作戦会議
『今日の放課後、図書館で作戦会議ね
この付箋が先生が配ったプリントと共に回ってきたのは、その日の一時間目のことだった。
相変わらずの小さい字。
付箋のど真ん中に書かれているにもかかわらず、余白が勿体ないと思ってしまうほどだ。
その付箋の下のほうに一言だけ書き足して、浜辺に返す。
『了解
窓越しに、
「一大事よ」
市立図書館の勉強ブースに腰を下ろしてすぐ、浜辺はそう言った。
「そりゃそうだろうな。あれだけでかい声で宣言したらそれは大騒ぎになるだろ」
「そういうことじゃないの」
……?
「翔君って本ッ当に鈍感だよね。―――……
「如月さんがどうかしたのか」
僕が話の意図を
「うわ。やめろよ、図書館だぞ」
浜辺はチッ、と舌打ちをすると、目を閉じて腕を組んだ。
浜辺にしては珍しく、気分がささくれ立っているみたいだ。
「本当は順序立てて話したいところなんだけど、それじゃあ鈍感な翔君にはわかってもらいないだろうから言っちゃうね。如月さんは多分あんたのことが好きだと思うんだけど、どう思うの」
……。
どう思う、と訊かれましても……。
「まず、気付いてたの?」
「まあ、薄々」
「それはそうだよね。急に〝彼女いるの?〟って訊かれたら、いくら鈍感な翔君でも気が付くよね」
浜辺はうんうん、と頷いて、一人で納得している。
……そんなに鈍感鈍感言うな。
「それで、今日の議題はそのこと。如月さんにどう対処するか、だよ」
「僕と浜辺が、……つ、付き合ってるってことはもう周知の事実なんだから、これ以上何かしてくることはないと思うんだけど」
〝付き合ってる〟というところを噛み噛みになりながらなんとか言い切る。
「甘いよ。女子の好きな人に対する執念を舐め過ぎ。あの子だって小動物みたいな天然っぽいキャラに見せときながら、自分が男子にどう見えているか、とか全部計算してるよ、きっとね」
……女子って怖ぇー。
「そうだよ、もっと注意しなきゃね。意外と私もそうだったりするかもよ?」
からかうように下から僕の顔を覗き込んでくる浜辺。
目を合わせ続けているのが耐えられなくなり、ゆっくりと視線を外した。
「……作戦会議、じゃなかったっけ」
「逃げたな、ズルいよ」
無視無視。
「まあそんなことはこの際どうでもいいとして、どーすんの、如月さんのこと。例えば、告白されたときとか、ちゃんと断れるの?」
「多……分」
「そんな曖昧なこと言わないでよ、いくら彼氏でも信じきれないじゃない」
浜辺の口から飛び出した〝彼氏〟という言葉に思わず赤面する。
「おっと、意外と私の彼氏君は純粋だったみたいね?」
「……やめろ」
熱くなった頬を隠すように口元に手を当てる。
「話が脱線し過ぎだ」
「じゃあもし告白されたらバシッと言ってやってよね、〝僕は浜辺瑠麻だけを愛し続けます〟ってさ。ほら、練習」
また頬が熱くなってきた。
いい加減からかうのはやめてくれ……。
「はっきり言ってくれたらやめてあげる」
仕方ない―――……。
「僕は浜辺瑠麻を……あ、あいし、続け……ます」
「及第点、ってところかな」
もっと詳しく言うと63点ねー。
悪びれもせず笑う姿は、やっぱりクイーンに
僕の靴箱に封筒が入っていたのは、一週間後の放課後のことだった。
薄いけれどしっかりとした紙だ。
何気なく裏返すと、小さい、丸っこい文字でこう書いてあった。
〝
……ものすごく嫌な予感がする。
渋々封を破り、中身を取り出した。
〝今日の放課後、屋上に来てください。誰にも言わないでくれるとうれしいです〟
最初に思ったのは、〝靴箱まで下りてきたのに今から屋上まで行かなきゃいけないのか、面倒くせぇ〟ということ。
次に思ったのは、〝浜辺にどう言い訳しよう〟ということだった。
〝言い訳〟と言うと良くは聞こえないが、誰にも言わないでほしい、という意向を尊重するのならば自然と言い訳をすることになる。
『諸事情により遅刻する』
数分悩んだ結果、この文面が出来上がった。
これを入力してメッセージを送る。
一分と待たず返信が来た。
『りょ』
何に、とはいうのは言わなくてもわかってくれたようだ。
メッセージを送ってすぐに屋上に上がったのだが、如月さんが来たのは十五分ほど後のことだった。
「あっ。ごめんね、少し部活で話し合いをしていたの」
そういえば、如月さんが体育祭で校歌の演奏をしていたのを思い出した。
「ああ、吹奏楽部だったっけ」
「よく知ってるね」
如月さんの見開かれた目から視線を逸らすように俯く。
……どれだけ時間がたったのだろうか。
ふわりと風が吹いたとき、如月さんが大きく息を吸った。
「
「……」
僕はゆっくりと落下防止の
何も言わず、空を仰ぐ。
「あのねっ。さっき、私の部活、覚えててくれたの嬉しかった」
「君のだけじゃないよ。クラスの人のなら全部覚えてる」
如月さんだけ覚えてた、みたいに思われてほしくないから、やんわりと否定する。
「……そっか。でもさ、皆の部活までも覚えてる、そういうところ、尊敬する」
「変に勘違いとか間違えたりとかしたら人間関係がややこしくなるから覚えてるだけだよ」
如月さんが、最初の勢いを失っていっているのが感じ取れる。
ついに俯いて黙り込んでしまった。
少し言い過ぎたかな、とちらりとあちらを
「言葉遊びはここまでかな―――。ねえ西野君。これまでに挙げた理由で納得するような人だったら、最初からあたしだって好きになってないよ。頭のいい西野君なら、クラスメイトの部活を覚えることなど造作もないだろうしね」
「……?」
何を言い出すんだ―――……このクラスメイトは。
如月さんは、今までとは打って変わった態度で不敵に微笑んだ。
「あたしがなぜ西野君を好きになったか、本当の理由を教えてあげる」
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