48.★ソロ活動をしているうちに一人遊びが上手になっていたS級
拠点をしばらくの間公爵家に移すという事で、身の回りの整理をしている時の話。
公爵家に無いものなんて無いんだろうけど、それでもアリスの身の回りの物は高級品ばかりだから念のため家具以外は一通り持って行こうという話になった。
彼女の部屋は二階で、俺は二階には一切立ち入らない事にしているので、悪いけど本人に一階まで荷物を下ろしてもらい、俺が影にしまうという流れで作業を進めていく。
服や靴といった嵩張るものから、アクセサリーなどの小物まで全て。
とても女の子らしいものばかりだ。
「まだあと少しありますけど、大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫だから持っておいで」
紛失を防ぐため、全部揃えて確認してから入れるつもり。
アリスが荷運びしている間、俺は勉強だ。学院に編入するまでの一ヶ月である程度の水準まで持ってかなきゃいけない。
どう考えても時間が足りない気がするので、僅かな隙間時間も使って知識を詰め込んでいく必要がある。
ただ、ふっと集中が途切れる瞬間が来るのはもう仕方ないので、そういう時は素直に気分転換を図る事にしている。
テーブルで歴史書を読みながら、そろそろ集中が切れそうな予感が来てアリスの荷物の山に目をやった。
……結構あるな。
靴は一足ずつ箱に入れてあって、それだけでも一山並の存在感だ。
どうやって持ってきたのか訊いたら、先に配送してもらっていたとの事。
服だって、たぶんあっちでは着ないんだろうな、と思われる普通のワンピースばかりだけどそれだって品質が一見してわかるくらいには良いものだ。
着ないからと言って置いていくにはちょっと心配になる高級品。
――そんな上品なもの達の中にひとつ異彩を放っているものがあった。
カルロス姉さんから貰った薄くて透ける布だ。
結婚祝いよって言ってたから何の布なのかは大体想像がつく。
でもちょっと待ってほしい。
俺がそんなもので心を乱されると思っているのならそれは間違いだと言いたい。
何て事ない、これはただの布だ。
……あっちで着るものはドレスだろうな。
アクセサリーも、ここにあるのは日常使いに向いている小振りなものばかりだけど、メッキやイミテーションのものなんて一つも無い。
純度の高い金銀白金に宝石。さすが本物のお嬢様。
ふっ、お金のかかる女だ……。
いつか言ってみたいセリフ第百位(暫定)を心の中でショットグラス(飲んだ事ない)を傾けながらハードボイルドに呟き、さて勉強頑張るかーと本に目を戻す。
公爵家ほどには稼げないかも知れないけど、俺、頑張るよ。
アリスの笑顔が見たいから。
幸い、勉強は思っていたほど大変でもなくて、むしろ結構面白いと感じていた。
特に魔法についての勉強は今まで勘と経験で乗り切ってきた部分が明確に文章で説明されていて、答え合わせをしている気分で楽しめた。
例えば、人間の純粋な魔力は基本的に白く、そこに個人の生まれ持った資質の色がほんの少し混ざる事で個人特有の色になるとか。
なので人によって青みを帯びた白とかほんの少しピンク寄りの白とかグレー寄りの白だとかそんな感じで、よく観察しないと分からない程度の違いなんだけど、その違いが得意な魔法へと繋がってくる。
俺は変色さえしなければ得意不得意は無い、ただの白。
観察している限り、アリスも同じだと思う。あんまりと見かけない珍しいタイプ。
反対に魔物は属性の塊で、魔力の色がわかりやすく赤かったり青かったり黒かったりする。赤い奴は青い魔法を使ってこないし、その逆も同じ。
この変幻自在なエネルギーを魔法として使うには想像力が必要と言われていて、実際に使えるようになるには練習が必要だ。
向き不向きもある。種火を起こすのがやっとの人もいるとか。
魔法は勉強と修行の末にようやく使えるようになる、難しいもの。
そんな概念を覆したのがステュアート家で、魔力を通すだけで魔法が出てくる便利道具を開発し、一国の大貴族から世界のステュアートに伸し上がった。
当然、どういう仕組みなのか知ろうとする人は大勢いる。
俺も分解してみた事がある。鑑定魔法で隅々まで観察した事もある。
だけど分からなかった。
何か強力な隠蔽魔法が施されているのは明らかなんだけど、それがどうしても破れない。
普通こういうのは大きな魔力をぶつければ打ち消せるものなのに、魔道具が粉々になってもなお隠蔽魔法が消える事は無い。
謎すぎる。
こんなの、ただの魔力じゃなくて、もっと違う何かのエネルギーだとしか思えないんだけど――ああ、アイツと一緒だ。
砂漠にいた黒い石の魔物。
アイツも、バラバラになっても謎の魔力が消えなかった。
何なんだ……?
