変わらないもの

 終業式が終わると手早く帰り支度を済ませて家路に就く。

 駅の駐輪場で出会った友人と一緒に乗った電車は、あっという間に自宅の最寄り駅へ滑り込み、その直後には灼熱のホームに俺を放り出した。

 

 二時間半を掛けてやってきた俺と母を出迎えてくれた祖母は、その手に大きな枝切り鋏を携えニコニコと微笑んでいた。

「お母さん、寝てなくて大丈夫なの?」

 その祖母はといえば、母の心配を余所に「あんたら姉妹きょうだいはいっつも大袈裟なんだよ」と苦笑いを浮かべていた。

 遺影の祖父に挨拶したあと、母と祖母が四方山話を始めたタイミングを見計らって家を出た俺は、あの日以来一度も行ったことのなかった海岸へと足を運んだ。

 なぜそうしようと思ったのかは、正直なところ自分でもよくわからない。

 何年か振りに訪れた田舎はあの頃と少しも変わっておらず、赤土の畑も深緑色の山も、記憶の中にあったままに存在し続けていた。

 だが、祖母の家の居間は昔よりも狭く感じたし、海へと至る道程も随分と短くなっていた。

 変わってしまったものがあるとすれば、それは俺自身なのだろう。


 二度と訪れることはないだろうと思っていたその場所にあっけなく到着した俺は、目の前に広がる青の美しさにただただ目を奪われ、そして圧倒された。

 そればかりが理由ではなかったのだが、うっかり海に長居してしまい日が暮れてから家に戻ると、母にこっぴどく叱られてしまった。

「私は帰るけど夏生はどうする?」

 母の問いに対し、即座に「しばらくこっちに泊まるよ」と返答をし、祖母と二人で去って行く車を見送る。


 そして翌日。

 祖母の作った昼食で腹を満たすと早速やることのなくなった俺は、性懲りもなく散歩に出かけることにした。

 昨日行ったばかりではあったが、またあの海に行きたいと思ったからだ。

 昨日よりも幾らか早い時間だからだろうか。

 高い位置から降り注ぐ日差しが、海面を宝石のようにキラキラと輝かせていた。

 俺がいくら変わろうとも、目の前に広がる海と空の青さは、あの夏の日のままでいてくれたことが嬉しかった。

 だからというわけではないが、少々はしゃぎすぎてしまったようだ。

 頭の天辺から足の裏まで、濡れていない場所などないくらいに海水と砂にまみれた俺は、砂浜に寝転んで身体を乾かすことにした。

 これが小学生の子供ガキの時分ならば可愛げもあるのだが、高校二年にもなって、一人で海に来て波に飲み込まれたのだから目も当てられない。

 そのまま寝てしまおうかとも思ったが、それではまた祖母に心配を掛けることになってしまうだろう。

 ただ、この温かな砂浜から起き上がるのには、多少の覚悟と気合が必要だった。

 それこそ子供のようではあるが、頭の中でカウントダウンを開始する。

 ゴ、ヨン、サン、ニ、イチ――ゼロになった瞬間、覚悟を決めて一気に目を開く。

 世界に光が溢れ、視界が真っ白に染まる。

 わずかに遅れて網膜が空の青さを認識した。

 そして、その青の只中に白いワンピースを身にまとった少女の姿があった。

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