第24話 赤子、不死の魔鳥に再び相対する
「……はっ?」
部屋の扉を閉め話しかけてきたのは、どう見ても生まれたばかりの赤子。
「幻覚か? なぜ、私の館に赤子がいる?」
不死の魔鳥騒ぎがあったとはいえ、ここは仮にも領主の館。最低限の見張りは付けている。赤子一人入る隙はないはずだ。
「――ああ、そんなことを気にしていたのか。安心するといい。確かに見張りは着いていた。ただボクがボクの邪魔をする見張りを眠らせただけの話さ」
「――なぁ!?」
まさか……そんなはずが……!?
赤子の脇を抜け扉を開けると、倒れ横たわる兵士たちの姿が映る。
「ば、馬鹿な……そんな馬鹿な……!?」
護衛に選んだのは選りすぐりの兵士。
赤子に倒されるなんてあり得ない。
「……はっ!? もしかして、私は夢を見ているのか? これは夢なのか?」
そうだ。そうに違いない。
兵士たちが不死の魔鳥討伐に失敗し、壊滅したのも、不死の魔鳥が町中に現れたのも全部夢。タチの悪い夢だ。
そもそも、生後数ヶ月の赤子が両足で立ち言葉を話すなんて、そんなことありえな……。
すると、赤子が呟くように言う。
「――現実逃避は頂けないな……」
――ボウッ
「……へ?」
その瞬間、自慢の顎髭に火が点る。
顎髭を焼く炎を認識した領主は助けを求め転げ回る。
「――ぎ、ぎゃああああっ!! 熱い、熱い、熱い! 誰か、誰か火を消してくれェェェェ!!」
赤子は髭に火が付き転げ回る領主の髭を手で掴むと、揉み消し、優しく微笑みかける。
「そら、望み通り火を消してやったぞ。これで大人しく話を聞く気になったか?」
消火したにも関わらず、未だに髭を掴む赤子に視線を向けると、領主は絶叫を上げる。
「――はあっ、はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……! な、なななななななな、なんなんだ、お前はァァァァ!?」
「ああ、そういえば自己紹介がまだだったね」
赤子は恍けながらそう言うと、領主の髭から手を離し、笑みを浮かべながら自己紹介を始める。
「ボクの名は、ステラ。地獄に帰りたいだけのただの赤子さ。実は君にお願いがあってね」
「お、お願い?」
目の前の赤子は自分の髭を笑いながら焼いた赤子。領主は警戒しながら赤子の話を聞く。
「ああ、ボクはこれから不死の魔鳥討伐で亡くなった兵士と魔法士を生き返らせようと思っている」
「――な、なんだと!?」
教会の教義によれば、魂は神が与えた物。死して神の御許へ赴く者はその魂を神に返さなければならないと定められている。
故に、死者の蘇生は禁忌。
死者を蘇らせることは神から命を奪い返すことに他ならず、神への冒涜と捉えられている。
死者蘇生が許されているのは、神の使徒たる教会の巫女のみだ。
「自分が何を言っているのかわかっているのか? 死者蘇生は神への冒涜。神罰が下るぞ……」
神が罰を与えずとも、異端審問官が罰を与えにくるのは確実だ。町の中にも教会の信者が多く存在している。
だから、馬鹿な真似は止めろ。
そう忠告すると、赤子は嬉しそうに言う。
「そうか、それは楽しみだ」
「なぁ……」
た、楽しみだと?
この赤子はなにを言っているんだ?
発言の意図がわからず、領主はより困惑を深める。
そもそも、この赤子は領主である私の許可を取るため、ここに来たのではなかったのか?
許可を取るために来た訳でないとすると一体なんのために……。
「それはね。忠告をしに来たのさ」
「ち、忠告だと?」
「ああ、忠告さ……」
息を飲み込むと、赤子は領主に顔を近付けると、恫喝するように言う。
「……ボクの邪魔をするな。ボクのやることに文句を付けるな。ボクが大切にしているものに危害を加えるな。この忠告を守らない者は魂ごと燃やし尽くす」
その瞬間、領主の視界が炎に染まり、屋根を突き破る形で、部屋に不死の魔鳥が顕現する。
ギャアアアアアアアアスッ!!
「な、なななななっ……!?」
不死の魔鳥だとォォォォ!?
まさか、町中に現れた不死の魔鳥の原因はこの……!?
