第7話 詐欺師、タネを蒔く
グリーズ王国の路地裏。
貴族街を奥に入った薄暗い街灯の下。
暗闇に潜むようにポツンとテントのようなが置かれている。
月明かりがテントを照らし、どこか神々しくもあり、幻想的な雰囲気が醸し出されていた。
そんな異様な雰囲気に気がつかないのだろう。
「くっそ、親方はいつまでオレのことを下っぱ扱いするんだ」
青年は千鳥足のようにフラフラと歩いてその前を通り過ぎようとした。
その時――テントの中からくぐもった声が聞こえた。
「やあ、そこのお兄さん。占いはどうだい?」
「ああ?」
青年は思考が邪魔されて文句の一言でも言うとして――やめた。
ばさっと、テントの隙間が広がり、青白く光っていた。
青白い光源に吸い寄せられるように簡易的なテーブルの上に視線が止まる。
少し分厚い書物だ。
その表紙には確かに『ゼロの魔導書』の文字が浮かび上がっている。
王都で出回っている噂が脳裏に浮かんだ。
――なんでも見通すことができる魔導書を持った占い師が出没する。
どこにでもあるような眉唾物の話だ。
いつ、どこに出没するのか決まっていないため、くだらない嘘だとそう思っていた。
しかし、青年は直感的にわかった。
目の前の占い師が本物であることを。
テントから流れ溢れてくる少し廃れた空気感。
若そうな声でいてどこか落ち着いた佇まいで、そして何よりもひしひしと痺れるような魔力の流れが空気中に漂っている……占い師。
目の前の占い師は、ありとあらゆる事象でさえも見通してしまうような気さえする。
本物に違いない。
「あ、あんたが噂の占い師か!?それに手にしているのは、もしかして『ゼロの魔導書』!?」
「そんなに焦らなくても……あんたの未来は逃げやしない」
「こりゃあ、ツイているぜ!本当に存在するなんてなっ!!」
興奮したように荒い鼻息で、青年が椅子へと腰掛けた。
そして占い師はゆっくりと古い魔導書の頁をパラパラとめくり始めた。
文字が青白く光り―――占い師は静かな声で読み上げ始めた。
「さて、まずは何から見通して行こうか――」
▲▽▲▽▲
先ほどの青年は興奮冷めぬ様子で足早に立ち去った。
すでにテント周辺から人の気配がなくなった。
静寂があたり一面を支配した。
それを見計らったように腹黒聖女様が異空間からひょっこりと顔を出した。
黄金色の髪がふわりと揺れて、黄金色の瞳と視線があった。
「本日はもうこの辺にしませんか?」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、店仕舞いしちゃいますね」
一方的にそう言って、ドーレはテキパキと異空間にテーブルを投げ入れるようにして運んでいく。
「ちょっ、おい!異空間の中の美術品に当たったらどうするつもりだっ!ちゃんとあった場所に置いてくれ」
「ふふふ、全て見通しているから安心してくださいっ」
「答えになっていなんだが……」
てかなんで誇らしげなんだよ。
まあいい、そんなことよりも今日は色々と収穫があった。
わざわざ腹黒聖女様のお忍びのお遊びに付き合った甲斐があったというべきだろう。
まさか本当に――
「ふふ、あとは人払いの結界を解いてテントを閉まったら、これまでの情報の整理をしましょう」
ドーレはそう言って、俺の手を引っ張ってテントから連れ出そうとする。
「お、おい!ちょっと待ってくれ――」
つまづきそうになりながら、テントの外にでると―――ドーレが急に立ち止まった。
「何している――」
「どうやら……今夜はもう一人、お客様がいらっしゃるみたいですね」
ドーレの視線の先を追うと、よく見知った顔の少年が街灯の下に立っていた。
「……イロンくん、そこで何をしているのですか?」
なんとか普段通りの営業用の表情に切り替えることができた。
やけに早く現れたな……。
「ミツケタ」
「何をですか……?」
聞き直そうとして――イロンが急に飛び出してきた。
一瞬で目の前に現れた。
右手を伸ばして、口元が動いた。
――攻撃魔法を使う気か!?
俺はとっさにドーレを抱えて、後ろに転移する。
「まあ」とドーレはどこか他人事のような声をあげた。
「おい、腹黒聖女様!襲われることは予測できなかったのですか?」
「ふふ……さあ、どうでしょう?それよりも口調が混ざっていますよ」
「くっそ、面倒だな。こんな時に意味深なことを言っている場合かよ?俺は攻撃魔法の専門家ではないぞ。それなりの準備をしていないと——太刀打ちできない」
「問題ありません、ブール様ならば勝てます」
ドーレがそう言った瞬間、またしてもイロンが咄嗟に目の前に現れた。
イロンの右手が前に突き出されたのを見て、俺はドーレを引っ張って移転する。
「炎よ、舞え」
「―――っ!」
ジューという音がわずかに耳元で聞こえた。
―――くっそ、火傷するだろ!
「心眼で何を見えたのか知らんが、とっととあの堅物な猫を呼んでくれっ!」
「ふふ、すぐに来ますから安心してください」
この腹黒聖女様はどうやらものごとを楽観視する癖が強いようだ。
おれたちは今まさに死にかけているっていうのに――
イロンの瞳が俺を捉え続けている。
よく見ると、口元が何かの魔法を詠唱している。
周囲の空間に青白い光がチラチラと現れ始めた。
「―――燃え―――爆ぜ」
「くっそ、こんなところで大規模魔法を使うつもりか!?」
―――ここで最終手段を使うしかないのか。
大規模魔法を別の空間魔法に取り組む。
それしか選択肢がない。
しかし、大量の魔力が持っていかれる。
そんな俺の迷いなんてお構いなしに、イロンの詠唱が続く。
「舞い―――全ての―――」
『戻れ、戻れ、原初へと』
路地裏に綺麗な声が聞こえた。
いつの間にか屋根の上に立った少しちっこい白銀の猫――ルナード・アルジョンテの姿があった。
周囲に舞っていた青白い粒子が雲散霧消した。
イロンの詠唱が阻止された。
ルナードの瞳がイロンを睨んだ。
その瞬間――イロンがバタンと倒れた。
―――魔法を使ったのか……?
そんなことを考えていると、ルナードの猫目がキッと俺たちに向けられた。
今にでも殴り込んできそうな勢いで、屋根から飛び降りてきた。
「ドーレ様っ!あれほど危険なことはしないでくださいと言いましたよねっ!」
まるで東洋の伝承にある鬼のような形相だ。
まだ夜が明けるには遠い。
いつの間にか雲に隠れていた青白い月が空に浮かんでいた。
その後は、きゃんきゃんと吠えるようにルナードにコッテリと絞られた。
そんな地獄のような時間を過ごした後、やっと画廊に帰宅することができた。
気がついたときには、わずかに明るい光が地平線に見えてきていた。
すでに明け方に近づいていた。
どっと疲れが込み上げて、俺は早々に転移して画廊商に戻り、意識を手放した。
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