ステュアート家とアイツに共通点なんか無いと思うんだけど。
そもそもアイツ、空から落ちてきた流れ星みたいな奴だし、この地上に存在しないものの可能性だって――。
「ふぅ。あと一往復したら完了です。勉強、どうですか? わからないところはありませんか?」
小さな箱をいくつか重ねて運びながらアリスが二階から降りてきた。
わからないところは魔道具の秘密だ。でも、
「大丈夫だよ。ありがと」
アリスに訊いても答えてくれる筈がないよな。
だってあれは、ステュアート家の一番の秘密なんだから。
「さすがですね。一段落したらお茶を淹れますから、あと少し頑張って下さいね」
「うん。アリスもね」
持ってきた小箱をテーブルに置き、二階に戻って行くアリスを見送る。
自然とテーブルに置かれた箱に目がいった。
化粧品やブラシなどが入っているようだ。蓋が閉まりきらなくて少し中が見えている。
その中に、アリスのものには見えないものが一つ、混ざっていた。
「眼鏡?」
普段アリスは眼鏡をしていない。
彼女の視力は良いほうだと思う。
だて眼鏡……?
にしてはデザインが武骨で、男性用に見える。
アリスがこれを着けるのか?
不思議に思って、何気なくそれを箱から出し、スチャッと装着してみる。
……うん、俺でちょうどいいサイズ感。
度は入ってないな。ただのガラス、だて眼鏡だ。
何でアリスがこんな物を?
不思議に思いながらも初めて眼鏡をかけた体験に無駄にテンションが上がり、一人インテリごっこを始めた。
眼鏡をクイッとしながら“いいか、ダイバージェンスBイコールはゼロなんだ! S極とN極は魔法じゃないと分離できない! まるで君と僕のようじゃないか”と、いつか言ってみたいセリフ第八十四位(今決めた)を脳内で言い放つ。
満足して外そうとした時に気が付いた。
……あれっ? これ、魔道具じゃない?
僅かに魔力を吸い取られている感覚がある。
……何だろう。特に変わった効果は感じないけど。
不思議に思っていると、階段からアリスが降りてきた。
何気なく彼女に視線をやった瞬間、この魔道具の存在する意味が分かってしまう。
服が
服が透けてます! アリスさん!
動揺のあまり身体も脳内も停止してしまい、ただ目の前の現象を眺めるだけの物体となった。
幸い見えているのは脚や肩、腕だけで、肝心な部分は両手で抱えた山積みの箱で隠れて見えていない。
見えていないけど、箱を置いたらおしまいだ。
だめだよ、アリス。その箱を置いちゃダメだ。
自分が眼鏡を外せば済む話なのに、この時はそれを思い付かなかった。
かと言って彼女を止める言葉が出る訳でもなく、脳が無になった状態で彼女の一挙一動をひたすら見守る。
アリスはフラフラと歩きながら箱を置く場所を探し、あ、あそこ空いてる、とばかりに背中を向けた。
ああ……白か……。
魔力だけじゃなかったんだな。白。
謎の感動を覚えながら、箱を置き、ふぅと息をつくアリスの後ろ姿を眺める。
「これで全部です。やっと終わりまし」
彼女が振り返るのを察した瞬間俺は反射的に飛び退こうとして椅子ごと後ろに倒れた。頭打った。驚いたアリスが駆け寄ってきたから、咄嗟に眼鏡を手で覆って、影の中にしまい込む。
「大丈夫!? 一体どうしたんですか?」
頭の下に手を差し込んで、心配そうに起こしてくれる。
こんな優しいアリスに俺は……なんて事を。
今頃やって来た罪悪感に、ちゃんと謝ろうと思ったけど何て説明したらいいのかわからなくて言い淀む。
後ろめたすぎて、顔どころか足元すら見られない……。
結局何も言えないまま、そっとしておいてくれるアリスの好意に甘える形になった。
荷物をしまい、いよいよ公爵家に向かって出発する。
道中、眼鏡を掛けている人を見掛ける度にビクついてしまう症状に悩まされながら、新たな拠点、天下のステュアート家へと乗り込んだ。
その後、全て白状したのは到着後、アリスが眼鏡の改造に失敗したという話をしに来た時だった。
意外にも少ししか怒られなかった。
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