セネカはコボルトを狩ることにした。

　コボルトは増え続けており、常に討伐要請がでている。強さは獣と大きく変わらないし、青銅級冒険者といえばコボルト狩りと言われるほどだ。

　それに行き慣れた森で狩りができるので、今のセネカに合っていた。

　街の門を出る時に門番のおじさんに止められそうになった。しかし、顔を合わせるとセネカだと気がついて通してくれた。

　十歳の女の子が一人で森に行こうとしているのなら普通は止める必要があるだろう。けれどセネカは何度も森で狩りをしているので、咎められることはなかった。

　セネカはとことこ歩いて森に着いた。

　セネカの今の腕ならコボルト数匹なら問題なく対処できる。だが、それ以上になると手が足りなくなるので、出来れば孤立している個体を狙いたい。

　野生児のセネカは気配を消して森を進んでいく。

　新しくできたと思われる痕跡を辿っていくと二匹のコボルトを見つけた。食べ物を拾っているようだ。

　セネカは少し離れたところで葉の多い木に登り、姿を隠した。コボルトの様子をしっかり伺いながら、道中で拾った小石を取り出す。

　コボルトたちに気づかれないように小石を投げ、二匹の警戒を煽る。

　拍子をつけて石を投げると、コボルトがセネカの方に移動してきた。この投げ方をすると動物が歩いてきたように聞こえて、知能の低い魔物たちは騙されるのだ。

　コボルトは小石が落ちた方を気にしていて、隙だらけだ。

　セネカは飛び降りながら刀を振って、手前にいたコボルトの首を刎ねた。すぐにもう一匹の裏に回って剣を振ると、こちらも首が落ちた。

　コボルトは正面から戦えば手強いこともあるけれど、型にはめてしまえば一瞬だ。

　セネカは魔力を使って針と糸を作り出した。そして、コボルトの首を拾って口をしっかりと縫い始めた。コボルトの噛みつき攻撃は厄介なので、どうにかできないかと考えているのだ。

　試しにやってみると少量の魔力でもコボルトの口を縫うことができた。

　しかし、この作業を戦闘中にするのは流石に厳しそうだ。

　何か思いつくかもしれないと考えて、セネカはさまざまなところを縫ってみた。

　脚と胴体を強く縫えば行動を阻害できるだろう。

　鼻も閉じてしまえば呼吸ができなくなるだろう。

　セネカは夢中でコボルトの骸を縫い続けた。遠くから見たら暗黒魔術の準備をしているように見えるかもしれない。

　縫えば縫うほど案が浮かんできた。けれど何をするにしても縫うための時間が足りないとセネカは痛感した。

　これを解決するためにはもっと早く縫えるようになるしかないだろう。

　

