008 そしたら、私は極悪人?

「……私、君を守ることにしたから」


 真剣な眼差しで、彼女は俺の瞳の奥を覗いている。そんな妙な感じに気合の入っている南雲さんに対して、俺は「男女逆じゃね……?」とか、思っていたりする。まぁ、そういうのは、古くから言われてる男女差別が云々って話で好ましくない表現なんだろうけど、やっぱりどうしても男って言うのは女を守るイメージがあるものだ。でも、まぁ、すごい真剣だし。


「じ、じんせいの目的ができて、よかった」


 我ながらおざなりな返答だが、否定してないことが伝われば十分だろう。妙な責任感と救世主への恋焦がれるような狂気的な渇望に溺れて自殺しようとしていた頃と比べれば、十分大きな一歩を踏み出していると解釈するべきだ。俺は痒くもない頬を指でかるく振れるか触れないかの距離感で掻いたあと、テーブルに乗った保存食感剥き出しの銀色の缶詰に、文字通りぎっしりと詰め込まれた乾パンを摘まみ、パクリと一口咥えるのだった。


 現在、地下生活4日目。テンション低め、で解決できないレベルで落ち込んでいる南雲さんと、地上と大して変わらない生活を送り、というかそれ以上にダラダラ過ごしていた。映画を見たり本や漫画を読んだり、ゲームをしたり、なんとも日常的な非日常、今までの人生では経験しえなかった恋愛対象との共同生活なんていう時間を過ごした。特に慰めの言葉をかけたわけでもなく、ただ一緒に過ごしていただけだったけれど、色んな問題は時間が流し落としてくれたみたいだ。


 てっきり食糧不足や暴漢の襲撃で散々な目に遭ったりするのかとドラマティックな漠然とした妄想を膨らませていたけれど、今のところほんわかとした日常生活が送れるくらい平和である。生きていくために必要な水も食糧も、全ては高級シェルターのおかげで向こう10年は心配ないレベルで整っていた。不満点といえば、太陽の光が見れないことと、いちおう節水のためにシャワーや風呂が使用できないことぐらいである。


「でも、守るって言ってもさ。無双系のラノベ並みにここのシェルター強くない?俺、こんな設備だと思って使ってなかったんだけど」


 俺を見つめる南雲さんから目線を流して、映画のエンドロールを眺めながらいつもどおり固い乾パンを咀嚼する。最初は好むほどのものではなかったけれど、慣れていくと結構うまい。噛んでいるうちに甘みが広がり、美味しさが増してくるのがいいところだ。そんな俺の脚に頭を乗せた南雲さんは、仰向けになって俺を見上げながら訊いてくる。


「無双系のラノベ?」

「あー、なんかさ。俺つえー、みたいな。……南雲さんには分かんないか」


 俺がそう答えると、彼女はすこしむっとした雰囲気でこちらを見つめた。あんまり表情の変化はないが、彼女の感情は目元には出やすいのだ。ここらへんの観察眼も、しばらくの時間を共に過ごした成果というべきだろう。


「……読むから、後で貸して」

「あ、うん」


 それはともかく。久しぶりに、少し真面目な議題である。


「いや、まあ俺もなんとなく分かってるんだ。数年後には、割とゴミみたいな社会が広がってるんだろうなってことは。でも、どうしようもないし、どうにもならない」


 きっと、南雲さんが懸念しているのはシェルターを出た後のことだ。でも、俺たちは強力な兵装をもっているわけじゃないし、世紀末の世紀末らしい狂った社会で新世界の神になれるほどの力はない。


「でもさ、この戦争には勝者がいるんだ。世界征服のあとは、人類再興の救世主にでもなるんじゃないかな。征服した世界が、いつまでも荒廃してたら支配した意味なくなっちゃうし」

「……君がそういうこと言うから」


 すると、南雲さんは含みのある言葉を呟いた。


「ん?」

「……なんでもない」


 端的な一文字で軽く話を掘り下げようとすると、目を逸らされた。すると、彼女はソファーから立ち上がって、俺の頬を華奢な片手で軽く摘まんできた。いや、つねっていると言うべきだろうか。


