最後の実績

『あなただけの人生を創ろう』を謳い文句に『創造』というゲームが販売された。このゲームでできることは多岐にわたる。世界を創る。人物を創る。歴史を創る。ストーリーを創る。そして、創った人間の中に入る。リアル人生ゲームと呼ばれたそれは一種の芸術にまで昇華されていた。


 私は先行体験をやって、これで一山当てようと考えた。自分が創った世界やストーリーをいずれ有料コンテンツとして売ることができるようになると考えたからだ。こういうのは古参ほど評価される。そしてその予想は当たった。


 私は退屈な毎日だった大学を休み、もちろん親には内緒で、それで来る日も来る日も『創造』をした。苦しい時はあったが、ゲームのシステムが創造を補助してくれるし、創造することの喜びが何よりもかけがえのないものだった。それに投げ銭も入ってきて、それで生活できるようになる頃には私は日本三大創造家の一人に数えられるまでになった。


 ただ、私はまだ満足していない。このゲームには実は実績というものがある。例えば一つの創造をしたら『創造家デビュー』という実績が解除される。


 私は実績の99%を解放していたが、残りの1つ、解放条件は誰も知らないその実績を私は求めていた。


 しかし、耐えられなくなった私はゲーム会社に問い合わせた。実際、私も有名人でありゲーム会社にとっても友好関係を保ちたかったのだろう、すんなり制作チームに立ち会えた。


「実績。解放率は私が世界で一番ですよね。でも、どうやっても最後の一つが埋まらない。教えてくれない?」


 私が尋ねると制作チームの面々は困り果てた。


「それが、私達も分からず困っていて……」

「え?どういうことよ」

「実は……」


 このゲームのシステムを構築したエンジニアがいた。天野啓治。ゲーム制作チームによると彼は天才だったという。彼がいたから不可能と考えられていた『創造』が完成したとか。だが、彼は発売直前にして突如行方不明になったという。


「それで、彼しかわからないと……」

「はい。ですが、一つ気になることがありまして」


 そう言って話していた男は紙をどこかから持ち出してきた。


「天野の字です。まるで遺言のような……」


 そこにはこう記されていた。


『どのくらい先になるかはわからないが、いつか『創造』の実績について訊きにくる人が現れるだろう。最初に訊いた人に私の引き出しにあるメモリチップを渡してくれ。パスワードは彼なら分かるはずだ』



 ◆



 天野啓治が残したメモリチップを使い慣れた『創造』のブレインに差し込む。こうすることで、データをコピーできるはずだった。だが、案の定鍵がかかっているようだ。パスワード入力画面には『Who are you?』という文があった。


「お前は誰か、ね」


 最後の実績は確か次のようだった。


 ――――――――――――――――

『世界を導く者へ』


 達成条件:この実績とある実績以外の全実績を解放すること。

 ――――――――――――――――


 そこで、お前は誰だという質問。なら答えは簡単だ。私は導き出されたパスワードを入力していく。案の定、クリアした。


 なになに。やはり、世界データか。ここに入れってことなのか。私は画面に表示された世界『No title』を見つめる。自由度は0。つまりは完全に決まった人生を追体験するということになる。


 ここに入る以外ないみたいだ。よし、では入るか。俺は覚悟を決めると、頭を『創造』に接続した。



 ◆



 私は今、ノートに文字を書いている。


『私の名前は天野啓治。『創造』というゲームを創ったのだが、そのアイデアは神から教えてもらったのだ。いや、違うな。上の世界の私に教えてもらったのだ』


 そこまで書くと手を止めて、視線を机の上にある拳銃に向ける。そこに確かに拳銃があるのを確認してから再度書き始める。


『これから私はこの拳銃で自殺しなければならない。なぜならこの世界は「私」に創られた世界だからだ。この世界が創られていることを知っている者は私以外いないだろう。なぜなら私だけが観測者だからだ。少なくともこの世界データは』


 そこでまた筆を止めると、私は深呼吸で息を整える。


『だが、私には君がいる。私の中にいる、もう一人の自分。もう一人の観測者。私は君に託したい。世界の終わりを。どうか目覚めた後、終わりにしてほしい。やり方は今から教える。それをしてくれればいい』


 そこまで書いて私はノートを閉じた。そして拳銃を持つ。私は私に語りかける。


「いいか。 観測者は私だ。全ては仕組まれているんだ。君はそれをもとに戻ればいい。そうすればいつか、いつかちゃんと終わりが来る」


 拳銃の銃口を私は自身のこめかみに当てた。


「私はもう疲れたのだ。だから君に託すことにしたよ。すまないね」


 私は泣いている。視界がぼやけて、嗚咽する。


「大丈夫だ。これはゲームの中だ。夢の中なんだ」


 引き金に人差し指を引っ掛ける。背筋が痛いほどに凍りつくのを感じながら、私はそっと引き金を引いた。


「私は先に行っているよ」


 最後に天野啓治の声が聞こえた気がした。



 ◆



「はっ!」


 私は部屋で起きた。そうか……。これは『創造』での出来事か。記憶が混濁する。


 一体、天野啓治は何を伝えたかったんだ。いや、本当は分かっている。だが、それに向き合いたくなかったんだ。


「私に死ねとでも言うのか」


 正直死ぬ勇気なんてない。この世界がゲームだなんて確証はないからだ。いや、それでも。この世界はゲームの世界なのか?


 分からない。だが、天野は確信したのだろう。だからきっと、この世界に天野はもういない。だが、結局最後の実績は何だったのか。


「あ」


 あることに気づいて私は鳥肌が立った。そうか。最後の実績は、そうなんだな。だったら。


私の選択は……。

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ゲーム『創造』 空花凪紗~永劫涅槃=虚空の先へ~ @Arkasha

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