第23話 赤子、杖を手にする

『――カンッ! カンッ!』と響く音。

 ワンド工房の主、カルマジは袖で額の汗を拭うと、片目を瞑り手にした杖を眺め見る。


「――完成だ」


 金色に輝く螺旋状の取っ手。その先にある赤水晶と不死の魔鳥を模した飾り。

 かんざしのように伸びた金色の柄。

 螺旋を描いた杖の力は天を貫き奇跡起こす。

 孫を取り戻すため、心血を注ぎ作成したボク専用の杖。

 それを間近で見ていたステラは「ほぅ」と息を漏らす。


「……これはすごいな」


 杖そのものが不死の魔鳥といっても過言ではないほどの存在感をこの杖から感じる。


「――手に取っても大丈夫か?」

「ああ、もちろんだ。この杖はお前さんの物だからな。螺旋を描く再生の杖。そして、もう一つ……これは、ワシからの贈り物だ」


 カルマジが取り出したのは、白銀色に輝く螺旋状の取っ手。その先に黒水晶と髑髏を模した飾り。かんざしのように伸びた白銀色の柄が特徴的な魔法の杖。

 タナトスの魂が宿る黒水晶を使った杖だ。


「……螺旋を描く死の杖」

「再生に死の杖か……ふふふ、物騒な名前の杖だ」


 しかし、嫌いではない。

 ボクはカルマジから杖を受け取ると、深い笑みを浮かべる。


「再生の杖の主な力は、蘇生と顕現。死の杖の主な力は、吸収と消滅か……使い所を誤れば、自身をも危険にさらす諸刃の杖。いいね。ボク好みの杖だよ」


 ボクは杖を腰ひもにかけると、扉に視線を向ける。


「さあ、天獄に囚われた者たちの蘇生を始めよう。でも、その前に……」


 そう言うと、ボクは領主の元へと向かった。


 ◆◆◆


 時は少し遡る。

 不死の魔鳥が町に現れたことに驚いたクリボッタ商会の会頭、ネロは領主の館から一目散に逃げ出すと、町の一等地にある本店へと向かった。


「おい! 誰かいないのか! 誰か、誰か早くワシの財産を運び出せ!!」


 本店には、町に災害が起きた時に備え、クリボッタ商会の財産の大部分が置いてある。

 しかし、不死の魔鳥が町中に現れたためか、店の中はもぬけの殻。


「ええい! 肝心な時に使えぬ奴等だ! 主人を置いて逃げ出すとは、けしからん。けしからん。けしからん!」


 エールの町に不死の魔鳥を倒せる戦力はいない。こんなことなら奴隷ではなく、ちゃんとした傭兵団を貸してやればよかったと、ほんの少しだけ後悔する。

 しかし、終わったことを後悔しても仕方がない。

 今、考えるべきは、自分の命と金をどう守るかということ。


「おい。誰か! ワシの金を運び出せ!!」


 仕方がなく自分で金を馬車に運び込んでいると、馬車の上に男が寝ていることに気付く。


「うん? お前は……」


 ネロが話しかけると、男は欠伸をしながら馬車の上で上半身を起こした。

 男の名は、エドガー・フェニックス。

 ネロが懇意にしている傭兵団。エドガー傭兵団の団長である。


「ふわぁ……あれ? ネロ様が金を運んでる? なんで??」


 その瞬間、ネロは激昂する。


「この……! なんでではないわ!! いいから貴様も手伝え!! 他の団員にも命令しろ!」

「あー、はいはい。寝起きだっていうのに、人使いが荒い雇い主だこと……皆、ネロ様のお手伝いをしてあげて」


 そうエドガーが命令すると、傭兵たちは瞬時に姿を現す。


「ぐっ、貴様ら……ワシが呼んだ時は来なかった癖に……」


 当然だ。彼らは傭兵団。

 戦闘のプロフェッショナル集団であって小間使いではない。


「すいませんねー。俺の傭兵団は優秀ですから団長である俺の命令以外聞かないよう言い聞かせてあるんですよ。しかし、ご安心ください。契約に従いあなたの身だけは守らせて頂きますよ」

「ふん」


 ネロは鼻息を荒くエドガーを睨み付ける。


「一応、聞いておこう。君たち優秀な傭兵団であれば、不死の魔鳥を倒すことは可能か?」


 ネロの皮肉混じりの質問に、エドガーは飄々とした様子で答える。


「もちろん、倒すことは可能です。ただ町の中に現れた不死の魔鳥を倒すとなると、ここら一帯の焦土化は避けられません。それでもよろしければ、今からでも討伐してきますが?」

