第四章:ルシタニア編

第32話:凱旋

 マイオルは王立冒険者学校への合格が決まったら実家のあるルシタニアに帰ると決めていた。

 家族に紹介したかったので、セネカを誘うと良い返事が返ってきた。


 ルシタニアまではバエティカから馬車で四日かかる。長く滞在することも考えて二人は準備を始めた。


 セネカはまずキトのところに向かった。

 キトは全てを察してセネカを快く送り出してくれた。恐ろしい速さで成長していくセネカに刺激を受けて、キトはより一層勉強に身を入れるようになっている。

 佇まいもどんどん洗練されていて、セネカの目にはキトの仕草が貴族であるように見えている。


 ルシタニア滞在の期間は決めていないが、キトの試験に合わせて王都に三人で向かうことになっている。それまでにはバエティカに帰ってこなければならない。


 次はギルドに行った。

 トゥリアに話をすると、いまルシタニアで需要が高い素材のことを教えてくれた。苦労なく採れる素材がいくつもあったので、馬車に乗せて多めに持っていくのが良いと思った。

 マイオル家の商家に卸せば良い手土産になるだろう。


 トゥリアはくれぐれも気をつけるようにセネカに言いつけたが、きっと何某かの事件を起こすのだろうと考えて、予め心に予防線を張ることにした。


 孤児院に行くとシスタークレアがいた。

 ルシタニアに行く話をすると自室にセネカを招いてさまざまなことを教えてくれた。


 今回のルシタニア滞在でのセネカの目的はコルドバ村の元村長夫妻に会うことだ。

 セネカはシスタークレアに頼んで村長達のところに手紙を出してもらっていたので、その情報を聞きにきた。

 村長の妻とは年に一回ほど手紙のやり取りをしている。前回はスキルのことやルキウスのことを書いて送ったので事情は知っているはずだ。

 お土産にはユリア特製のお茶を持っていくことにする。


 セネカはシスタークレアにも大人しくするように言い含められて、なんとなく頷いたけれど、注意を受けたのだと後から気づいてなんとも言えない顔になった。


 次はトルガの店だ。

 エミリーが不在だったので、トルガに長期的にいなくなることを伝えた。

 セネカがお店に行くのは久しぶりだったので改めて銅級冒険者昇格と王立冒険者学校合格のお祝いをしてもらった。

 出発までに服を作ってくれるというので恐縮しながらも受け取ることになった。


 トルガの店は貴族の刺繍騒動の時にお金を荒稼ぎした。トルガ自身は堅実な人間なので事業を突然大きくすることはないけれど、着実に販路を拡大しているとエミリーから聞いている。


 セネカはお風呂屋にでも行こうかと歩き出した。

 思えば知り合いが増えたものである。

 温かい場所から離れることに寂しさを覚える。


 村長達に会いに行くものだから感傷的になっているのかもしれないと思って、今夜は美味しいものを食べようと心に決めた。





 出発の日がやってきた。

 バエティカの商会が営む乗合馬車で行くことなった。この乗り合い馬車は何台もの馬車が一団となっているため、価格は高いが安全だ。

 引っ越しのための家財の運び出しもやっている商会で、今回は馬車にセネカ達が集めた素材を載せてもらっている。


 荷物を運んでいるのは商売敵のはずだがマイオルは素知らぬ顔をしている。こういう時の振る舞いはセネカには分からないので黙って様子を見ることにしていた。


 この一団には商会から護衛依頼を受けた冒険者が何人もいる。当然冒険者達は二人のことを知っているので、折に触れて話しかけてきた。


 二人は有事の際には戦闘に加わるつもりでいたけれど、何事も起きることなくルシタニアに到着した。

 ルシタニアへの道はよく整備されているので強い魔物は滅多に現れない。





 ルシタニアは交易都市として知られている。

 平野に存在し、海や川や山からそう遠く離れていない。さまざまな品物がこの地を通って都に向かっていくので商業も盛んだ。


 乗り合い馬車は広場に着いた。手荷物だけの者は降りていくようだ。

 セネカとマイオルは自分たちの荷物が入っている馬車に乗り換えた。

 馬車に乗る前に、マイオルは御者に目的地を告げてお金を渡した。


 マイオルの話によると商団には雇われ御者がいるもので、割安で目的地まで運ぶ手筈が整っているらしい。


 馬車から眺めるルシタニアは活気付いている。セネカの気分は高揚したが、マイオルは元気がなさそうだった。

 緊張しているのかもしれないと考えて、セネカは控えめに景色を楽しんだ。





 マイオルの家族が経営する『メリダ商会』は街の中心広場から非常に近かった。

 マイオルが実家の店を指し示した時、セネカはうまく反応できなかった。店が異常に大きかったからだ。


 マイオルの家は中級の商会だと聞いていたが、店の大きさだけで言えばバエティカで一番大きな店と比べても遜色ない。セネカはバエティカ基準で考えていたので想像つかなかったが、マイオルはとんでもないお金持ちの令嬢らしいとそこで初めて気がついた。


