21話

 がやがやとした人の気配と、和太鼓の音が近付いてくる。この祭りは、早い時期にやるものだからか、毎年それなりに人が集まる。神社自体は大きいが、そこまで有名でもない。でも、屋台はかなりの数が出るし、花火も上がる。


 「百瀬は、この祭り来た事あるのか?」


 「ううん。今日が初めてだよ。ほんとはずっと来たかったんだけど、お母さんがダメってね……」


 「……僕も今日が初めてだ。百瀬は祭りで何したいの?」


 何となく、少しだけ寂しそうな顔だった百瀬を見て、深く聞くのはまだ早いと直感的に思った。僕は生憎、場を和ませるのは苦手だ。だから、この話題から少しずらして、違う事を考えてもらうという思考にしか辿り着かなかった。


 「葵君も初めてなんだ……えっとね、ラムネ飲んでみたいな」


 少し意外そうな表情を浮かべたのは一瞬で、直ぐに子供みたいな表情になった。


 「ラムネか……」


 少し考えてる間に、いつの間にか人のざわめきの近くに来ていた。まだ空は少し明るいのに、やけに提灯が目立っている。


 「わあ……人多いね」


 「百瀬、人込み大丈夫?」


 まだ神社の手前までしか来ていないが、中に入って人込みの中に行ったら、百瀬とはぐれてしまいそうだった。


 「平気だよ。ねえ葵君、早く行こ」


 きょろきょろと辺りを見渡しながら進む百瀬の後を、一定の距離を保ちながら進む。


 百瀬を目で追いながら、あちこちから飛び交う張りのある声を聞く。それにしても、本当にこの祭りは色んな屋台があるらしい。


 「あ、葵君、ラムネ売ってるよ!」


 服の左袖を掴まれ振り返る。百瀬の瞳に映った灯りがやけに綺麗で、目が離れない。


 「嗚呼……ほんとだね」


  あまり人が来なかったのか、暇そうにしている店主からラムネを二本買って、一本を百瀬に渡す。


 「あ、ありがとう葵君。今お金渡すね」


 「いや、良いんだ。テスト頑張ったご褒美だろ。気にしないで」


 浴衣と同じ色の巾着から、財布を取り出そうとする百瀬を止める。


 百瀬は納得しないような、そんな表情をしながらラムネを開けようとしている。


 「ん……葵君、これどうやって開けるの?」


 「これは、この蓋を押してビー玉を下に落とすんだ」


 百瀬の瓶を受け取り、玉押しを使ってビー玉を落とす。


 コロンという音と共に、青いビー玉が浮き上がる細かい泡の中に閉じ込められる。


 「わあ、ありがとう!」


 瓶を手に取り小さく飲む百瀬を見ながら、自分のラムネを開けて飲む。瓶を傾けるとコロっと流れる青と、弾ける爽やかな甘さが口に溢れる。久しぶりに飲んだからか、やけに甘い。でも、その甘さが嫌ではなかった。


 百瀬は弾ける泡に慣れていないのか、飲みながら何時もより瞳が大きく開いたり、かと思えば瓶を不思議そうに眺めたり、初めての事に触れる子供の様だ。


 「初めてのラムネはどう?」


 「凄く美味しい! 普通の炭酸とはまた違うね。なんだろう……瓶だからかな?」


 ラムネと言えば夏祭りと言うように、ちょっとした特別感がある。確かにスーパーでも買えはするが、氷水で冷やした物を飲むのは、家ではなかなか出来ない。


 「百瀬、花火までまだ時間はあるし、他に何したい?」


 瓶を傾け、ビー玉が転がる様子を面白そうに見ていた手を止め、僕の方に向き直ってくる。


 「私が最初にしたい事出来たから、次は葵君の番だよ」

 

 にこやかに、期待に満ち溢れた顔で僕の目を覗き込んでくる。


 僕が、したい事……


 「そうだな……とりあえず何か食べようか」


 そうだ、今日の目的は告白する事。あんなにシミュレーションしてきたのに、百瀬に会った瞬間それが頭から離れていた。でも、こんな時に告白するなんて以ての外だ。頭にパッと思い浮かんだ事を口に出したが、食べ物以外の選択肢もあっただろう。


