再会

第37話勇者の敗北

 聖女エリシアと火の大魔法使いフレアがノアと言葉を交わした後、勇者パーティは学園を出てある森へと向かった。


 いくら特権があるといえど、勇者パーティは多忙であり、予定が詰まっているのだ。

 夜の森に入らなければいけないほどに。


 この日の目的は、森の主の討伐。

 長い時間を生きるなかで魔物化し、手がつけられなくなったグリフォンの討伐。


 勇者パーティが命を賭けるほどの相手ではないため、行軍中の雰囲気は明るいーーーはずもなく、下衆の勇者と騎士、そして洗脳を解き、覚醒した反魔法アンチマジックで常に勇者の洗脳を弾き続けるカレン、エリシア、フレアの三人で分かれている。

 特に女性陣は男たちに目も合わすことなく、壁を作っている。

 洗脳中は勇者にべたべたとくっついていたのと大違いである。


 カレンは学園の一件の後、狂ったように元々カレンが想像していた過去が正しい、と妄言を一人繰り返しており、そこにエリシアとフレアが話しかけ、ノアの目線の話をした。

 そこで、カレンはどこか納得したらしく、

『仕方がないなあ、ノアは』と微笑んだ。

 以降は勇者を嫌悪した、いつも通りのカレンに戻った。


 道中、雑魚をユージ、カレンがそれぞれで蹴散らし、なんならお互いがその苛立ちを魔物にぶつかるように殺戮していく。


 カレンは無理やりノアと引き離されて、クズの元で働かされてることに、ユージは一度は自分のモノになったはずの女が俺を汚物を見るような視線で見ること、そして全く洗脳が効かないことに対して。


 殺伐とした空気感のなか、グリフォンが根城とする大きな樹の麓までたどり着く。


「よし、早く終わらせて帰ろう」


「……」


「……ちっ」


 努めて明るくユージが振る舞うも返事はない。

 いつもはユージを女が追いかける構図だった。

 それがユージにとっての普通、当たり前だった。

 しかし今はカレンたちのことを自分のものだと思っているユージと、どんどん距離を取り、嫌悪の感情を向ける女性陣。

 構図は真逆で、より厳しいものだった。


 その苛立ちが焦りを生み、判断を鈍らせる。

 洗脳に依存していたユージは、女をどうすれば惚れさせられるのか、感情の機微の理解に乏しかった。


 頭上からぼとり、と水滴が垂れる。

 雨か? とユージが上を見上げると、落下する大きな影。


「どぅわぁっ!?」


 大きく飛び退き、押しつぶされるのを回避する。

 落下物は茶色が霞んだような色をしており、羽が生えている。

 そして、人間の何倍もあるその巨体は、まさしく標的のそれだった。


 


 ユージだけでなく、状況を理解した全員の警戒が一気に最大まで引き上げられる。


 久々に感じる命の危機に、ユージの額に汗が滲む。

 ユージたちは、グリフォンよりも強い敵を討伐できるほどには経験を積んでいた。

 しかし、パーティ全員の本能が危険を知らせている。


 グリフォンを間近で見たユージには、なおさらそれを感じ取っていた。


 こいつを倒した敵は、強いと。


 なぜなら、死んだグリフォンの遺体が綺麗すぎるのだ。

 剣で切っても、魔法で燃やしても体に傷は残る。

 このグリフォンには傷らしい傷が見当たらず、暴れた様子もほとんどないのだ。


「こんなところで何をしているの?」


 緊張のカケラもない、純粋な疑問を問いかける声音。

 大樹の太い枝に、一人の女が腰をかけている。


「てめえがそのグリフォンを殺したのか?」


「そうだよ。あぁ、それ欲しいならあげるよ。もう用済みだし」


 女は平然と、いらないものを友人にあげるかのように喋る。

 この女が、グリフォンを一方的に殺したのだと全員が察する。


「よいしょっと」


 枝から女が飛び降りる。

 ふわりと金髪が舞い上がり、女の容貌が明らかになる。

 病的なまでに白い肌が、翡翠の大きな瞳と、緩く巻かれた月光に照らされ輝くカナリアのような金髪、力を込めれば折れてしまいそうな繊細な身体。

 

 浮世離れした美女。

 それがユージが思った女の印象。

 こんなか弱そうな女が、グリフォンを殺せるのか。


 しかし、ユージは勇敢に、果敢に、聖なる剣を抜き放つ。


「……魔族、それもヴァンパイアか」


 薄く笑みを浮かべる唇の隙間から、異常に発達した

 八重歯が見えたから。

 こいつを倒して、かっこいい姿を見せて女たちの評価を上げるために。

 そんな子どもレベルの感情理解で、欲で剣を抜いた。


 女の爛々と輝く翡翠の双眸がユージを見つめる。


「勝ち目のない勝負を挑むのは勇気じゃない、蛮勇というものだよ」


 言外に、お前じゃ勝てない。と伝えられたユージは激昂する。

 勇者は崇められ、尊敬され、好かれるもので、決して見下されたり、嫌悪されたり、軽視されるものではないから。

 ちっぽけなプライドが聖剣に魔力を宿らせ、ユージの身体に力を与えた。


「誰も邪魔するなッ! こいつは俺の獲物だ!」


 そう吠えるユージ。

 しかし、フレアとエリシアに関しては、そんなことを言われずとも動くことができなかっただろう。


 ユージとヴァンパイアとの戦いが始まる。












 そして遊ぶように半殺しにされ、勇者はあっけなく敗北を喫した。













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