第19話 赤子、魔法を知る
「――よし。契約成立だ。約束通り前の契約書は破棄しよう」
ファイア・オブ・プロミネンスの炎で契約書を燃やし尽くすと、新たな雇用契約書の副本をランスに渡し、握手を求める。
「君とは長い付き合いになりそうだからね。よろしく頼むよ」
「は、はい……」
ランスが契約した金額は、年収三千万イェン。その分、労働条件もなんとか過労死しないラインまでに緩和された。
労働時間十二時間の週一日休み。有給休暇五日間。
それでも重労働だし、契約を破れば、罰として相手に体の制御権を奪われる条項こそ破棄することはできなかったが、制御権を奪われる期間も三ヶ月に短縮された。
死後も永眠させてくれると確約を取った分、前の契約よりは遥かにマシだ。
「それでは、契約がまとまった所で、早速仕事だ」
「はい」
ズ、ズズズズズズズズズズッ
杖を持ち
ランス・サーベイの得意とする魔法。
分身体は、クラウス商店の店長、クラウスの指示に従うと、バックヤードへと消えていく。
「さて、君には、これからボクに魔法の稽古を付けてもらうよ」
「え?」
ど、どういうことだ? まさか魔法が使えないのか?
炎や召喚魔法を十全に操っていたのに??
ステラはランスの心を読み答える。
「ああ、ボクの力は陰陽術。基本的に霊力を使っているからね。魔法についてはさっぱりだ」
地獄に魔力は存在しない。
あるのは魂そのものの力。霊力のみだ。
霊力は補充が必要で、補充することなく使い続ければいずれなくなってしまう。
まだまだ余裕はあるが地獄に帰るまでは、極力使いたくない。
霊力の代替となる魔力の存在を知ったからにはなおさらだ。
「れ、霊力ですか。聞いたことがないですね」
当然だ。この世界では、魔法が主流。霊力なんてマイナーな力を使っているのはボク位のものだろう。
「わかりました。まずは魔力穴が開いているか確認しましょう」
「魔力穴?」
「はい。魔力穴とは魔力の通り道。これが開いているか、開いていないかにより魔法士になれるかが決まります」
「ふむ。わかった。それで? ボクはなにをすればいい?」
そう尋ねると、ランスが背に手を当てる。
「今から魔力を流します。その魔力が体の内側から外側に流れ出るかどうかにより魔力穴の存在の有無を確認します」
魔力穴のある部分は人によって異なる。
手のひらにある者もいれば、足の裏にある者もいる。
もちろん、魔力穴そのものがない者もいる。
そして、魔力穴のない者がこの世の大半だ。
「ふむ。わかった」
「それでは、行きますよ!」
気合いを入れ、ランスが魔力を送り込むと、魔力がステラの体に貯まっていく。
しばらくそれを続けると、ステラがそれを静止した。
「もう十分だ」
どうやらボクには魔力穴がないらしい。魔力が貯まる一方で流れ出る気配がまるでない。
ランスは額を拭い、袖を濡らしながら息を吐く。
「どうやらそのようですね」
「だが、魔力を貯めることができるということは……」
魔力を貯めることができるなら、出口を用意してやることで魔力を外に逃すことができるのではないだろうか。
そう尋ねると、ランスは残念そうな表情を浮かべる。
「ええ、しかし、魔力の開閉を行うには、魔力穴が開いていることはもちろん、その開閉を行う魔力弁が必要となります。魔力を魔法に変えるにはある程度の魔力を貯める必要がありますので」
「魔力弁か……」
つまり、ボクが魔法を使うためには、魔力穴と魔力弁の二つを揃える必要がある訳だ……。
「……時にランス。君の魔力穴はどこにある?」
「私の魔力穴ですか?」
ランスは戸惑いながら言う。
「私の魔力穴は手のひらにありますが……」
「そうか、手のひらか……」
魔法士になれる者が持つ魔力穴と魔力弁。その形状がわかればある程度の対処は可能だ。
ステラはランスの手のひらを霊視すると、ニヤリと笑う。
「なら、問題ないな。ランスの魔力穴は一つだけか……魔力穴はどの程度、開いていた方がいい?」
「ま、魔力穴ですか? もちろん、開いているだけ開いているほど魔力を出力できますが……」
「そうか……」
ならば話は早い。
「え? まさか、全身に魔力穴を開けるんすか? っていうか、そんなことできるんですか!?」
「それを試してみるのさ。今からね」
そう言った瞬間、地面に魔法円が浮かび上がり、赤く燃え盛るアイアンメイデンが姿を現す。
「な、なんですか? この禍々しい器具は……」
「これは、アイアンメイデン。別名、鉄の処女と呼ばれる拷問器具だ。ボクの霊体を貫通するにはこいつの針が丁度良くてね。閻魔大王のお陰でボクは不死。今からこれで魔法穴を開いてくるよ」
その言葉に、ランスは思わず絶句する。
体に穴を開けて魔法穴を作り出すなんて聞いたことがない。
「いや、無理だから。どう考えても無理だから! 死んじゃいますって!」
赤くなるまで熱されたアイアンメイデン。
普通、そんな場所に入ったら死んでしまう。
しかし、ステラは動じない。
「言っただろう? ボクの肉体は不死。死なないんじゃない。死ねないんだ」
ランスの魔力穴の開閉を行う魔力弁。
魔力弁という言葉に騙されそうになったが、あれは汗腺という人間に元々備わる器官に近い。
