第2話 わたしに決まってますが!?

 少し前までティスリわたしには、通信魔法の着信が断続的に入っていました。


 おそらく相手は、ラーフルでしょうけれども……


 それが分かっていてわたしは、即席で着信拒否魔法を作りました。もちろん、所在地を確認する機能もオフにできます。


 これでわたしには着信が聞こえなくなり、ラーフルには『おかけになった守護の指輪は、魔法の届かない場所にあるためかかりません』というメッセージが聞こえるはずです。


 ちなみにアルデは、相も変わらず守護の指輪を装備し忘れていましたから通信はできません。明日までに新しい指輪を作って渡す必要がありますが……もういっそ、本当に、外せない機能をつけましょうかね……!?


 そもそもアルデが守護の指輪を装備していれば、こんなことにはならなかったのですから……!


 そう……こんなことには……


 アルデとミアさんが遭難して……そして吹雪の中の山小屋で……


 二人きりになって……!


(しかもあのときの……ミアさんは……)


 毛布でその身を包んではいましたが……


 どう見ても、毛布の下は何も着ていませんでしたよね!?


 床に衣服や下着が散乱してましたし!?


 いったいなぜ、あんなことになっていたのでしょうね!!


(い、いけない……いつもこうやって、イライラしてアルデに当たるから……!)


 い、いい加減……冷静になりましょう……


 もしあの状況で、アルデがミアさんに手を伸ばしていようものなら、わたしは……


 思わずアルデをこんがりウェルダンしていたかもしれませんが、どう見ても、アルデはミアさんから逃げようとしていました。


 だからわたしは、咄嗟に機転を効かせて、そのアルデの望みを叶えるべく、飛行魔法であの場所から離脱したのです。偶然ですがラーフルも同行させていましたから、ミアさんの救助はラーフルが行うことでしょう。吹雪も止めていますし。


 だから明日、アルデにはそのことを説明すればいいわけで……


 つまり「あなたはミアさんから逃げようとしていたでしょう? だから飛んできたのです」と言えばいいだけ。


 そうとだけ言えば済む話なのです……


 …………。


 ……………………。


 ………………………………。


(いや済みませんよね!?)


 だとしても、なぜこんな遠くの宿場街まで来たのか、その説明になっていません!


 改めて飛行距離と方角を考えてみれば、ここはもう王国の国境付近じゃないですか!?


 仮に「ミアさんから逃げるため」と説明したところで、アルデのことだから「じゃあもうピンチは脱したからみんなの元に帰ろうぜ」と言うに決まっています!


 わたしは帰りたくないのに──


「──って!? なんでわたしは帰りたくないんですか!?」


 あまりに突飛な考えを思いうかべてしまい、わたしは思わず声を出してしまいました!


 ま、まずいです……この宿の壁は薄そうですから、声を出したら隣のアルデに聞こえてしまう恐れがあります……!


 だからわたしは、しばらく息を潜めて隣の気配を探りますが──


 ──アルデはあのとき、何を考えていたのでしょう?


 山小屋で、ミアさんに迫られていたときに……


 いやそもそも、ミアさんはどうしてあんな行動を……?


 いえ、分かっています。どうしてなのかは。


 たぶん……というより間違いなく、ミアさんもアルデの事が好きだから……


(はっ!? わたし、ミアさんとか考えてませんでしたか!?)


 『ミアさん』という言葉遣いは、『ミアさんの他にも、アルデに好意を寄せている人がいる』という並列と追加のニュアンスを含んでいます! だとしたらわたしは誰を想定しての並列と追加なのでしょうね!?


(わたしに決まってますが!?)


 そう、わたしですよ!? 何か文句ありますか!?


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 頭の中でワタワタしていただけなのに、顔が火照って汗がドッと噴き出してきました……だからわたしはため息をついてから立ち上がります。


(つ、疲れました……シャワーでも浴びましょう……)


 今日は、吹雪をとめるために結構な魔力を使いましたが、その疲れよりもアルデのことを考えているほうがよっぽど疲れますね……などと考えながら、わたしは部屋に備え付けのシャワールームに入ります。


 着替えは、さきほどアルデの旅装を整えた時に買いました。それを脱衣所に置いてから、わたしは衣服を脱ぐとシャワーを浴び始めます。


「………………」


 こうしてシャワーを浴びていると、やっぱりどうしても、ミアさんの行動を思い出してしまうのですが……


 温泉のときといい、山小屋のときといい、いくらなんでも大胆過ぎませんか……!?