 ちなみに孤児院で質素に暮らしていたセネカにとっては多くの人がお金持ちであるが、中でもマイオルは別格だ。


「セネカ、ちょっと待ってて。誰か呼んでくる」


 そう言うとマイオルは豪奢な扉から店の中へ入って行ってしまった。


 少し待つと奥から声が聞こえてきて、何人もの男の人が馬車から荷物を運び出し始めた。

 後からマイオルもやってくる。


「セネカ、両親が奥にいるみたいだから案内するわ」


 セネカは手を引かれるまま、マイオルについて行く。


「驚いた? あたしの実家はこんなところなの。ここにいたまま過保護に育てられても冒険者にはなれないでしょ?」


 そう言われてみるとそんな気がしたのでセネカは頷いた。


「バエティカで自活し始めた時は困ったわ。何もかもが違うんだからさ。あたしは世間知らずだったの」


「私と会った時にはマイオルはすごく馴染んでいたから分からなかったよ」


「そうね。やっと馴染んできた頃にセネカに会ったのよ」


 歩きながら二人で話していると、遠くの方で『バタン』と大きな音がして誰かがドタドタと走ってきた。


 マイオルは「はぁ」と深くため息をついて立ち止まった。


「マイオル!!! 無事だったか!!! ついに諦めがついたんだな。いや、それで良い。お前にはあらゆる才能がある。それをこの街でゆっくり探していればいいんだ。いやぁ、よく帰ってきた!」


 初老の男性がやかましく話しながらマイオルをしっかり抱きしめている。これがマイオルの父なのだろう。よく見ると目元がそっくりだ。


「お父さん! ただいまくらい言わせてよ」


 マイオルはひょいと力を込めて父の腕を引き剥がした。あまりにも簡単に腕を取られたものだからマイオルの父は驚いた。


 マイオルは続ける。


「諦めた訳じゃないわ! 王立冒険者学校の特待生として合格が決まったから帰ってきたの! 凱旋よ!!」


 マイオルは懐から合格証を華麗に出して父親の目の前にデンと出した。この動きはバエティカの寮で何度も練習済みで、セネカも付き合わされた。


「ほえ?」


 マイオルの父はまだ飲み込めないようだ。


「だから! 銅級冒険者になって、王立冒険者学校に合格したの!!」


「えええええ!!!」


 その日、メリダ商会に会頭の野太い声が響き渡った。





 しばらくして正気を取り戻したマイオル父は二人を応接間に案内した。

 セネカに自己紹介をする時には出来る商人にしか見えなかったので、娘の前でだけ理性が飛ぶのだろう。


 応接間で待っているとマイオルの母と上の兄がやってきた。他にも兄と姉、弟が一人ずついるが、弟は自宅にいて、上の二人は仕事で違う街に行っているらしい。


 マイオルは家族に対して改めて銅級冒険者になったことと王立冒険者学校に特待生として合格したことを伝えた。

 はじめはみんなも驚いていたが、証書を確認したり、マイオルの身体能力が桁違いに上がっているのを目の当たりにしたりして、話を受け入れるようになった。


 マイオルの家族はセネカに対しても丁寧に接してくれて、気の済むまで家に泊まっていいと言ってくれた。

 セネカはお金持ちに対してどう接して良いのか分からなかったが、みんな温かくしてくれたし、それぞれの人がどこかマイオルに似ていたので、心の中で微笑ましく思いながら楽しい時間を過ごした。





 それからセネカはマイオルの家に連れて行かれた。

 さっきの建物はあくまでお店で、家は別にあるらしいと聞いて、セネカは汗が止まらなくなった。


 マイオルの実家は店に負けず劣らず立派だった。

 家に門があって、そばにいた庭師の男にマイオルが声をかけると、あれよあれよと言う間に人が集まってきて二人を歓迎してくれた。


 家の中には部屋がいくつもあり、セネカは迷子になりそうだった。


 マイオルの部屋に二人で泊まることになったのだが、部屋は異常に広かった。孤児院だったら何人もの子供を入れて雑魚寝するだろう。


 ここで育ったマイオルと自分の気が合うのが酷く不思議だとセネカは思ったが、結局、生まれや育ちだけで決まることだけではないのだなと学んで、マイオルにギュッと抱きついたのだった。

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