流石のボクもそんな仕組みを体に再現するのは難しい。しかし、弁のように必要な時だけ開閉できる器官を作り出すのは容易だ。
「――あああああああああああああっ!!」
アイアンメイデンに入った瞬間、全方向から針に貫かれたステラは笑顔を浮かべ、歓喜の声を上げる。
肉体のダメージは別にいい。
問題は霊体に穴を開けた時に走る激痛。
神経に直接触れるかのような激痛が全身に走り、ステラを苦しめる。
「ふふふっ、今この時ばかりは閻魔大王に感謝しなくてはならないな……ありがとう。不死にしてくれて、お陰でボクは新しい力を得ることができそうだ……」
ファイア・オブ・プロミネンスに、アイアンメイデンを開いてもらうと、霊力で自分の分身を作り出し、穴だらけとなった霊体に必要な処置を施していく。
魔力の通り道たる魔力線と魔力穴を繋げ、そこに蓋をする。
「……ふう。これでいい」
そして、処置を終えたステラは満面の笑みを浮かべ、分身を消す。
「どうかな、ランス?」
「こ、これは……先ほどまではなかった魔力穴が開き、魔力弁が機能している!?」
ランスは興奮しながら言う。
「……すごい。すご過ぎます!」
ステラが行ったのは、針で全身を巡る魔力線を貫き、全身約百ヶ所に魔力穴を形成。その魔力穴を塞ぐように膜を張り、その膜に対し、指のように動かすことのできる機能を付け足した。
今の霊体の状態を分かりやすく説明するなら、穴を塞ぐ指がステラの体の至る所にあるような状態。
霊体はもはや化け物のような姿となっている。
「ふむ」
魔力弁を開き、魔力を解放すると黒い瘴気のようなものが上に向かって流れ出ていく。霊力を操る時と同じような感覚で魔力を周囲に留めて見ると、流れ出ていた魔力が周囲に留まる様子が見て取れた。
「なるほど、これが魔力か……」
霊力と違い、上手く操ることができない。
試しに、魔力を炎に変えて見るが、とんでもない魔力量を持っていかれた上、気を抜くとすぐに消えてしまう。
「なかなか難儀だな……」
正直、これでは使えない。
どうしようか考え込んでいると、興奮した様子のランスが話しかけてくる。
「すごい。すごい! 杖もなく魔力を炎に変えるなんて、本当にすごいです! しかし、その使い方は魔力の消耗があまりに激しい。杖職人に依頼し、早速、ステラ様専用の杖を作りましょう!」
「――杖か……」
思えば、ランスが魔法を使用する際、必ず杖を握っていた。
おそらく、杖は、魔力調整するための調整弁。
ランスは杖を握ると、自分の杖について饒舌に語る。
「実は私の杖は、ドッペルという魔物の骨を元に作られておりまして、それが元となり
「どの魔物を杖の素材に使うかによって固有魔法が発現するのか……」
それは実に面白そうだ。
魔力の調整弁というだけあって、魔力に慣れ親しんだ魔物が杖の素材として丁度良いというのも理解できる。
「素材はなんでもいいのか?」
「ええ、なんでも構いませんよ。こちらに魔物大全があります。ぜひ参考にしてください」
魔物大全とは、いわば図鑑のようなものだ。
ペラペラとページをめくると、とある魔物のページで指を止める。
「この魔物だ。この魔物がいい」
いや、この魔物以外ありえない。
ボクの直感がそう言っている。
「ふーむ……」
魔物大全を覗き込むと、ランスは唸るように言う。
「……不死の魔鳥ですか」
不死の魔鳥とは、この世界が生まれた時から存在する魔鳥。鳳凰山を縄張りとし、 その血肉を食べた者は永遠の命を得ると言われている。
「永遠の時を生きる不死の魔鳥。ボクの杖の素材として相応しいと思わないか?」
「確かに、不死であるステラ様と相性がいいかもしれません。しかし、不死の魔鳥を杖の素材にするのは諦めた方がよろしいかと……」
ステラは頭一杯にハテナマークを浮かべる。
「理由を聞かせてくれないか?」
「はい。それは不死の魔鳥が不死だからです。不死であるが故に倒すことは叶わず、これまでに多くの魔法士が亡くなりました」
「へえ、君はこのボクが不死の魔鳥に負けると考えている訳か……」
そう言うと、ランスは頬に汗を垂らす。
「い、いえ、決してそういう訳では……」
「ああ、意地悪な言い方だったね。責めている訳じゃないよ」
その言葉にホッとした表情を浮かべると、ランスはハンカチで汗を軽く拭う。
「もうお気付きかも知れませんが、この町は兵士と魔法士の人数が極端に少ない。それこそ自警団という組織に町の治安を任せなければならないほどに……」
確かにいなかったな。
一通り町を見渡してみたが、魔法士と思わしき反応は、ランスを含めてもこの町に四人だけ。
その原因が不死の魔鳥にあるとすると……。
「なるほど、そういうことか……」
「はい。この町の領主がこの町の付近に生息する不死の魔鳥の討伐を集めた魔法士と兵士に命じたのです。私はクリボッタ商会のネロに雇われていたため、参加しませんでしたが、結果は散々。帰ってきたのは兵士一人と魔法士二人だけでした。その三人も領主に報告を終えてすぐ息絶えたと聞いております」
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