82.これは魔法陣だね
火はほどなくして燃え尽きた。
私達は立ち上がり、再び魔道具のランプを持って光を灯し、暗い森を進み始める。
どこまで行っても空は黒く、この雲はいったいどこまで広がっているのだろう、と内心不安を抱きながら進んだ。
道に沿って南下していくと、やがて森が開けて明かりがいくつか灯る小さな村に辿り着いた。懐中時計で時間を確認してみる。まだ夕方くらいだ。
お目当てのリディルはまだ遠いけれど、かなり歩いたので「あの村で少し休みましょう」とハヤトに言ってみた。彼は頷く。
「そうだね。住人の様子も知りたいし……寄って行こう」
「はい」
彼が知りたい様子というのは、この天変地異を人々がどう受け止めているか、なのだろう。
気持ちは、分かる。
まだ王都からの情報が入っていないと思われるこの村の様子を見たい気持ちは私にもある。
集落へ足を踏み入れていくと、農具で武装している村人の姿やたまたま居合わせたらしい冒険者パーティーの姿がちらほらと見えた。
そのうちの一人、厳しい表情で周囲を見渡していた村人が私達に気付いて真っ直ぐに歩み寄ってきた。
「君達は旅人か?」
「はい。冒険者ギルドに登録があります」
私が身分証代わりの金のタグを見せると、村人は闘志で爛々とぎらつく目でたずねてきた。
「森はどんな感じだった!? 黒い奴らは居たか?」
「えーっと……私達はあまり会いませんでしたが、いるようですね。こちらの村の皆様はご無事ですか?」
「ああ。何とかな。……まったく、昼くらいから空が急に暗くなったと思ったらやたら強い魔物が出始めて。いったい何が起きてるんだ? 君達はどこから来た?」
「王都の方からです」
「そうか。あっちの方もこんな感じか?」
「はい」
村人は「そうか」と頷き、周囲へ再び警戒の視線を巡らせた。
「さっき黒い魔物が村の中に出てきて以降、皆気が立っててね。ピリついてるんだ。すまないね」
「いえ……こんな時ですから、警戒が高まるのは当然のことです」
ハヤトが答えた。そして続ける。
「怪我人は出ていませんか?」
「まあ……多少はな。でも出て来た魔物が一体だけだったのが幸いして、重症者はなんとか一人で済んでるよ。そいつは今、居合わせた冒険者達の中にいた回復術の使い手に魔法をかけてもらってるから……数日後には回復できるはずだ」
「そうですか」
彼の返す声に安堵が滲んでいた。……重症を負っても回復不可能ではない――不幸中の幸いだ。良かった。
「あの。俺にも少し見回りをさせて頂けませんか」
「いいのか?」
「はい。少しはお役に立てるかと」
「そりゃあ戦える人間ならぜひとも協力してほしいが……大丈夫か? 君達はBランクだろう? 正直、たった二人では心もとないような気が……。他のパーティに混ぜてもらえないか、声をかけてこようか?」
「大丈夫です」
きっぱりと言い切って、ハヤトはさっさと歩きだした。私も小走りで追いかける。
「お、おい……本当に大丈夫か? 敵は本当に強いぞ?」
今度は私が答えた。
「大丈夫です!」
ハヤトは歩きながら少し振り返り、私に声をかけてくる。
「アリーシャは休んでていいよ。俺だけで見回りしてくるから」
彼はどうやら私のことをアリーシャと完全に本名で呼ぶことにしたらしい。
少しこそばゆい気持ちになりながら首を横に振った。
「いいえ。きっと私にも出来る事があるはずなので行きます。それに……休んでいる間にまた置いて行かれたら泣いちゃいますし」
「……しないよ。ジョージ達が一緒ならともかく、アリーシャ一人を馴染みのない土地に置いて行ったりしない」
……そっか。逃げなくなったのはそのせいもあったのか。
もう王都からはだいぶ離れちゃったからね……。
私一人を置き去りにはしないなんて、実は気を遣ってくれてたんだなぁ。
ハヤトは村の外周をぐるっと一周するつもりのようで、民家の少ない畑が広がる場所へと足を進めていく。外周にはところどころに松明が置かれていて、煌々と燃える炎が辺りを照らしていた。
明かり……。
これ、切らしちゃいけないやつだよね。いつ空が晴れるか分からないし。でもずっと燃やし続けてたら薪も燃料も足りなくなるよね。
私は松明の前で立ち止まった。
「……アリーシャ、何してるの?」
「えーと、ちょっと思い付いたことがあって……。あの、先に行ってていいですよ」
「そういう訳にはいかないでしょ。ここは人目が無いから君に何かあったら大変――、あぁ、そっか。なるほど。分かった」
「なにがですか?」
「明かりを作りたいんだろ? 魔道具の」
「よく分かりましたね」