 ミアさんって、あんなに大胆でしたっけ!? もっと奥ゆかしくて控えめな印象だったのですが……


 でももしも、本来は大人しい性格なのにもかかわらず、それでもああしてアルデにアプローチしているとしたら、それは……


(そこまでしないと、アルデは気づかないということですか……!?)


 た、確かに……それはあり得ます……!


 だってわたしがこれほど好意を寄せているのに、アルデはぜんぜん気づく素振りもないし!


 そもそも!


 出会った最初の頃だって、こうして二人で飛んで王城から抜け出したじゃないですか! その時点でちょっとは意識されてもよくないですか!?


 今思い返せば、あの時点でわたしはすでに……アルデのことが好きだった気がしないでもないのに!?


 しかもそのあと、アルデの故郷に行くまではほとんど二人旅で、いろんなところで恋人や夫婦扱いされても、アルデはぜんぜん動じる素振りすらなくて!?


 た、確かに……わたしはちょっとだけ……ほんのわずかに……素直じゃなかったかもしれないですが……!


 でもこんな超絶天才美少女と二人旅なのですから、少しは意識してくれたってよかったでしょう!?


 むしろわたしが素直になれなかったのは、アルデにぜんぜんその気が感じられなかったからという可能性もなくはないわけで!


(……いずれにしても、だとしたら……)


 あの大人しいミアさんが、しかもアルデの幼馴染みで、アルデのことをよく知っているはずのミアさんが……あそこまで大胆な行動を取る必要性を感じていたならば……


(わたしも、同じ事をやらないとダメってことですか!?)


 そそそ、そんなことできるわけありません!?


 だいたいなんでわたしから、そんなことをしなくちゃならないんですか!?


 このままだって別にわたしは十分なわけで……


 そうしてまた思考をグルグルさせていると、シャワーの湯が止まってしまいます。どうやら貯水槽の湯を使い切ってしまったようです。


(もしも……あのとき……山小屋の二人をわたしが捜し出せなかったら……)


 今ごろ、どうなっていたのでしょうか……


 アルデはミアさんから逃げているようでしたが……でも逃げ場はありませんでした。吹雪の中、ミアさんを山小屋において外に出るわけにもいかないでしょう。


 だとしたら、あのままにしていたら、二人は……


「……結ばれていた?」


 そんな発想が出てきた途端、わたしの背筋に何か冷たい感覚が走って……


 まるで、心にぽっかり穴が空いたかのように思えました……!


(そ、そんな仮定の話で何を感じているんですかわたしは!? 今はそうなっていないのだから問題ないでしょう……!?)


 でも、仮定の話だというのに……


 どうしても、心が静まりません……!


(だ、大丈夫です……今はもう、ミアさんはここにいないのですから……)


 わたしは体を拭いてから、シャワールームを出てパジャマに着替えると、魔法で髪の毛を乾かします。


 小さな化粧台には卓上鏡しかありませんでしたが、そこを覗き込んで見ると、酷く焦っているわたしの顔がありました。


(どうして、こんな気持ちになるの……?)


 ふと、壁の向こうのアルデを見ます。


 もちろん姿なんて見えません。でもアルデは、この薄い壁の向こうにいるわけで……


 もう、寝てしまったでしょうか?


 寝るにはまだ早い時間ですが、でもアルデのことだから寝ているかもしれません。


 アルデは一度寝たらテコでも起きないですが、でも寝たふりをしているときもあるんですよね……


 けど、もし寝ていないのだとしたら……


 今からわたしが……


 訪ねたら……


 アルデは、どんなふうになりますか?


 ミアさんみたいに、逃げられてしまいますか?


 それとも……


(はっ!? な、何をしているんですかわたしは!?)


 気づけばわたしは、なぜか廊下に出ていて──


 ──枕を抱え、アルデの部屋をノックしようとしていました!


(ままま、まるでアルデと一緒に寝ようとしているみたいじゃないですか!?)


 寝るといっても、別に変な意味はないですけどね!?


 ただ同じベッドで、それこそ文字通りぐっすり眠るだけで!?


 いやだから!?


 いったいどういう理由で一緒に寝ると!?


 ぎりぎり我に返ったわたしは、慌てて自室に戻ります。幸い、廊下に他の宿泊客はいませんでしたから、わたしの妙な行動は誰にも目撃されずにすみました……


(と、とにかく寝ましょう……! 一晩明ければ、こんな妙な気分も収まるはず……)


 そして明日になって、アルデと顔を合わせれば──


(──いやだから、どうしてこの宿場街に来たのか、その理由を考えねばならないのでしょう!?)


 などと悶々としていたら。


 気づけば夜が明けていたのでした……

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