第20話 赤子、不死の魔鳥と相対する
「そうか。なるほどな。それで、不死の魔鳥はどこに生息している?」
「ま、まさか、不死の魔鳥を討伐しに行かれるのですか!?」
ステラの言葉にランスは目を剥いて驚く。
「ああ、だってそんな話を聞かされたら行くしかないじゃないか。領主が討伐のために集めた魔法士と兵士。それを意図も容易く屠る不死の魔鳥。それにボクには確かめたいことがある」
不死の魔鳥。
そう。不死の魔鳥はその名の通り、ボクと同じ不死の呪いを受けし魔鳥だ。ボクの興味は、不死の魔鳥を殺すことができるのかどうか。その一点にある。
「し、しかし、本当に死んでしまうかもしれないのですよ!?」
「ああ、最高だな。死ねば地獄に帰れる」
「ええええええええっ!?」
ボク目的は地獄に帰ること。
正直言って、不死という単語を見た時からこいつしかいないと思っていた。
「死ねるなら地獄に帰れて上々、死ぬこと叶わずとも不死の魔鳥が手に入れば、ボクの杖が作れる」
どうしよう。デメリットが思いつかない。
ランスはなに言ってんだこの人的な視線を浮かべ呆れ返る。
「どうしても、行くと言うのですね?」
「ああ、行かない理由がないからね」
「私は止めましたよ?」
「君は確かにボクを止めた。クラウスにもそういい含めておこう。だから早く、あまりボクを焦らさないでくれ……」
地獄に帰れるかもしれない。地獄に帰れるかもしれない。
ウキウキしているステラを見てランスはため息を吐く。
やはり、とんでもない赤子だ。
ランスは地図を広げると、不死の魔鳥のいる場所を指差した。
「……わかりました。不死の魔鳥はこの場所にいるはずです。どうか無事に帰って来てください」
そうでなければ、三千万イェンの年収がパーになってしまう。
ほぼ強制だったとはいえ、どの道、ネロにこのことがバレたらクビになる。ステラのことを信じる他ない。
「鳳凰山か……今日中に倒して帰ってくるよ。それまでの間、クラウスの指示に従い裏方仕事に励むといい。ファイア・オブ・プロミネンス」
その名を呼ぶと、炎の化身が姿を現す。
「――ボクをフェニックスの下へ」
ファイア・オブ・プロミネンスの炎がステラを包むと、ステラの姿がかき消える。
その場には笑い声だけが木霊した。
◆◆◆
町から少し離れた場所にある山岳地帯。
鳳凰山と呼ばれるその山の頂きには、不死の魔鳥が存在している。
「あれが不死の魔鳥の住む山、鳳凰山か」
大層な名の山だ。
山頂に辿り着くには、常に燃える樹、炎樹の森を抜ける必要がある。
「まあ、ボクには関係ないけどね」
轟々に燃える樹々を見下ろしながらそう言うと、ファイア・オブ・プロミネンスに導かれるまま山頂に降り立った。
見れば、黒く焼け焦げた骸があちらこちらに放置されている。
おそらく、これは不死の魔鳥討伐に駆り出された魔法士と兵士の骸。
その先に見えるアレは不死の魔鳥の巣だろうか?
骸を器用に組み合わせ作られた不死の魔鳥の巣。
その中で、不死の魔鳥は卵を暖めているようだ。
敵が近付いていることを本能的に察したのか「ギャース、ギャース」と声を上げ、不死の魔鳥が威嚇してくる。
「あれが不死の魔鳥か……しかし、妙だな」
卵を守る不死の魔鳥を霊視すると、ボクはため息を吐く。
「……割れている。もしかして、先の戦いで卵を割られたのか?」
卵の状態は申し訳ない程度に残った卵白が卵黄を守っているような状況。
卵が割れていても孵化する可能性はある。
それに賭けて暖めているのだろうが、その卵は孵化しない。
少なくとも、誰かの力を借りぬ限り不可能だ。
「興が削がれた……」
不死の魔鳥と聞いていたので期待していたが、力があまりに弱々しい。
おそらく、卵を産んだことで体力を消耗したのだろう。
これでは、ボクを殺すことは不可能だ。杖の素材となるかも怪しい。
杖の素材にするのは一旦諦めた方が良さそうだ。
すると、背後から声が聞こえてくる。
「よくも、仲間を……! 死ね! 不死の魔鳥!!」
その直後、背後から巨大な氷柱が飛んでくる。
不死の魔鳥は割れた卵を守るため、反撃できない。
氷柱が体に突き刺さると、不死の魔鳥は絶叫を上げた。
「ふむ……」
どうやら討伐隊に生き残りがいたようだ。
しかし、やってくれたな。
ズ、ズズズズズズズズ……!
不死の魔鳥の巣から伝わる怒りの波動。
炎樹が燃え上がり、重い空気が山頂を支配する。
ドォオオオオオオオオン!!
