虹色の空は雨模様(星の賢者)

虹色の空は雨模様

 パラパラと雨が落ちる。

 空には薄く虹がかかり、太陽は雲の切れ間からこちらを覗いている。

 傘を差すべきか迷う程の天気雨。ファミラナは折り畳み傘を握って空を見上げる。

 開くのはともかく、使い終わって閉じる時が面倒だと考えて、やはり使わず鞄の中へとしまった。

 タラゼドの使いで学園都市に来たものの、用事は然程難しいものではなく時間をもて余してしまっている。折角だからどこかの店でパンケーキでも食べようかと考えながら、記憶を頼りにパンケーキ専門店へと向かい、歩を進めた。

 この日は週末。学校はどこも休みである。

 彼も学校は休みだろう、何をしているんだろう、ばったり会えたりしないだろうか。そう考えてファミラナは顔を赤らめた。何を考えているんだと自分を叱咤しながら、妄想を振り払うため首を振った。

 

「お? ファミラナ?」


 不意に声をかけられて振り返る。

 妄想した通りの展開に慌てた。普段着姿のレグルスがそこにいたのだ。彼の友達数人も一緒であったが。

 

「あ、えっと」

 

「タラゼドの使いか?」


 ファミラナは頷く。頬の赤みを隠すために顔を伏せた。

 レグルスはそれを「困っている」と受け取ったようだ。友達を振り返ると両手を合わせた。

 

「悪い、用事できた。また今度埋め合わせする」

 

「おう。わかった」


 レグルスは友達に手を振って、ファミラナの元へと駆け足する。

 ファミラナは慌てた。彼のことだ、自分が困っているように見えて、手助けをしようと思ったのではないか。その考えは当たってしまい、レグルスはファミラナに近付くと問い掛けた。

 

「なんかあったのか? 顔伏せてさ」

 

「ああ、ご、ごめんなさい。違うの。用事が早く終わったから、パンケーキ屋さん探したくて」


 ファミラナの言葉にレグルスは沈黙、しかしすぐに小さく笑いをこぼした。

 友人とのお出掛けを邪魔したのではないかと、ファミラナは心配する。

 だが、レグルスは全く気にしていないようだ。


「なんだ、そんなことか。案内してやるよ」


 レグルスはファミラナの手を握る。あまりに自然にするものだから、一瞬何があったのかファミラナにはわからなかった。しかし理解すると途端に顔が熱を帯びてきた。

 レグルスはその手を引き、ファミラナを連れて街を案内し始める。

 あそこの商店街はいつも賑やかだとか、新しくアイス屋のワゴンができたとか、自分達がいつも行く遊び場は何処だとか……

 ファミラナは相槌を打つものの、返事らしい返事はできずにいた。高鳴る心臓が緊張を加速させ、すっかり舞い上がってしまっていたのだ。

 

「あった。あそこが最近人気らしいんだ……けど……」


 レグルスは手を離し、二階建てのビルの窓を指差し言うが、声が尻すぼみしていく。

 歩を緩め立ち止まった二人の正面に見えたのは、洒落た草書体で店の名前が書かれた看板と、それを掲げている赤レンガのビル。そして、二階へと続く外階段にずらりと並ぶ長蛇の列であった。

 最後尾に並ぶエプロン姿の女性は、どうやら店のスタッフらしい。彼女が持つ手書きのプラカードを見て、レグルスは呆れ顔。

 

「うわっ、二時間待ちだってよ。どうする?」


 ファミラナは「えっと……」と呟きながら腕時計を見た。アクィラの街へ帰るには、遅くても二時間後の列車に乗らなければならない。パンケーキを食べて列車に乗ったのでは間に合わない。

 

「うう……列車に間に合わなくなっちゃう……」

 

「あー、そうだよな」

 

「ごめんね。折角案内してくれたのに」


 厚意を無駄にしてしまったことが申し訳ない。ファミラナは目を伏せて小さく呟いた。

 だがレグルスは諦めていないようで、腰に左手を、顎に右手を添えて考えた。そして何か思い付いたようで、再びファミラナの手を握った。

 

「パンケーキじゃなくてもいいか?」

 

「え? あ、うん」


 ファミラナが頷くと、またレグルスは手を引いた。

 ファミラナは顔が緩んだ。レグルスの、自分を楽しませようと考え行動してくれることを嬉しく思う。パンケーキ屋は残念であったが、彼とまだ一緒に街を歩けるのは夢のような心地だった。

 

「ほら、ここだよ」


 パンケーキ君からそう遠くは離れていなかった。そこは駄菓子屋。ポップなマシュマロを模したキャラクターとカラフルなポップ体の文字が、看板に描かれていた。

 そこは全品量り売りをしているらしく、ショーウィンドウには大きな瓶や缶に入れられた色とりどりのキャンディが、可愛らしいぬいぐるみと一緒に並べられていた。

 

「こんなに可愛いお店、レグルス君が知ってるなんて、意外かも……」


 思わず言葉が口からもれた。ハッとして口を閉じる。気を悪くしたのではないか。レグルスの顔色をおそるおそる窺うが、彼は気にしていないようで快活に笑った。

 

「女友達に連れてこられたことがあるだけだ。俺も今の今まで忘れてたくらいだし」


 女友達……その言葉を聞いて胸がざわつく。

 そうか。こんなにかっこいいんだもん。彼女くらいいるよね。と。口から出そうになったそんな言葉を無理矢理飲み下す。あんなに晴れやかだった気持ちは、一瞬で曇ってしまった。