 「うん、お腹空いたもんね。何食べようかなー」


 近くの屋台を見て、あれもこれも食べたいと呟く様子を見て、思いの外楽しそうで安心した。それと同時に、さっきまで離れていた事が頭の中を支配する。


 百瀬と合流した時点でもう分かっていた。あんなにしたシミュレーションは、もう役に立たない。今まで上手く行ってたのは、相手が勉強だっから。


 「ね、葵君。たこ焼き食べよ!」


 「……うん。じゃあ、僕が買ってくるよ」


 そう、今回は人が相手だ。それも、好きな人という、難しい相手。


 空いている屋台を目に、座れそうな場所に百瀬を置いて、一人で屋台に並ぶ。不満そうだったが、歩きづらいであろう浴衣姿の百瀬を、人混みの中に連れて行きたくなかった。


 屋台に並びながら周りを見渡す。射的で景品を取ろうと必死な男の子達、キャラクターのお面を付けてはしゃぐ子、目に付きやすいのはやっぱり恋人同士だろうか。


 僕達も、恋人に思われていたら……


 「はい、お次の方どうぞー」


 ハッと顔を上げると、前の人はもうパックを持ち、列から離れていくところだった。


 「あ、たこ焼き二つ」


 「はい、800円ね」


 代金を渡すと、直ぐにパックを渡される。こう回転率が良いと有難いものだ。


 列から抜けて、人を避けながら百瀬が居る場所を目指す。


 そういえば、百瀬はやけにたこ焼きと焼きそばを食べたがっていた。この際だから、焼きそばも買っていこうか。嗚呼、あの飴細工は百瀬が好きそうだ。


 あれこれ思い、気が付いた時には両手にビニール袋をぶら下げていた。不味い、買いすぎた。それに百瀬を待たせている。人を避けながら、急ぎ足で百瀬の下に戻る。


 人目に付きやすい場所を見つけておいて良かった。明るい場所だったし、姿がよく見える。


 「百瀬!」


 少し走って行く。百瀬はベンチに座っていて、僕が呼ぶと直ぐに顔を上げた。


 「葵君。どうしたの? そんなに急いで……」


 百瀬に駆け寄ると、目線が僕の手に行っている。


 「……ふふふっ……あ、葵君、いっぱい買いすぎ」


 両手で顔を覆い、肩を震わせながら笑っているみたいだ。


 「も、百瀬?」


 「ん、ふふっ……葵君、戻るの遅いからどうしたのかなーって思ってたら、そんなに買ってきてくれたの?」


 「百瀬が食べたそうにしてた物が目に付いて……」


 「だからって買いすぎだよー」


 笑いながら僕と袋を交互に見る百瀬に、どことなく安心感を覚える。それと同時に、しばらく待てせてしまった罪悪感が募る。


 「待たせてごめん。だいぶ待ったよね?」


 「うん。ちょっと心配した。でも、私の為にそんなにお店回ってきてくれたんだなーって思ったら、どうでも良くなっちゃった」

 

 二人でベンチに腰掛け、買ってきた物を広げる。たこ焼き、焼きそば、たい焼き、飴細工……思ったより買ってしまった。


 「へぇ……飴細工? 凄い綺麗」


 金魚の飴細工を珍しそうに眺めている。


 「百瀬に買ったんだ。あげるよ」


 「嬉しいけど、こんなに食べたら太っちゃうよ」


 「いや、百瀬は瘦せてるだろう? 全部食べろなんて言わないけど、好きなだけ食べてほしいんだ」


 少し拗ねてしまった百瀬に、たこ焼きのパックを渡しながらそう言うと、少し頬を赤らめた後、無言になってしまった。


 僕はこの一瞬で、何か不味い事を言っただろうか。無言になられると、やけに焦ってしまう。


 無言の百瀬の隣で同じように無言になって、黙々と同じたこ焼きを食べる。

 

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写真と巡る君との世界 四季秋葉 @new-wold

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