そして、巣に天を穿つような炎柱が立ち昇ると中から不死の魔鳥が姿を現した。
「――この死に損ないがァァァァ!」
先ほどまでとは違い圧倒的。
大量の氷柱が不死の魔鳥に迫る寸前、放たれた圧倒的な熱量により氷柱諸共、氷の魔法士が蒸発する。
「……素晴らしい」
地獄の業火に匹敵する熱量の炎。
卵が完全に割られた。そう認識したことで、怒りが爆発したようだ。
赤子は回復の術式を刻むと、幾重もの結界を施し、割れた卵を保護する。
「完全復活したようだね。嬉しいよ。全力の君と戦うことができそうだ……」
突然、現れた簒奪者の姿を見て、不死の魔鳥が自身を炎に変え先制攻撃を仕掛けてくる。
『――ギャアアアアス!!』
「……ほう」
巨体を生かし、体を炎の化身と化しての突進攻撃。
衝突の瞬間、嘴に手を添え受け止めてやると、不死の魔鳥は目を見開き驚いた。
「……君の力はこんなものかい?」
不死の魔鳥の炎は地獄の業火に匹敵する。
そう評したが、拍子抜けだ。
地獄の業火にしては生温い。その上、身を炎に変えているせいか、衝突時に発生する衝撃もない。
ただ、身を炎に変え、通過するだけの安直な攻撃……。
「君に本物の業火を見せて上げるよ。ファイア・オブ・プロミネンス」
そう。火の原初精霊の名を呼ぶと、黒く禍々しい炎が不死の魔鳥に襲いかかる。
――ボウッ!!
『ギ、ギャアアアアアアアアアアアアッー!!』
人間のような断末魔の叫び。
黒炎に焼かれ、魔鳥の命の炎が尽きかけた時、炎樹が赤く煌めくと、炎樹の炎が不死の魔鳥へと姿を変えた。
そして、不死の魔鳥が炎樹に視線を向けると、炎樹の炎が次々と姿を変え襲いかかってくる。
「へぇ……」
こちらに向かってくる不死の魔鳥の群勢を見て、ボクは呟くように言う。
「なるほどね。君が不死と呼ばれる所以がよくわかったよ」
不死の魔鳥の力は、厳密には不死などではない。
いうなれば、魂の分割。
自身の魂を分割し、それを炎樹にストックしているだけだ。
死の危機に瀕したら、分割した魂を補充することで生きながらえる。
おそらく、山に生えている炎樹の数だけ魂のストックがあるのだろう。
「しかし、分割した魂でボクに挑んでくるとは、舐められたものだ。ファイア・オブ・プロミネンス……」
そう呟くと、不死の魔鳥の群勢が黒炎に焼かれ墜落していく。
「魂は分割すれば力が弱まる。不死の魔鳥本来の力であればこの程度の炎、簡単に祓えたはずだ」
少なくとも、黒炎に焼かれ墜落するなんて無様を晒すことはなかっただろう。
不死の魔鳥が魂を分割することで弱体化していたことや、本物の不死でなかったことは残念だが仕方がない。
本来の目的を達するとしよう。
炎樹の炎から復活し、懲りずに向かってくる不死の魔鳥を見て、ボクは口を三日月状にして笑う。
「――せっかくだ。丸々一体もらっていこう。不死の魔鳥。これが何かわかるか?」
赤子が取り出したのは、閻魔大王が地獄でファイア・オブ・プロミネンスを閉じ込めていた球体上の赤水晶。
『――ギャアッ?』
不死の魔鳥は、それがどうした、ただの赤水晶じゃないかと言わんばかりに鳴くと、忌々し気な視線をボクに向ける。
「そうか。君にはこれがただの赤水晶に見えるか。違うよ。これは牢獄さ。君の分身を閉じ込めるためのね」
そう言って、赤水晶を放ると、不死の魔鳥が吸い込まれるように消えていく。
驚愕とした様子を見せる不死の魔鳥。
そんな魔鳥たちの気持ちを置き去りにボクは赤水晶を拾う。
「駄賃代わりに、卵を治しておいた。今度は壊されぬようちゃんと守るんだね」
不死の魔鳥は、ボクが想定していた不死とはまるで違うものだった。
目的は達したし、もうここに用はない。
赤子がその場を後にしようとすると、
『ギャース! ギャース!!』
逃げる気か臆病者め、とそんな思念が頭の中に入り込んできた。
思念を読み取ったボクは足を止めると不死の魔鳥に視線を向ける。
不死の魔鳥は、どうやら思い違いをしているらしい。
「ファイア・オブ・プロミネンス……」
そう呟くと、鳳凰山の木々が炎樹を残し燃え尽きた。
唖然とした様子の不死の魔鳥。
だらしない表情を浮かべ嘴を開いている。
「まだ殺りあうかい?」
そう尋ねると、不死の魔鳥は全力で首を横に振る。
「……そうか。力の差がわかるようでなによりだ」
魂を分けただけ不死の魔鳥の力は弱くなる。死なないことに特化しただけの存在ほど弱いものはない。
「杖が壊れたらまた来るからね。ボクと対等に殺り合いたいなら、分けた魂を一つに戻しておくといい」
不死性はなくなるが、格段に強くなるだろう。それにもし死んだらこの世界に魂を呼び戻してやればいい。
それこそ、本物の不死性が手に入る。
「さて、帰ろうか。ファイア・オブ・プロミネンス」
そう火の原初精霊の名を呼ぶと、ファイア・オブ・プロミネンスの炎がボクを包み込む。
そして、力の差を見せ付けられ呆然とした様子の不死の魔鳥の側を通り抜けると、悠然とした足取りでクラウス商店へと向かった。
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