第6話 詐欺師、腹黒聖女様と作戦を練る

 地下書庫の壁に建て付けられた蝋燭の灯りが、腹黒聖女様の横顔を照らしている。

 現在、俺と腹黒聖女様はお互いに向かい合うように椅子に座っていた。


「それで腹黒聖女様の方は、何か手がかりは見つかったのか?」

「いいえ、残念ながらめぼしい手がかりは見つけられていません」

「そうか。てか、なぜこんな呼び出し方をしたんだよ……まわりくどいだろ」

「ふふ、ちょっとしたイタズラですよ」

「……」


 イタズラ、ね?

 こっちは戦闘も覚悟して地下書庫へと駆けつけたのに……

 この聖女様ときたら、いい迷惑にも程があるだろっ!


 今度、頭の硬い護衛……あの猫族の聖騎士ルナード・アルジョンテに好き勝手行動していることを言いつけてやろうか。


「そんなに怒らないでください」

「まあいい、そんなことよりも……あんた、幻影魔法も使えたんだな」

「いえ、残念ながら幻影魔法は使えません。この魔導具のおかげです」


 そう言って、腹黒聖女様は人差し指を見せた。

 エメラルドグリーンの小さな指輪だ。


 ……なるほど、どうやらよほど名のある魔術師なのだろう。

 かなり綺麗に術式が宝石の中に展開されている。

 わずかな魔力の流れが感じ取れた。


「あなたのお師匠様から譲り受けたものなんです」

「って、師匠からの贈り物かよ!?」

「そんなに興奮しないでください。寿命が縮んでしまいますよ?」

「うっせ、余計なお世話だ!てか、いつ師匠と接触したんだ」

「いえ、接触はしていません。一通の手紙と共にこの指輪が置かれていたんです」

「あのばか師匠……また何を考えていやがる」


 てかいくらなんでもタイミング良すぎるだろ。


 くっそ、今回も初めから師匠の掌で転がされていたと言うことかよ。

 そもそもなぜ師匠が今回の禁書目録の窃盗の件を気にしているのかもわからない。

 

 もしかして手紙とやらにそこら辺の事情とやらが載っているのか。


「こちらがタシュ・ソレド様からのお手紙になります」

「お、おう。話が早くて助かる」

「いえいえ、さあお読になってください」

「ああ」


 俺は師匠からの手紙を開いた。

 すると――文字が浮かび上がってきた。


『やあやあ、優秀な弟子であるブール・ヴァン・ホッセンくん!今、僕は――』  


▲▽▲▽▲


「それで……タシュ・ソレド様は何とおっしゃっていられましたか?」

「あの師匠も『魔獣絵画集』を探しているみたいだ」


「あら、それはどうしてですか?」


「どうやら師匠が魔術式を書いた魔紙が挟まっているみたいらしい。それを回収してくれってことらしいが……」


 それにしたって……なぜ禁書の中に新しい魔法に関する術式を書いた魔紙なんて挟んでいるんだよっ!?


 てか、何が『学生時代の黒歴史なんだけど、僕はこっそりチエイ大図書館の地下書庫に入って、新しい魔法に関する研究をしていたんだよ。昔の僕が研究熱心でごめんね、てへっ』だ!


 くっそ、余計な仕事を増やすな。


「教会がこれまで集めた『魔獣絵画集』には、何か術式が書かれた魔紙が挟まれていたりしていなかったか?」


「いえ……そのようなものはなかったように記憶しています」


「そうか。そうなると教会が回収していない残り19巻と20巻のどちらかに挟まれているのかもしれないな」


「そうですね。ただ、今のところ手がかりが全くありませんから……どうしましょうか」


 何か対策でも思案しているのだろう。

 ドーレは金色の髪先をくるくるとし始めた。

 

「そう言えば、気がついたことって言うか、気になることはある」


「あら、何ですか?」


「街で噂になっている『ゼロの魔導書』のことだ。どうやらこの魔導書は、チエイ大図書館から盗まれたわけではないようなんだよな。セルローナから渡された禁書目録には載っていなかった」