　となれば話は単純になってくる。とにかく熟練度とやらを稼いで自分を成長させるのだ。

　おぼろげだが道が見えてきたようにセネカは思った。

　足止めでも撹乱でも良い。自分のスキルを活かすのだ。

　セネカはそう心に決めた。

　セネカは解体用のナイフを取り出してコボルトの皮を剥いだ。

　これを孤児院に持ち帰って練習に使うのだ。

　討伐認定のためにギルドに提出する牙は追って回収したので、コボルトの肉を簡単に地面に埋めて、セネカは帰路についた。

◆

　ギルドに行くと受付にトゥリアがいた。

　セネカとルキウスはこの街に越してきた時から狩りを始めた。

　余った素材や討伐証明の扱いに困ったのでギルドに売ることになったのだが、その時の担当がトゥリアだ。

　当初セネカたちが魔物を倒したことをトゥリアは信じてくれなかったが、何度も通ううちに信じてくれるようになった。

　しかも、並の冒険者よりも処理が丁寧だと言われて、素材は職人たちから人気だったらしい。

　ただの冒険者の手伝いにしては本格的なことをやっていたのだ。　

　セネカはトゥリアのところに駆け寄った。

「トゥリアさーん」

「セネカちゃん！　聞いたわよ！　大変だったのね」

「ルキウスのこと？」

「そうよ！　それに担当の私のところにセネカちゃんのスキルのことも伝えられたの」

「そうなの。私、剣術でも魔法でもないスキルを授かったの⋯⋯」

　トゥリアは眉をひそめた。

　ちなみにトゥリアの困り顔は愛くるしいので男性陣に人気である。

「いまは一人で活動しているって聞いたけれど大丈夫？」

「うん。なんとか」

「森の浅いところだったら良いけれど、深いところに入っちゃダメよ。一人の行動は危険なんだから」

「はーい」

　セネカは片手をあげて大きく返事をした。

　周りの受付嬢はその様子を見て静かに微笑んでいた。

「今度時間のある時にゆっくりお話聞かせてね。ルキウスくんのことも」

「うん。これ、今日の討伐証明ね」

　セネカはコボルトの牙を四本渡した。

　トゥリアは受け取って換金処理をしてくれた。

　用事が終わって帰る前、セネカは思い詰めたような表情を浮かべてからトゥリアに言った。

「トゥリアさん、私ね、このスキルでも冒険者になるって決めたから！　だから、これからもよろしくね」

「うん！　セネカちゃんの活躍を楽しみにしているわよ！」

　トゥリアは満面の笑みでそう言った。

「ありがとう！　またね。トゥリアさん」

「またね」

　セネカはギルドを後にした。

　その背を見ながら、セネカの助けになってあげようとトゥリアは固く決心していた。

◆

　それから、セネカは毎朝森に行ってコボルトを何体か倒し続けた。

　森の奥には入らずに討伐し、コボルトの亡骸を使って【縫う】の活用法を試し続けた。

　コボルト狩りは大抵午前中に終わったので、薬草を採取してユリアに渡したり、他の弱い魔物や獣を狩ったりしてギルドと孤児院に持っていった。

　コボルト数匹というのは成果としては大きくないが、それを毎日安定して狩れる青銅級冒険者はいない。

　ギルドで様子を見ていた一部の者にセネカは一目置かれるようになったが、トゥリアはセネカのことを喧伝しないように周囲の人に頼んでいた。

◆◆◆

　近頃、バエティカの冒険者達は奇妙な噂を聞くようになった。

　それは銀髪の呪術師の噂だ。

　その呪術師はコボルトの首を抱えて口や瞼（まぶた）を縫い付け、盛大な儀式の準備をしているらしい。

　話に尾鰭がついてきたのか、見た目は少女のように見えるが実は四百歳であるとか大袈裟な内容になってきている。

　呪術師はコボルトを縫いながらとても愉快な顔で笑っているらしい。

　気味が悪いという声がなかったわけではない。

　しかし、実際にその光景を目にした者たちは口を揃えて、神秘的だと言った。

「絶世の美少女が首を抱えて糸を紡ぐ様子は、どこか艶やかだった」

　そう表現する奇特な男もいた。

　時が経つにつれて噂はさらに大きくなっていった。

　コボルトの怨霊を召喚して街を壊滅させようとしているとか、国家転覆を企んでいるとか、そんな話を聞いたという者まで出てくるようになった。

　トゥリアの耳に噂が入ってきたのもその辺りだ。

　トゥリアはセネカの髪が陽に当たると銀色に輝くことをよく知っていたので、ギルドに来るのを待っていた。

　セネカはいつものように魔物の討伐を終えて、ギルドでその日の成果を得ようとやってきた。

　しかし、入るなりトゥリアに呼ばれて個室に連れていかれた。

　セネカは何事かは分からなかったけれど、きっと怒られるのだろうと察して大人しくすることにした。

　トゥリアは事情を聞いた。

　その結果、コボルトの亡骸を使っている呪術師とは間違いなくセネカのことだろうと判断して、事の次第をセネカにも伝えた。

　セネカは自分の行動がそう見えるとは思いもしなかったので、話を聞いて血の気が引いた。

　今こそ青白い顔で、黒魔術でも使いそうに見えるかもしれない。

　トゥリアはどうしようかと考えた。

　とりあえず、呪術師の正体がセネカであることはバレていないと思っていたので、行動を止めさえすれば噂は消えると考えた。

　目撃者のほとんどが新人で、午前中しか活動していないセネカとは面識がなかった。

　それにセネカは俯きながら作業していたようなので、まだごまかせる可能性が高いとトゥリアは感じた。

　トゥリアは念のため髪型を変えるようにセネカに言って、様子を見守るようにした。

　セネカは肩まである髪をそのまま垂らしていたが、後ろで縛ることにした。

　適当な糸がたくさんあるので撚（よ）ってまとめて、キュッとする。

　さすがにここで縫う必要はない。

　念の為、装備や服の雰囲気も変えることになった。

　その後、森での呪術師の目撃例はパタリとなくなった。

　かわりに違う少女が魔物で医術の練習をしているという噂が出てきたのだが、それはまた別のおはなしだ。