「ボクはこれから不死の魔鳥討伐に失敗した者たちの蘇生に向かう。ついでだ。屋根を壊してしまったお詫びに、君の憂いも晴らして上げるよ。楽しみにしているといい」
そう言い残すと、赤子は不死の魔鳥に乗り鳳凰山に向かって飛んでいく。
領主は鳳凰山に向かって飛んでいく不死の魔鳥を見て唖然とした表情を浮かべた。
◆◆◆
不死の魔鳥に乗った赤子が鳳凰山に向かって何分経っただろうか。
領主はハッとした表情を浮かべると、頭の中で状況を整理する。
あの赤子は不死の魔鳥に乗り鳳凰山に向かった。その目的は、不死の魔鳥討伐に失敗し亡くなった兵と魔法士の蘇生。そこには、クリボッタ商会の会頭、ネロから借り受けた傭兵団も含まれる。
鳳凰山で兵士が亡くなったことを知るのは、探知の魔法士とネロ、そして領主の三人だけのはず……。
もし、壊滅した兵士たちの蘇生が教会関係者にバレれば、異端審問官により拷問され殺される。そこに立場は関係ない。領主であってもそれは同じ。
「まずいぞ。非常にまずいことになった……」
教会関係者に蘇生の件がバレた場合、真っ先に疑われるのは領主である自分だ。
赤子が不死の魔鳥に乗って鳳凰山に向かい兵士の蘇生を行ったと、教会関係者に真実の弁解をした所で信じてはもらえまい。
絶対に頭がおかしくなったと思われる。
だが、逆にこれはチャンスでもある。
兵士たちの蘇生が成されれば、不死の魔鳥討伐失敗を有耶無耶にできる上、ネロに支払う金も大幅に削減することができる。
兵士が戻れば治安も回復するし、領民に安心感を与えることに繋がる。
これは大きなメリットだ。
少なくとも、不死の魔鳥討伐に出かける前段階まで状況を巻き戻すことができる。
それに不死の魔鳥を討伐できそうな赤子を見つけることもできた。
「あとは蘇生の事実をどう隠蔽するか……それだけが問題だ」
神の使徒たる巫女の蘇生によると、蘇生された者は死んだ前後の記憶を失う者が多いと聞く。蘇生された兵士を助けるためには、それに賭けるしかない。
教会は、巫女が施す蘇生以外認めない。
もし蘇生がバレれば、せっかく蘇生した兵士たちがまた殺されてしまう。
「頼む。頼むぞ……」
兵士たちのために、ひいては自分のために、領主は赤子の向かった鳳凰山に向かって祈りを捧げた。
◆◆◆
鳳凰山。それは、不死の魔鳥の住む人外魔境。
不死の魔鳥は、自らの魂を移した炎樹から次々と魂を抜き取っていく赤子を見て唖然とした表情を浮かべる。
「グ、グア……?」
この赤子は何故、複製した魂を取り出すことができるのだろうか。
複製した魂はこの山に生える炎樹の数だけ存在するものの、抜き出された魂の数は既に千を超えている。
魂を抜き取られるのを止めたくとも、それをやっているのはあの赤子。
いくら止めたくても止まるとは思えない。
そんなことを思いながら、炎樹から魂を次々と取り出していく赤子を見ていると、赤子がこちらを振り向いた。
「――心外だな。君はボクを何だと思っているんだ?」
赤子の皮を被った化け物。それ以外に形容する言葉が思い付かない。
まさか話しかけてくるとは思わず、心の中でそう呟くと、赤子は笑いながら炎樹から杖に魂を移す。
「ははっ、面白いことを言う奴だ。まさか、魔鳥がジョークをかますとはね。とりあえず、ナイスジョークとだけ言っておこう」
「…………」
紛れのない本心をジョーク扱い。
話の通じない赤子を前に不死の魔鳥が唖然とした表情を浮かべる。
すると赤子は一言「しかし、まさか意思疎通ができるとは思わなかったな」と呟いた。
突如として流れる不穏な空気。
もの凄く嫌な予感がする。
一刻も早くここを離れよう。
魂はまた分割すればいい。
そう割り切り不死の魔鳥がその場を後にしようとすると、赤子は呟くように言う。
「……魂を回収し尽くしたら滅ぼそうと思っていたが、気が変わった。不死の魔鳥よ。ボクの麾下に加われ」
赤子が放つ有無を言わせぬ圧倒的強者感。
これまでの鳥生で聞いたことのない不遜で傲慢な提案に、不死の魔鳥は頷くことしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます