第五章『運命の歯車』
母からの依頼
高校二年一学期の終業式を翌日に控えた、七月のその日。
学校が終わり家に帰ると、仕事に行っていたはずの母の姿があった。
「夏生。ちょっと話があるから着替えたら居間に来てくれる?」
そのやけに遠回しな物言いから、何か良からぬことが起こったのだろうと察する。
「いま聞くよ。何かあったの?」
「おばあちゃんがね。ちょっと具合が良くないみたいなの」
三年半前に祖父が亡くなってから、祖母はあの田舎の家に一人きりで住んでいた。
「具合が悪いって病気か何か? 入院とかしたの?」
自分の口から出た言葉に悪寒が走る。
俺が入院という言葉に持つイメージは、病気や怪我を治療するというより、見舞いに行く度に弱っていく命をただ見つめるような、そんな暗く悪いものだった。
それは祖父のことがあったからに他ならない。
「そうじゃないんだけど、あっちゃんのお母さんが『風邪か何かだと思うけど心配で』って、昨夜おそくに電話を掛けてきてね」
そう聞いて少しだけ安心したが、たとえ風邪だとしても一人暮らしの高齢者が患ったとなれば確かに心配だし、日常生活で困るようなことも出てくるだろう。
「夏生、それでね――」
母の話によると、親族を代表して俺が明日から一週間の間、祖母の手伝いをしに田舎へ行って欲しいとのことだった。
共働きの両親を持つ俺は、掃除や洗濯、それに料理も一通りこなすことができるし、何よりも夏休み中の予定が皆無であった。
以上のことから適任なのは間違いない。
ただ俺は、あの町に足を運ぶこと自体に強い抵抗があった。
それは間違いなく、中学一年のあの夏の苦い思い出のせいだったのだが、今はそんなことを言っている場合ではない。
それに、もしこんな機会でもなかったのなら、今後何年もあの町に行くようなことはなかったはずだ。
「わかった。任されるよ」
明日から始まる旅に備え、普段より一時間も早く床に就く。
布団の上で寝返りを打っていると、ほんの数時間前の決意がもう揺らぎ始めた。
あの田舎の町と人たちは、きっと昔と同じように俺のことを迎え入れてくれるだろう。
だが肝心な俺自身が、かつてあの町で起きたことを受け入れられぬままでいた。
そんな漠然とした不安が次の瞬間には後悔へと変化し、波のように次々と押し寄せてくる。
結局のところ意識が途切れたのは、いつもとそう変わらない時間になってからだった。
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