「ふふ、そうでしょうね」


「それは……どういう意味だ?」


 よくぞ聞いてくれた、と言いたげに腹黒聖女様はどこか自信満々に言った。


「だって、私が作った魔導書ですからねっ!」


「は、はい……?」

「ですから、私が作ったオリジナルの魔導書なんですっ!」


 ドーレは陽気な声でそう言った。


「あんた、バカなのか!?」

「心外です!幼いかつての私はただの好奇心——高尚な心で」「今、好奇心って言わなかったか!?」「いえ、そんなことありませんっ」


 ドーレは誤魔化すようにプイッと顔を背けた。

 そして早口に言った。


「善良な市民の皆様の未来を占ってあげようとしたまでですっ!」


 この腹黒聖女様はただ腹黒いだけではないらしい。

 お転婆すぎるだろう。

 

 てか、だから以前、巷で『ゼロの魔導書』が出回っていることを伝えたら、やけに犯人探しに消極的な反応だったのかよ。


「……それで、本当の目的は?」


「ちょっとした暇つぶしですかね」

「おい!この腹黒聖女様……」


 いや、今、この腹黒聖女様に腹を立てている場合ではないだろう。

 とにかく『ゼロの魔導書』とチエイ大図書館から禁書が盗まれている件が別々だってことがわかっただけでも前進したと考えるべきだ。


 最初からこの腹黒聖女様はそのこと知っていたのだろうが……。


「それで『ゼロの魔導書』のカラクリを教えてくれ。と言っても、どうせ何も書かれていない本を用意して、あんたが『心眼』で見た内容を、まるで本に書かれていることかのように通行人に話しているだけなのだろうが……」


「ふふ、正解です。私はほぼ確定した未来についてのみお伝えしています。さすがに分岐するいくつもの可能性についてまでお伝えすることはできませんからね」


「カラクリはわかった。それにしても、いくら何でも噂が広まるのが早くはないか?」


「え、もうかれこれ5年ほど前からひっそりと活動してきましたから、急に広まったわけではありませんよ?」


 少しキョトンとした表情でドーレは言った。


 この聖女様……マジで意味不明だ。

 

 それに5年前から活動していた?

 

 俺がまだ学園に通っていた頃。

 つまり、王都で過ごしていたときのことだよな。

 そのような噂はあっただろうか……


 いや、今は過去に思いを寄せている場合ではない。


「とりあえず、急に噂が広まったわけではないことはわかった。それにしたって、あの頭の堅い猫は知っているのか?あんたが勝手に夜な夜な路地裏で占い師ごっこをしていることを許すとは到底思えないのだが」


「ふふ、当然、お伝えはしていませんよ。それに路地裏で占いを始めたのはつい最近ですからね。それまでは、ちゃんと貴族御用達の占いの館でしか活動していなかったのですからねっ!」


 まるで最低限の規則は守っていたかのように誇らしげに胸を張った。


 このお転婆腹黒聖女様……いつか拉致でもされるんじゃないのか。

 てか、一度くらい痛い目に合わないと絶対に懲りないだろ。


「まあいい。とりあえず、『ゼロの魔導書』なんてものは存在しないってことだけがわかっただけでも安心した。てか、何で今回はあっさり、自分が関わっていることを答えたんだ?」


「さすがに、もう飽きてきてしまいましたからね」


 マジでこの腹黒聖女様の考えがわからない。

 てか、そもそも暇つぶしという理由だけで『心眼』をおいそれと使うのも意味不明だ。


 いや元々、この腹黒聖女様が何を考えているのかなんてわからないか。


「あ、そう言えば、今思い出しましたが……最近、占いをしている時に面白い人が見物している人の中にいました!確か――」


 俺はドーレの話を聞いて、良い案が浮かんできた。

 これなら……チエイ大図書館から禁書を盗み出した犯人を見つけられるかもしれない。


「ねえ、ジョン様、聞いていますか?」

「ああ、聞いていたから安心しろ」

「では――」

「いや、あんたの話はもういい。それよりも犯人を見つける良い案が浮かんだ」


 そう言うと、ドーレの顔つきが真剣になった。

 俺の言葉に耳を傾けた後――


「それは面白そうですね」


 ドーレはどこか他人事のように言った。

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