたようだ。
「その数字に意味があるんですかね?」
「私が調べた限りは———ない。多分、数が重要なんじゃなくて、それだけの数を殺して生き残っていることが重要なんだと、」
ドォン……ッ!
「————始まった」
「何⁉ 何の音なんですか⁉」
遠くで爆発音が聞こえた後、パタタタと銃声が響く。
「いつものことだよ。『モンキー』が攻めて来てるってこと」
「どうして?」
「さぁ……ねぇ? 私たちが食料があるこの港町一帯を縄張りにしているから気に食わないんじゃない」
ユルギは立ち上がる。
「……戦闘してるのはさっき会った猪ノ叉さんとミノタウロスさんなんですよね? 助けに行かなくていいんですか?」
今にも助けに向かいたそうに両腕を震わせていた。
ラビットが「君が行ったところで何にもならないだろうに」と止めようとしたが、彼女が動くまでもなく、ヘルガがにこやかに言う。
「
「
「センサーで敵を感知し一定範囲内に敵が侵入すると勝手に撃ってくれるっていうトラップだよ。港町に侵入されないようにそこら中に置いてるの。地雷もね。多分さっき『モンキーデリバリー』の誰かが見事に踏んだな」
ははは、と笑いながら鍋をかき回すヘルガ。
「じゃあ、猪ノ叉さんとミノタウロスさんは……」
「あくまでパトロールだよ。敵を確認しても近づかないし、もしも突破してきたら流石にその時は迎撃するって命令を出してる。いつものことだから大丈夫だよ」
「はぁ……あの、この島って何人の〝殺し屋〟が来ているんでしょうか?」
「十二人だよ。どうして?」
「いえ……数が妙に多いなぁって思って」
「まぁ、納得だけどね、それだけ平穏に飢えてるってことよ。みんな都合のいいことに」
「都合がいい?」
「そ。考え方や経歴は人それぞれかもしれないけど、〝人を殺す〟仕事を選んでいる奴なんて、所詮知恵の足りない馬鹿しかいないのよ」
極端なヘルガの物言いにユルギは少し肝が冷えた。
ラビットとイオはまだいい争いをしながら、猪鍋に加える調味料を探していた。幸運なことに彼らの耳には入っていなかったらしい。
「そ、それぞれ事情があるんじゃないですか?」
二人に聞こえたら怒り出すと思い、ユルギは一応〝殺し屋〟をかばう発言をした。
「事情なんかどうでもいいよ。人を殺していいのは殺される覚悟のある人間だけだよ。つまり人を殺したら、いつだろうが殺されても文句は言えないってこと。
自分から死に向かうような仕事を選ぶって馬鹿以外の何物でもないじゃない?」
「はぁ……そう、ですね……」
「私もそうだけど。さて、もう煮えたでしょう、たべ……」
ヘルガが鍋に視線を落とす。
茶色。
どこまでも茶色しか広がっていない鍋———。
猪の———肉しかない。
「あの……誰か野菜入れた?」
「入れてないです……いえ、それ以前に用意していないです……」
「これだけの量の肉を、肉オンリーで食べろってこと⁉ もたれちゃうよ! 野菜、野菜を入れなければ! 冷蔵庫に何かあったはず!」
ヘルガは冷蔵庫に駆け寄り開ける———が、
「空っぽじゃないですか……」
白い冷蔵庫の中には見事に何も入っていなかった。
ヘルガはがっくりとうなだれ、
「ウチの〝ファミリー〟はみんな小食でさ。ミノタウロスはレーション、猪ノ叉は忍者特製の丸薬みたいなやつしか食わなくて……まともな食事をするの私だけなんだよね。で、肝心の私もいつも弁当しか食べてないから……食材なんて全く保存してない」
「弁当……この島来るんですか?」
「携帯で管理人に申請すれば届けてもらえるのよ」
そう言ってヘルガは天井を指さす。
「飛行機で」
「飛行機で⁉」
「そ、一応バケーションだからね。何か物が足りなくて不自由があったら物資を届けてくれんの。親切設計……いや、無人島に連れてきている時点で親切でも何でもないか」
ばたんと冷蔵庫を閉じる。
「さて……肉オンリーであの大量の煮えた猪を食べなきゃいけないわけだけど……どうする?」
あふれんばかりの猪肉がぐつぐつと私たちを待ち構えている。
何だか鍋からはみ出て増えてるようにも見える。
「食べないとどうなるんです?」
「腐る」
「だったら……食べるしかないですよね。勿体ないですもん……命あるもの、少しでも無駄にしたらいつかバチが当たっちゃいます」
「その考え方、嫌いじゃないわ!」
ユルギとヘルガは頷き合い、箸を握った。
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!」」
そして、猪鍋へと突撃していく……。
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