 

「入ろうぜ」

 

「うん」


 二人は並んで店へ入る。来客を知らせるベルの音が店内に響いた。

 店員は若い女性であった。カウンターから「いらっしゃい」と声をかけてくる。それに会釈しながら、ファミラナはレグルスに連れられて、駄菓子を入れるための紙袋を持ち、駄菓子を選び始める。

 ラックに並ぶ沢山の大きな缶や瓶、それぞれに駄菓子が詰め込まれていて並んでいた。ファミラナは缶の口を覗きながら、どれを買うか悩む。

 

「フルーツキャンディが人気だってよ」


 レグルスの声に顔を上げる。見れば、残り少なくなっているフルーツキャンディの缶があった。

 赤、緑、黄色、白。カラフルで鮮やかなそれらは、美味しそうと言うよりは可愛らしい。缶に貼り付けられたポップには、大人気と太字で書いてあった。


「これにしようかな」


 ファミラナは呟く。カラフルな見た目に惹かれたのも理由だが、もう1つの理由は、レグルスが選んでくれたから。

 レグルスを見れば、キャンディから視線を外し、空模様を見ていた。相変わらず雨は続いている。それどころか、太陽の光は完全に遮られていた。今から本降りになるのではないかと思わせる程に雲行きは怪しい。

 ファミラナはそれに慌てて、フルーツキャンディを袋に詰め込む。二袋に入れると、カウンターに持っていき、店員に会計を頼んだ。

 やがて会計が終わり、待たせていたレグルスに声をかける。


「ごめんね。本降りになりそうだよね」


「走れば大丈夫だろ。行くぞ」


 レグルスはファミラナの手を握る。ファミラナは、自分の熱がレグルスに伝わりはしないかとドキドキしている。

 二人は小雨が降る中、駅に向かってひた走る。だが、そうしている間にも雨粒は大きくなり、それはにわか雨に、やがて土砂降りに変わった。これでは駅に辿り着けない。

 たまらずレグルスは、ファミラナを連れて近くの本屋に向かう。そこの庇は大きめで、雨宿りするにはちょうど良いと知っていたからだ。


「降られたなー。ファミラナ、大丈夫か?」


 ファミラナの髪はすっかり濡れていた。服も肩や胸元が濡れてしまっており、肌に張り付いている。胸元のラインが、くっきりと出てしまっていた。しかし、ファミラナはそのことに気付かない。


「冷たいけど、このくらいなら大丈夫」


 ファミラナは言うが、レグルスは目のやり場に困った。ジャケットを脱ぐと、ファミラナの肩にかけてやる。

 思わぬ行動に、ファミラナは口を開閉させるが何も言えない。


「着とけ。返すのはいつでもいいから」


 レグルスは、なるべくファミラナを見ないようにして言う。ぶっきらぼうな彼の態度に疑問を感じ、そこで初めて自分の姿を確認した。

 ファミラナは恥ずかしさで俯く。レグルスの厚意に甘えて、彼のジャケットに袖を通した。

 男子と女子とでは、やはり体格差があるもので、ジャケットの袖はかなり余ってしまった。


「大きいね」


「そうか?」


「レグルス君、ありがとう」


 ふわりと笑うファミラナ。レグルスは満更でもないようだ。


「あの、お礼ってわけじゃないんだけど……」


 ファミラナは、購入したフルーツキャンディの内一袋をレグルスに差し出した。二袋買ったのは、レグルスにあげたいがためだったのだ。


「え、いいのか? お前のは?」


「私のもあるから大丈夫」


「じゃあ、貰うよ。さんきゅ」


 レグルスは早速袋を開けて中を見る。コロコロとした、真ん丸のキャンディ。その中の赤い粒をつまみ上げ、口に放り込む。


「あ、おいしい」


「ほんと?」


「食ってみろよ」


 レグルスは、先程と同じ赤色の飴玉をつまみ上げるとファミラナに差し出す。ファミラナは受け取ろうと手を広げるが、ジャケットの袖が長すぎて指先さえ出てこない。袖を捲りあげようとしたところで、レグルスが声をかけた。


「口あけろ」


「え? あ」


 小さな口を開けると、その中に飴玉を入れられた。

 甘い苺味のそれは、舌の熱で溶けだして唾液と混ざり広がる。暫く舐めていると、中から溶けだしてきた甘酸っぱいジェルがアクセントとなり……


「おいしい……!」


「だろ?」


 フルーツキャンディに舌鼓を打っている間に雨雲はすっかり流されて、太陽の光が降り注いでいた。


「上がってよかった」


 二人は再び駅に向かい始める。

 駅に着いた頃には、二人の髪はすっかり乾いていた。だがファミラナの服はまだ濡れたままだろう。


「また来るね。服、返さなきゃ」


「いつでもいいって。何かのついでの時でも」


 いつでもいいのであれば、いくら早くてもいいのだろう。ファミラナは都合よく解釈した。


「洗ったらすぐ返しに来るよ。えっと、それでね」


 ファミラナは言葉を探る。自然な言い回しはないものかと。しかし、良い言葉が思いつかず、ストレートに問いかけた。


「今度、またパンケーキのお店、案内してくれないかな?」


 レグルスはにっと笑って答えた。


「もちろん。また行こう」


 汽笛が聞こえる。どうやら汽車が近付いているらしい。ファミラナは改札に向かいながら、レグルスに手を振った。


「またね」


「またな」


 レグルスもまた、ファミラナに手を振り見送った。

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