「そりゃね。この状況がしばらく続くようなら絶対に必要になるし。……この松明の薪に魔法を与えようと思ったの?」
「はい。冒険者証って、一番最初は木の札だったじゃないですか。だから、ただの木材でも魔道具として発光させるくらいなら可能なんじゃないかなと思いまして」
「それはそうだろうけど……。普通の魔道具なら誰かが触れてないと作動しないじゃん。ずっとここに誰かを立たせておくのは厳しいよ」
「うっ……。確かに……。でも王都の方では離れたところからでも魔力を送れる灯りが出来たって聞いたんですよ。きっと素材の力ありきなんですけど……木材じゃ厳しいかしら」
するとハヤトは少し考えてから口を開いた。
「……思い当たる素材はある?」
「ミスリル銀――魔法銀です」
「そうなんだ。……アリーシャ、手を出して」
「? こうですか?」
「そう」
言われた通りに手を差し出すと、彼はそこにポンと手のひらを乗せる。
同時にずっしりとした重みを感じて、驚いて手の上を見てみるとそこにはランプの形をした、青みの光を帯びた魔法銀の塊が。
「えっ!? これって」
「使っていいよ」
事も無げに言ってるけど、まだこんなものを隠し持っていたなんて。びっくりだ。
というか、貴重な魔法銀を惜しげもなく使ってランプにする物好きがいたなんて信じられない。
「す、凄いですね……。これならきっと――」
遠隔で魔力を送れる。
そう思ったけど、どんなふうに術式を構成したら良いのかなと思って考え込んでしまった。
ハヤトも再び何か考え込み、そして落ちている小枝を拾って地面に何やら書き始める。
「提案なんだけど、こういう感じだとどうかな」
がりがりと地面に描き込んでいくそれは、私が考えていた術式の形態とは全く違っていた。
炎のような形の記号を中心に、周りをいくつもの小さな星が取り囲んで丸で囲う――まるで前世の本などで見た魔法陣のような形の術式だった。
びっくりした。
彼独自の術式もだけど、それよりも。
「……どうして、私達の魔道具化が"書く"事だと知っているんですか?」
まだ話したことは無かったはず。
なぜ?
どうして?
お兄様が先に話しちゃってた?
驚く私に彼は一言だけ呟いた。
「君をずっと見てきたから」
そっか……。
じゃあ仕方ないね。
ハヤトに術式の解説を頼むと、彼は要素のひとつひとつをかみ砕いて丁寧に説明してくれた。
「要するに意味が通っていれば良い訳だろ。魔道具の目的にもよるだろうけど、炎とか水みたいに使用頻度が高くて汎用性があるものなら、もう記号に置き換えた方が楽なんじゃないかって思ったんだよ。で、炎を成立させるために必要な魔力。その記号がここの小さい光っぽい記号」
「なるほど。その光はどこから来てるんです?」
「空気中の魔力」
「まぁ……」
その発想は無かった。
今までの、触れて発動という前提ありきでは出てこなかった発想だ。
「でもこれだけだと常時発動みたいになっちゃって扱いにくい場面も出てくるから、触れる事で切り替えられる余地も残しておきたいじゃん。切り替えは多分よく使う機能になるから、こっちも炎とかと同じくもう記号化してしまえばいいと思うんだよ。人が触る度に発動と解除を繰り返すって記号を決めてさ。丸の中に入れておくの」
「いいですね……。ええと、この記号を囲う丸にはそういう意味があったんですか?」
「もちろん。色んな要素をひとつの魔法としてまとめるための丸だね。バラバラに発動したら意味が無いからさ」
「確かに」
省略と応用……。
魔法に限らない話だけど、女神様がどんな力を与えてくれたとしても使うのは私達人間で。
文字がどんなふうに成り立って、どんなふうに人々に認知されてきたかを思えばこのくらいの変化球は全然ありな気がする。
「でさ、どの素材がどのくらい魔力を増幅させるのかまでは俺は詳しく知らないけど、照明が目的ならそんなに強くなくて良いだろ。式を構築して魔力使用量と威力をきっちり指定するのも悪くないけど、先に結果――この場合はランプの炎ね。先に結果を指定しておけばあとは素材が勝手に調整してくれる部分もあるんじゃないかなって思ったんだよ」
「素材が勝手に調整……それ、心当たりがあります」
「だろ」
ベティの杖に2掛けの術式を入れた時、威力ではなく数に作用したことがあった。
あれは術式を簡素にしてしまったせいだと思っていたけど……今こうして考えてみると素材の癖というものもあったのかもしれない。
魔道具、思っていた以上に奥が深い。
ハヤトが出してきたこの魔法陣は結果が初めに存在する因数分解的な考え方。どのような経緯を辿って結果を出してくるかは、素材次第。
――試して、みたい。
