イリス・ロッソと夢の魔法②

 魔法の世界には、数種類の人間がいる。

 特殊な素養と知識をもって魔法――正確には魔術を扱う、魔法使いと魔女。

 それらとはまったく関係のない一般人。

 そして、何らかの理由で望まない魔法に掛けられてしまったXXXXである。



「それじゃあ君は、友人のXXXXから『夢の魔法』について聞いたと?」


 エミリアはこくりとうなずいた。


「その友人は君に助けを求め、そのために夢の魔法が必要だと言うんだね」

「そうよ。私は彼女たちを助けたいの」

「彼女たち……?」


 イリスは首をかしげる。


「XXXXは複数いるの?」

「ええ」


 確かにXXXX同士は何らかの理由で同じ場所に集まりやすいという話を、イリスはどこかで聞いたことがあった。そしてエミリアの友人……おそらく学友ということは、その人物たちは彼女の通う学校にいるはずだ。これはちょっと厄介だ。イリスはエミリアに見られないように、うつむきながら顔をしかめた。


「彼女たちっていうのは全員、エミリアの学校の友達ってことでいい?」

「そうよ」


 やはりか。

 イリスはエミリアのきらめく瞳をまっすぐに見つめ返した。


 エミリアの通う学校、胡桃原高校には『学園の魔女伝説』と呼ばれる奇妙な噂話があった。伝説と呼ばれているが、要は学校によくある七不思議の一種である。学園に住まう魔女が奇妙ないたずらをするとか、眷属が夜な夜なうろついているとか、中庭に秘宝を隠しているとかそういう内容だ。小学生ではあるまいしと一蹴されてしまうような怪しい噂ではあるものの、胡桃原高校は決して短くない時間をこの伝説とともに過ごしてきた。それにもきちんと理由がある。実際に、あの学校にはからだ。


 胡桃原の魔女伝説の真偽はともかく、そういう伝説が長い時間信じ込まれているという環境。その存在こそが魔術的には特に重要だった。学校という場所の閉鎖性も相まって、胡桃原という場所は魔術的に強い力を持っている。だとすると学校にXXXXが集まるのは必然とも言えた。しかし、あの学校は……。


「お姉ちゃん?」


 エミリアが心配そうに声をかけた。イリスはすっかり険しくなった自分の表情に気づき、慌ててそれをゆるめた。


「ああ、ごめん。なんでもない」


 胡桃原とその魔女。イリスにもまったく関係のない話ではないゆえに、つい要らないことを考え込みすぎてしまった。イリスは自分の悪癖を反省し、改めてエミリアに話の続きを促した。エミリアは茶を一口だけ飲み込むと、やや表情を固くして口を開いた。


「私の知るXXXXは四人。ああ、正確にはまだ二人としか出会ってないんだけど。とにかくその過半数……私が彼女たちと呼ぶ人たちは、魔女の助けを求めている。彼女たちに必要なのは学園の魔女なの」

「……そう」


 ひと息に話しきるエミリアを、イリスは肯定も否定もしない。普段の彼女にとって弟子が魔法を学ぶ動機は何でもよく、弟子自身がそれを強く求めていることが何より大事なのだ。そう、普段の彼女にとっては。


「だから、お願いします。私に夢の魔法を、学ばせてください」

「…………」


 イリスはしばし沈黙する。


 彼女の中で引っかかっているのは、やはり彼女自身と胡桃原高校とのことだった。そして、エミリアの周りに現れたXXXX。彼女たちがどのような魔法に掛けられているのか、それを夢の魔法が正してやることができるのか。そもそも、エミリアの望むものが、本当に自分の魔法にあるのか……。


 そもそも、そのXXXXは彼女にどんな話をしたのだろうか?

 イリスにしてみれば、納得いかないことだらけだった。

 それならば、納得のいくようにエミリアと話をするだけだ。


「エミリア」


 魔女は、やや力の入った声で弟子を呼んだ。

 弟子は、はい、と小さく返事をした。


「あたしはエミリアが夢の魔法を学ぶことには反対しない。ただ、学ぶ前に夢の魔法がどんなものか知ってほしいとは思っている。教える側として君に条件をつけるとしたら、学ぶ対象を正しく理解すること。それだけだよ」


 イリスは全身に入っていた力を、ふっと緩める。


「だから君には、あたしの昔話に付き合ってもらう。長くてもつまらなくても最後まで聞いてもらう。あたしも気恥ずかしくてちょっと嫌だけど、これは勉強の一環だからね」


 エミリアはぱっと顔を輝かせ、何度も何度もイリスに頭を下げた。イリスは彼女のその様子に若干の照れくささを覚え、わざとらしく咳払いをした。


「あー、じゃあわが弟子よ。とりあえず新しいお茶を用意してくれないか」

「はい、よろこんで!」


 弾んだ足取りでキッチンに駆け込むエミリアの背中を見ながら、イリスは改めて思索の海に潜った。その様子を、弟子に見られないようにして。


「――それにしてもお姉ちゃん、さっきはすごい顔をしていたけど……」


 しばらくして新しく用意されたお茶とお菓子を口にしながら、エミリアは尋ねた。魔女はそれに、目元にうっすらと笑みを浮かべて答える。


「ああ、気にしないで。あたしも胡桃原に通っていた時代が懐かしくなっただけなんだから、ね」


 時は夕刻。

 魔女と弟子の時間はまだ始まったばかりだ。

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