第14話 忙しい朝には、クロックムッシュを 前
ベアード男爵は顔面蒼白に変わるや、剣を抜きざまセスの頭上へ剛刃を振り下ろした。
グァンッ!
俺は下から
ベアード男爵は目を見開き、悔しそうに顔をゆがめた。
俺から剣を納めると、セスを縛っていた縄を解いてやった。芝居だからきつく縛ってはいない。
「先生、すげーな」
「だろ? こう見えて俺、剣の使い方には自信があるんだよ」
俺は自分の席に戻ってティーカップを口に運ぶ。
「貴様っ、何者だ?」
「家庭教師ですよ。少し昔話をしましょうか」
「昔話?」
「十年戦争の最中。細く削った木枠に獣皮を貼り、船の帆のように風を受けて空へ舞い上がって城壁を飛び越える攻城戦法で功名を挙げた部隊がいました。それがプテラーン奇襲隊といったそうです」
「それをどこで……その若さで戦場帰りかっ?」
「彼らの奇襲条件は身長が一六〇センチ以下。あるいは体重四十キロ台の痩身であること。そこにいるセスはその両方を兼ね備えていたんでしょうね」
「……っ!?」
「アバディーンにおける
セスはうつむき、下唇を噛んだ。
「わが主が、あなたに訊きたいことは一つです」
剣を握りしめたまま像を向けてくる男に、俺は憐れみをこめて訊ねた。
「あなたは、ガブリエルハウンズを見たのですか?」
ベアード男爵は沈黙を続けたが、やがて剣がガチガチを震え始めた。
「ヘルズヘッド墓地で」
「見たのか、本当に?」
「う、うるさいうるさい! あの朽ちた墓地に二度と戻ってたまるか。貴様ら、アバディーンから出られると思うなよ。絶対に後悔させてやるからなあ!」
男は支離滅裂なことを口走り、
部屋がまた静かになると、目を閉じて嵐が過ぎるのを待っていたフォブス準男爵が音をたてて紅茶をすすり、口から魂がこぼれ出すような安堵の息を吐き出した。
「はぁ~、生きた心地がせんかったわい。ご令嬢は、わしが麝香党を持て余していたのをご存じだったのか」
「どうでしょうか。少なくともあなたがアバディーンにおける麝香党の
「わしが、町の鼻つまみ者を金で黙らせてきたのだ。ただ、その窓口にベアード男爵を使ったせいでヤツを図に乗らせたのは、わしの落ち度だな」
「捕まえた襲撃者の複数人から、あなたの名前が出ました。令嬢は怪訝に思われていましたよ。現場に襲撃指揮者がいないのに複数人が重要な情報を持ちすぎている、
襲撃者たちは、フォブス準男爵の差し金だと言えば、衛兵庁には引き渡されないだろうとベアード男爵に命じられていたのだという。実際はそんなことになるはずもないのに。
フォブス準男爵は、心外そうにむっつり顔で鼻を鳴らした。
「当然だ。わしにはディアンケヒト家へ弓引く動機がない。戦時中のアバディーン街道における物資輸送計画はもともと、わしとウォーデン・アズマが企画したものだ。長年の信頼こそあれ、反目することは商売の神テウタテスを敵に回すようなものだ」
そこへまた廊下でドタドタと足音がして、主人とそっくりな体型の旅行ドレスが入ってきた。
「あんたっ。生きてるかい!?」
「おおっ、ローザ!」
男爵は立ちあがると、ビア樽とビア樽ががっぷり四つになって抱擁する。
「なんか嫌な予感がして旅行を切り上げてきたんだよ。そしたら、うちの屋敷からあのハゲ大男が抜き身の剣をぶら下げたまま出てくるじゃないか。あたしゃびっくりしたよ」
「ベアードが、わしを
「何言ってんだい。あの人たちが貸し借りなんて思っちゃいないよ。それより、こっちが儲けさせてもらってる分だけ恩顧に報いてやるんじゃなかったのかい?」
「おっ。ああ、そうだったな。そうとも!」
細君の心意気に触れて、フォブス準男爵もなんだか嬉しそうに応じる。
「あのう。令嬢に朝食の準備をしないといけないので。そろそろ」
俺の仕事は終わった。あとはノルマの、負け朝食を作りに戻りたい。
「あんた、この人たちは?」
「ディアンケヒト家の家庭教師と侍女頭だそうだ。なんかアバディーンにやって来たガブリエルハウンズを調べに来たんだとよ」
「なんだいそれ。初耳だよ」
情報通の琴線に触れたらしい。満面の笑みが逃がさないといってくる。
「こ、これから令嬢をここへお連れしますので、彼女から聞いてくださいっ」
俺は夫人の好奇心の圧から逃げるようにフォブス邸を飛び出した。
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