第38話信頼を得るには
勇者が敗れたなんて事件で世間に激震が走るなか、優秀な回復魔法使いさんの手によってフェイスガードが取れた頃、俺はミーシアの実家へと連行されていた。
あの黒のフェイスガード、かっこよくてちょっと気に入ってたから名残惜しい。
あれ付けてたらかわいいじゃなくてカッコいいの声が増えたから……。
それは置いておいて、伯爵家というそこそこ大きな家の取り潰しや、勇者パーティと関係のある人間が娘の奴隷をやっていると聞いて、彼女たちの両親が俺に会いたがったらしい。
昔住んでいた時は行動を制限されていたし、関わる人も決まっていたから会うことはなかった。
「はぁ……」
メディアス家の領地へ向かう道、揺れる馬車のなかでミーシアがため息を吐く。
「何かあったのか?」
お前の親に何言われるかわかんない俺がため息つきたいよ。
「学園トーナメントが憂鬱すぎてね……」
「なんだよその頭悪そうな名前」
「知らないのね〜、ノアはほんと可愛いんだから〜」
ミーシアは対面に座る俺を抱き寄せる。
「学園トーナメントっていうのはね、魔法科も騎士科も関係なく、出場選手がトーナメント方式で戦っていくイベントなの。一位の人は学食一年分っていう特典があるだけなんだけど……」
「就職に有利そうだな」
「それもそうだけど、ここでも貴族のアレが関わってきてね、優勝した人の派閥が大人の方でも幅を利かせたりするらしいのよ……もちろん学園でも」
俺が嫌いなタイプの催し物だ。
「しょーもな」
「ほんとにね。でも、一応出場しなきゃいけないらしいのよ」
貴族の伝統とかそういうしがらみなんだろうな。
「へー、大変そうだな」
「他人事みたいに言ってるけど、あなたにも出てもらうわよ?」
にっこりと笑顔でミーシアが言う。
「あはは、ご冗談を」
あまりに舐めた貴族がいたら思わずぶっ殺しちゃうかもね!
「そろそろクズみたいな貴族にも慣れてもらわないと。これまでも状況が状況だったけど、伯爵家の……愚鈍? ……グードンか、あいつ玉破裂したらしいわよ。取り巻きは顔面陥没骨折と、頭蓋骨骨折をそれぞれ」
あの事件、誰が誰をやったのかは明らかになっていないが、グードンに金的をしたのを俺だと思っているらしい。
実際はリアなのだが、彼女の名誉のために俺は罪を被るべきなのか……?
「……いや、まあ、そうだな」
一国の皇女が他国の貴族の金玉を破裂させたなんて噂になったら可哀想だし、仕方ない。
俺はしぶしぶ学園トーナメント出場が仮決定した。
☆☆☆☆☆☆
「のあきゅん、ママに甘えていいんでちゅよ〜♡」
「むぎゅぅ……」
俺はミーシアの大人版美女に抱き抱えられ、深い胸に顔を押し込まれていた。
「ひう《しぬ》……
窒息しそうになりながら、なんとか鼻を谷間から出す。
「あんっ」
「も、もう! お母様! ノアを離して下さい!」
「ミーシアちゃんずるいわよ! こんな可愛い子を私物化してるなんて!」
ミーシアが抗議するも、ミーシアの母アンナは一向に俺を解放してくれない。
てかお前も初めの頃同じような反応してたろうが。なんなら襲ったろ。
「のあきゅん聞いたわよ? 昔お母さんみたいな存在の人を亡くしたんだって? 不安だったわよね、悲しかったわよね、これからは私がお母さんになってあげるから、今まで甘えられなかった分遠慮なく甘えていいんだよ♡」
慣れたように頭を撫でられる。
その手つきは誰よりも上手く、気持ちよさに思わず目を細めてしまう。
「ちょっとノア!」
キーキー文句を言うミーシアと、あらあらと受け流すアンナ。
なんとなく行動といい、この関係といい二人は親子なんだな、と思った。
「おい、いい加減にしろ。今日の目的はそれじゃない……はずだから話をさせてほしい」
傍観していたミーシアの父が、アンナに睨まれながらも言い切った。
「仕方ないわね」
俺の体が持ち上がり、背中をアンナに預けるような体制になる。
「アンナ……」
アンナの父マテウスが呆れたような視線を送る。
よしいいぞ! 俺を普通に座らせてくれ!
「……まあいい。それで話そう」
……どうやら、この家で父親のヒエラルキーは低いらしい。
マテウスの顔が引き締まり、空気が変わる。
真剣な話が始まった。
「さて、ミーシアの奴隷のノア。君が元風の大魔法使いリオラのところに住んでいたことは知っている。そして、勇者パーティと何かしらの関わりがあることもな。ただの平民の奴隷が複数の重要人物と接点があるのは、ハッキリ言っておかしい。正直に話すが、私は君を疑っている」
「ちょっと、お父様!」
「黙ってなさい」
失礼な発言にミーシアが口を挟むがマテウスは一喝する。
「ルナトリアから娘やその友人に良くしてくれているのは聞いている。人柄も問題視はしていない。だから、君を私たちに信用させてほしい」
マテウスがじっと俺の瞳を見つめる。
つまり、俺の過去や考えを話せということだ。
流石に、迷う。
これまで信頼できる人間限定で明かしてきたことだし、それはこれからも変えるつもりはなかった。
初対面の人間に話すことなど、考えてもいない。
「それは……」
言い淀む。
よりによって相手は貴族だ。
ミーシアの父親とはいえ。
そもそも俺は両親というものを信用していないし、親からの愛情なんて自分の身可愛さで捨てられるものだと思っている。
「……話すかどうかは、まだ迷っている……ます」
「敬語が使えないなら、無理をしなくていい」
「……はい。俺は、信頼した人にしか自分のことを明かさないって決めている。それは、信頼した人の親だったとしても。親なんてただ自分を産んだ人間で、親から子への愛情なんて何かあれば消えるもんだとも思っている」
頭上でアンナが息を呑む音がする。
「理性じゃそれは不幸な家族のほんの一部の例だというのはわかってる。実際に無償の愛で子どものために命をかけられる親がいるのも聞いたことがある。でも俺の感情がそれを認められない。だから、いくら信頼したミーシアの親といえど、簡単には話せない」
親の愛なんて偽りのものだ。
俺が幼少期に注がれた愛は、俺が親に向けていた愛は、『お前は家族じゃない』という一言で全部壊れた。
「……その考えに至った理由も、ダメなのか?」
「信頼できないので」
この男が伯爵家の崩壊や、勇者のことに一役買ってくれているのは知っている。
だがそれは俺のためではなく、娘のためであり、国のためであり、自分のためである。
俺はどうしても腹に一物も二物も抱える貴族が、簡単には信用できない。
「……ノア」
ミーシアが、諭すような声音で俺の名を呼んだ。
「ノアが過去に何があって、どんな辛い経験をして、何を思ったのか、私たちはノアの口から聞いたわよね」
「……うん」
「お父様が知りたいことって、別にノアに直接聞かずとも、私の口からも聞くことができるの。でも、お父様はそれをせずに、あなたの口から聞きたい。あなたがお父様を信用できないのと同じように、お父様もあなたが信用できない。普通、そうなのよ。私たちはキッカケがあった。でも、時にはお互いに自己開示をして、信頼をする努力が必要な時もあるの」
そうだ。
俺とマテウスの話がずっと平行線なのも結局はそういうこと。
むしろ、マテウスはわざわざ俺を呼んで、顔を合わせることでお互いが信頼できるように計らっている。
その歩み寄る努力をしていないのは俺だ。
前を向いて成長するためには、信頼されにいく努力も必要なのではないか。
「だからお願い。私を信じて、お父様に話をして欲しいの。お父様がノアを害さないってことは私が保証するし、もしそうなったら私がノアを守るから」
懇願とも言えるミーシアの言葉。
それが心に響いた。
「……わかった。両親のことも含めて話すよ」
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