第355話:限界を超えろ!

 ハイオークとの戦いが始まった。


 ノルトがやるべきことはとても簡単で、これまでの戦いよりも分かりやすかった。


 最前線で目の前のハイオークを屠る。それだけだ。

 変に周囲を気にする必要はなくて、敵の攻撃を避け、渾身の技を叩き込めば良い。


 連携は良いとは言えなかった。

 寄せ集めの冒険者が言葉も喋れないほどに喉を枯らしながら、怒号のように声を出しながら何とかやっている。


 今のところ明確な死者はいない。だが、ハイオークの強烈な攻撃を受けて弾き飛ばされ、戦線に戻ってきていない者が増えてきている。回復が追いついていないか、傷が深くて現場では治しきれていない可能性が高い。


 ノルトも何度か攻撃を防いで飛ばされているが防御の上からやられているだけで、大きな傷はなかった。その辺に落ちていた小型の盾を使ってみているのが功を奏しているようだ。


 ハイオークを取り囲む者の数はどんどん減っている。冒険者もいるし、兵士もいる。当然男も女もいるけれど、大体は何処かに傷を負っていて腕を庇ったり、腰を固くしていたりする。


 ノルトように傷がない者もひどい顔をしていて、致命打を受けないように距離をとって、とにかく敵を引きつけることに専念していたりする。


 最初から分かっていたことだけれど、防衛に割く人員が少なすぎるのだ。こんな状況で、交代時間が欲しかったと贅沢なことを言うつもりはないけれど、広い範囲を守るために全力疾走を繰り返して最小限の犠牲で街を守っている。


 戦いを続けているうちにいつの間にか日は暮れている。満身創痍も良いところだ。力を抜いたら、そのままぐしゃりと落ち、いつのまにか地面の上で寝ているだろう。誰かが魔法で照らしてくれるところから少し離れればちょうど良い暗さになる。


 ひたすらに苦しい。辛い。重い。

 でも、そんな状態なはずなのにノルトはハイオークとぶつかる度に愉快な気持ちになっていた。


 一つは笑ってしまうくらい酷い状況だったからだ。いくら望んだとしてもここまでギリギリになることはない。


 もう一つは余計なことを考えなくて良いからだ。目の前の敵を倒す。自分が倒れればセネカたちがきつい。それだけ分かっていれば良いというのは、ノルトにとっては幸福だった。


 そして最後に、明確に限界を突きつけられているからだ。


 いまのノルトはこのハイオークの特殊個体には勝てない。

 戦いを続けることすら困難な状態になってきている。

 一瞬判断を間違えば身体はちぎれ、もう起きれなくなるかもしれない。


 あらゆる方向から言われている気がするのだ。「お前の限界はここだ」と。


 ノルトはハイオークに肉薄する。

 剣を振るって腕を傷付ける。

 すぐに回復されるが、力で押し切ろうとする。

 だが、すぐに蹴り飛ばされる。

 何とか盾を滑り込ませて、ギリギリの受け身で着地する。


「ほら、また助かったぞ」


 そう言ったのは、自分を鼓舞するためだった。

 大きな傷はないけれど小さな軋みが重なっていて、身体はバラバラになりそうなほど痛い。


 気を抜くと立ち上がることを諦めてしまいそうだった。


「ふっふっふっふ」


 だが笑いが込み上げてくる。

 多分自分は正気じゃないと分かっていたけれど、笑いを止められない。


 誰かが自分の名前を呼んでいる気がしたので、ノルトは剣を空に掲げた。


「はっはっはっは!」


 愉快だった。

 足に力を入れること。

 一歩足を踏み出すこと。

 剣を握りしめること。

 いまはどれもが進歩になる。


 いつもなら気にも留めない行動を取るだけで、限界を超えているという実感を得ることができる。

 だけど本当に必要なのは、そんな砂粒ほどのことじゃなくて、大きな壁をぶち壊す飛躍だ。


 ノルトは何度も何度もハイオークに立ち向かう。

 そしてその度に飛ばされて、また笑いながら這い上がってやった。

 気が付けば、倒れる度に誰かしらが回復魔法を飛ばしてくれたり、ポーションをかけてくれるようになった。


 ノルトにはもう周りの音は聞こえていなかった。

 鼻血を垂れ流し、敵しか見えない視界の中で、もがくだけだった。


 頭の中に浮かぶのは限界を越えることと、エミリーのところに帰るということだけだった。


「がっはっはっは!」


 ノルトはまた笑った。

 不思議と何とかなるという気持ちが増してきた。


 昔、セネカが同じようなことを話していた。

 根拠のない自信とはこういうものなのだろうか。


 戦いを続けるほどにノルトの力は増していた。

 立ち上がるのは毎回厳しいが、エミリーにもらった首飾りに触れれば不思議と力が入った。


 そして夜も深まって来たところ、ハイオークに変化が現れた。

 ノルトを見て、怯え始めたのだ。


 長い時間戦い続けたからか、ノルトにはハイオークの気持ちが分かった。


 不気味だよな。

 気持ち悪いよな。

 手に取るように分かった。


 ノルトは後退りするハイオークを前にして、堂々と足を踏み出した。


「うびびびび」


 もうとっくに限界は超えている。

 頭の中では謎の爆音が響き、心臓は警告を発している。

 だからこそ、ここで絞り出す!


 ノルトはサブスキル[一極集中]を発動した。[豪剣]を発動した。

 残りカスを絞って絞って、何も無くなるまで力を引き出した。


 目は眩む。

 感覚は無い。

 だが、意識を剣に。


「限界を超えろ!」

 

 剣に全てを乗せながら叫ぶ。

 その時、突然周囲の声が聞こえてきた。


「やっちまえ! ノルト!」

「仕留めるんだ!」

「頑張って!!!」


 一番大きな声を出しているのはエミリーだ。

 そう感じた途端、ノルトの身体が赤金に光り始めた。


「限界を超えろぉ!!!」


 技巧は必要ない。

 ノルトは持てる全てを叩きつけた。


 剣が当たった感触はない。

 残っているのはやり切ったという満足感だけだ。


 頭の中に声が響いた。


【レベル4に上昇しました。[自動回復]が可能になりました。身体能力が大幅に上昇しました。身体能力が大幅に上昇しました。干渉力が大幅に上昇しました。サブスキル[限界突破]を獲得しました】


 ハイオークがいた場所を見ると、敵は跡形もなく消えていた。

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