「いや、いい……」


 町の被害を考えなければ、不死の魔鳥を倒すことができる。

 それが分かれば十分だ。


「今はワシの財産をこの町から運び出すのが何よりも優先される。それにこれは良い機会だ」

「良い機会……ですか?」

「ああ、ワシを敵に回せばどうなるかを領主の奴に思い知らせることができる絶好の機会だ」


 不死の魔物が町に現れたとなれば、被害は避けられない。店は一時休店だ。

 クリボッタ商会はこの町の小売・物流業の殆どを握っている。この町の支配者が誰なのか思い知るがいい。


「積み込みが終わりました」


 傭兵の報告を聞き、ネロはエドガーに言い付ける。


「よし。それでは、隣町であるラガーの町にワシを馬車ごと転移させろ。領主には、不死の魔鳥がいなくなるまでの間、店を閉める旨伝えておけ」


 隣町には、ネロの父親、ハバネロが商流を支配するラガーと呼ばれる町がある。

 エールの町に戻るのは、不死の魔鳥が町から離れ、傭兵団に倒させた後だ。


「わかりました。それでは、メタス。ネロ様と馬車をラガーの町まで送り届けてくれ」


 転移の魔法士、メタス・フェニックス。

 商人にとって一番欲する魔法を使う魔法士にして、エドガーの妹。


「はい。わかりましたわ、お兄様。それでは、ネロ様。私の手をお取りください」


 メタスの魔法には、自分と触れ合うものを特定の場所に移動させる力がある。メタスがネロの手を取ると、微笑を浮かべながら杖を振るう。


「転移。ラガーの町」


 全財産を乗せた馬車と共にラガーの町に転移したことを確認すると、ネロはホッとため息を吐いた。


 ◆◆◆


 その頃、領主の館では……。

 この町の領主、ホッピー・ノマナ・エールが頭を抱え、愕然とした表情を浮かべていた。


「――どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうすれば、私はどうすればいいんだ……」


 突然、町中に現れた不死の魔鳥。

 その不死の魔鳥がこれまた突然、姿を眩ました。

 探査を得意とする魔法士に、不死の魔鳥の現在地を調べさせた所、不死の魔鳥は以前として町中に存在していることが明らかとなった。

 しかし、話はこれで終わらない。

 どうやら不死の魔鳥は鳳凰山にも存在しているらしいことが判明したのだ。

 これは由々しき事態である。

 不死の魔鳥が町中に現れたことにより、町は依然として大パニック状態。それに加え、クリボッタ商会の会頭、ネロが、不死の魔鳥が討伐され、安全が担保されるまで店を閉めると傭兵団経由で伝えてきた。

 不死の魔鳥討伐に貸し出した傭兵団の金についても、即座に支払うよう要請した上で、だ。

 契約書を見返しているが、そこらかしこに罠のような項目が書かれており、ルーペで拡大し確認しないとわからないよう巧妙に隠されている。


「なぜ、私はこんなものにサインしてしまったんだ……」


 不死の魔鳥討伐に貸し出された傭兵団に関する条項の中には、討伐作戦後、領主が貸し出された傭兵たちを買い取る旨の記載もある。

 貸し出された傭兵団が兵士の足を引っ張り壊滅的なダメージを負った点や、この契約書に書かれた条項から推察するに、貸し出された傭兵は本物の傭兵でない可能性が高い。

 もし不死の魔鳥討伐が成されていれば、この条項に従って喜んで傭兵団を買い取り、この町の兵士として登用していた。

 この契約が悪辣たらしめるのは、成功した場合と失敗した場合のどちらにおいてもネロが得をし、領主が損するようになっている点にある。

 そして、ある意味一番厄介なのが、曲がりなりにもこの町の小売・物流業の殆どを握っているクリボッタ商会の閉店問題。


「――兵士はいない。食べ物が買えない。不死の魔鳥は町の中……」


 隣町であるラガーの町もネロの父親であるハバネロが小売・物流業を支配しており、協力を仰ぐのも不可能。

 もはや、三重苦の八方塞がり。


「――ぐっ、ぐうううううううううううううううっ……!!」


 苦悩を口に出し頭を抱えていると、「ガチャ」っと、扉を開ける音が聞こえてくる。視線を上げると、そこには赤子が立っていた。

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