「……ぃらい」


 南雲さんはジトッとした目で、軽い痛みに悶える俺を睨んでいる。なにか失礼なことをした覚えはないが、その表情は実に不満げだ。いわゆる、「私が何で怒ってるのかわかる?」状態というやつだろうか。もしそうだったなら、現状で何も不快にさせた要因が思いつかない俺は、手を上げてサレンダーするしか道はないが。


「ごめん。八つ当たりしてる」


 どうやら、俺に落ち度があったわけではないらしい。それなら、よかった。まぁ、よくないけど。屈んだ南雲さんのTシャツの隙間から覗いていた谷間の影を鎮痛剤にすれば、わりと幸せである。そんな目線に気付いたのか、それとも気が済んだのか、彼女はため息をついて手を離した。


「私、結構わがままなのかもしれない」

「?」


 そう言って南雲さんはうっすら目を細めた。


「……まあ、南雲さんは、もっと我儘でもいいと思うよ」


 狂気的な責任感は、いい感じに抜けてきて、暗かった顔色も出会ったときぐらいまでは回復しているように思う。こんなちょっとした会話でも、きっと彼女の苦痛は抜けていっているのだろう。


******


「……無線機?そんなもんあったっけ」


 その日の夜、約束通り南雲さんに無双系のライトノベルを渡したあと、本棚を漁っているとシェルターの内部について詳細が記載されたマニュアルのようなものを見つけた。そこには、じいちゃんの直筆と思われる付箋が多数挟まっており各種装置の場所などがメモ書きされている。まあ、殆どは俺も知ってる機能だったけれど、いくつか見知らぬものもあって。


 その一つが、無線機だ。どうやら、電波の繋がらない地下室でも受信できるように外に繋げたアンテナがあるらしく、そこに無線機を繋げばラジオを聞いたりモールス信号で通信したりできるようだ。無論、俺は特殊作戦員でもアマチュア無線部員でもないので、そんな信号一ミリたりとも理解していない。


「モールス信号、知ってる?……わけないか」


 すぐ後ろでライトノベルをパラパラと捲っていく南雲さんに問いかけると、彼女は本から目を離さないまま端的に返事を返した。


「すこし」

「……マジか」


 本当に、彼女は何者なんだろう。卓越した体術を身につけていて、違法な銃器を当然のように扱う。おまけに、今回の大事件に大きく関わっていて、日常的には一切使わないであろうモールス信号も知ってる。IF社の社長令嬢というだけでは説明できないし、いっそ国のエージェントだったりするんだろうか。


「なに?」

「……なんでも」


 俺は彼女の手を取った。訝しげな視線は、瞼の裏へと向けることにした。


 それから、無線機をセットした。どうやら、テレビ台の裏にあった謎の穴は無線機用のケーブルを差し込むためのものだったらしい。奥から引っ張り出したケーブルを、少し乱雑に繋ぎ、無線機の電源を入れる。すると、繋いだイヤホンからジジジジとラジオ独特のノイズが鳴りだした。


 とりあえずツマミを適当に動かしても、人の声らしきものは特に聞こえない。砂嵐が流れているだけだ。そのあと、じっくりと時間をかけて端から端まで動かしてみたものの、やはり変化はない。一般的な災害であれば、国の機関がラジオを放送しているのが普通なのだが。


 これが意味するところはつまり、このラジオが壊れているか、もしくは今のところ国すら機能停止を起こしているということだ。まぁ、大量の政治家や各界の有力者たちが宇宙に放り出されているわけで、後者に関しては仕方がないことかもしれないが、その程度で国のシステム全体が完全に機能を停止するとは思えない。官僚を含めれば相当な数の人間が国の中で働いているのだから。もしかして、国の地下施設は意図的に専用の爆弾で破壊されていたりするのだろうか。


「ま、推測するだけ無駄か。待つことしかできないし」


 俺はマニュアル通りに無線機を動かして、とりあえずラジオモードから電信モードへと切り替える。どうやら、これで周波数を弄っていけばモールス信号が聞こえるらしい。


「……ん?」


 なんか、鳴ってる。モールス信号に関して一切の知識を持ち合わせていないとはいえ、音が鳴っているということだけは分かる。それは、他の周波数とは明らかに異なる人工的なものだ。どうやら、この装置が壊れているわけではなかったらしい。


「ちょっ、マジか。な、南雲さん、きて!」

「……いいけど」


 すこしテンション高めに南雲さんに声を掛けると、行儀よく綺麗な姿勢で読書中の彼女は本をパタリと閉じで顔を上げた。でも、なぜだろうか少し落ち込んでいる様子だ。何か思うところでもあるのだろうか。


 少し違和感を覚えながらもイヤホンを片方渡すと、彼女は小さくため息をついたあとイヤホンをつけた。電子音は、未だ鳴っている。


「……多分、慣れてない人が打ってる」

「聞き取りにくいってこと?」

「それは逆。ゆっくりだから、聞き取りやすい」

「……あ」


 慣れてない、ということは発信元が公的機関ではないという意味も含んでいるのだろう。つまり、俺たちと同じようにシェルターに避難している人ということだ。意味の分からない電子音が数十秒ほど鳴って、しばらくするとその音は止まった。すると、彼女はイヤホンをとって、再びため息をついた。


「食べ物が、ないみたい。分けて欲しいって」

「……場所は?」

「そこまでは、分からない。途中からだったから」


 食糧事情的に、俺たちは今のところ大して困っていない。だから、助けられないこともない。


 のだけれど。


 何もかもが手探りの現状では、自己保身に駆られるのも無理はないというか、正直に言って助けようとしても気は進まない。他の誰かがやってくれる、と甘んじた期待を抱いてしまう自分が嫌になるけれど、実際のところミイラ取りがミイラになる可能性も極めて高いわけで、そう簡単に動くことが出来ないのが実情だ。


「どうする?」


 そう訊かれて難色を示す俺を、彼女は嫌いになってしまうだろうか。物語に出てくる勇者であれば、突っ走って助けに行くのが当然の状況である。でも、俺は残念なことにそこまでの勇気がない。外に出るのも、怖いくらいだ。


「……様子見しよう」


 俺がそう言うと、南雲さんはほっと一息ついて張り詰めた空気をすこし緩めた。それは、恐らく彼女の共感を示すものだ。


「うん。私も、それがいいと思う」


 きっと、互いに探り合っていたのだろう。気持ちのいい善意の夢物語を語るのが、精神衛生的には最高のことだから。でも、それは非現実的だと分かっていて。


 自分が自己保身に塗れた冷酷な人間だと知られるのが怖かった。もし、純粋な正義感を持つ人間であれば、ごく僅かな可能性でも助けるのだろうから。


 でも、俺たちはヒーローじゃない。


「はぁ……」


 ため息を一つ。きっと、今後もこんなことがあるのだろう。そんな、ちょっぴり残酷な未来に嫌気がさす。でも、それでも、死ぬよりマシだ。


「俺は、悪い奴かな」


 そう訊くと、彼女は俺に肩を寄せた。


「そしたら、私は極悪人?」


 彼女はおどけたように軽く、されど笑みを浮かべることなく淡々と、俺に対する慰めに満ちた自虐的な毒を吐く。それは彼女の少々厄介な性格の一端を表しているようで、未だ胸に秘めた責任感を吐露するものでもある。


 その言葉に、俺が何もコメントできていないのは、きっと俺自身にもそんな馬鹿げた責任感が社会常識や道徳的精神の一環として身に植え付けられているからなのだろう。


 俺はそんなごちゃごちゃした感情を誤魔化すように無線機の電源スイッチをパチリと倒した。イヤホンから爆音で流れたぶつ切りのノイズに、体が跳ねたのは内緒である。

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人類滅亡の日に、彼女が出来た @torororo3

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