マントの影からペンとインク壺を取り出し、もらった魔法銀のランプに地面の魔法陣を書き写していく。
もう隠す必要性を感じないので、ハヤトの見ている前で堂々と書き記した。
「そのインク、何にでも書けるんだね」
「はい。ドロップで出てくる特殊な材料を使った物なんです」
そう。このインク、金属でもガラス面でも綺麗に書き込める特殊なやつなのだ。
物自体は貴族社会に普通に浸透しているんだけど、金属やガラス面に文字を書こうとするのなんてうちくらいなのでこのせっかくの特殊性があまり意識されていなかったりする。
機能よりもステュアート家御用達だからという理由で浸透した面が強い。らしい。
「……定着」
記号を配置した魔法陣を、魔法銀のランプに定着させる。
魔法陣は抵抗なくスッと素材の中に沈んでいって、ひとまずの成功を予感させた。
「ミナ―ヴァ様」
女神様に祈りを捧げ、今の魔法陣が看破されないように覆い隠す。
「……そうやって作ってたんだね」
「はい。特別難しい事はしてないんです。ただ女神様が私達一族に特殊な力を与えてくださったというだけで」
静かにランプに触れるとボワッと炎が立ちのぼった。そのままそっと地面に置き、離れてみる。
炎は変わらず一定の威力を保ちながら燃え続け、魔法陣が上手く作動していると知らせてきた。
「すごい……! 人が触れていなくても魔法の火が消えていませんよ! これは、凄いです……!」
「やったね。じゃあこれは地面に立てられるようにしていこう」
「え、でもどうやって――」
ハヤトはランプの前に立った。彼の向こうで炎が煌々と燃えている。彼のシルエットが暗闇にぼぅっと浮かび上がった。
「できた」
そう言って振り返ったハヤトの背後では確かに、手持ち型だったランプが地面に根差した自立型の照明に変化していた。
「……?」
音に魔力を乗せる件に続いてまたしても……。
この人はまた何か妙な能力を手にしていたのだろうか。
不可解ながらもただまぁハヤトだしなという理由で納得して、先に進んでいく彼の後を追いかける。
「ま、待ってくださ……あらっ?」
びっくりした。
村の外周に点在していた松明が、次々に魔法銀の照明に姿を変えていく。
まるで魔法――いや、魔法はこの世界に実在しているけれど、この世界における魔法の概念から逸脱した光景を目の当たりにして、ただ驚くことしか出来ずに立ちすくむ。
「アリーシャ。ちょっと数が多いけど、これ全部にさっきのやつ書き込める?」
「はい……」
さすがにちょっと恐ろしくなった。
とはいえこの手の驚きは今さらでもあるので、気を取り直して次の照明に火を灯すべく足を進める。
そうしていくつかの照明に魔法陣を書き込んでいる時のことだった。ふいに肌がぴりつく感じがして、お互いに顔を見合わせた。次の瞬間には同時に駆け出していて。
「何か出ますね! 村の中でしょうか!?」
「多分ね! ごめんアリーシャ、先に行ってる!」
「はい!」
矢のように遠ざかっていく背中を追いかける。
村の中心部、民家の集まるところだ。あの辺りに禍々しい気配が渦巻いている。巨大な影が、上空から下りてくる。
黒く、長い尻尾に鉤爪の足、大きな体躯、そして翼。
あれは――ドラゴンだ。
黒い、ドラゴン。
姿を見た瞬間、息が詰まった。
あまりも大きな威圧感がのしかかってくる。足がすくんで動けない。怖い。
村人たちも私と同じ状態のようで、口を開けたままぽかーんと上空を見上げている。
そんな彼らの中で一番最初に反応したのは母親に背負われた赤ちゃんだった。
大きな声で泣き声を上げ、はっとした母親が悲鳴を上げたのを皮切りにあちこちから大人達の怒号が上がる。
「ドラゴンだ! 逃げろ!」
「走れ! 早く!」
黒いドラゴンが泣き叫ぶ赤ちゃんに目を向けた。
口が大きく開き、空間に歪みを感じるほどの魔力がそこで錬成されていく。
ゾワッと鳥肌が立った。
「だ、だめ」
その時――突然ドラゴンの体が青い炎に包まれた。ハヤトが攻撃したのだ。ギャアアと鳴き声を上げ、金属を思わせる大きな体躯を空中でくねらせ火を振り払おうとする。
ハヤトが母子を庇うように前に立ち、そして口を動かした。
"消えろ"
遠くて聞こえなかったけど、口の動きを読む限りそう言ったように思う。次の瞬間、黒い巨体が弾けて霧のように消えた。
「……?」
炎の攻撃で倒した……?
でも、それだけじゃなかったよね……?
村の人達もポカーンとして立ち尽くしている。
静まり返った村の中心では、赤ちゃんの泣き声だけが響いていた。
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