第26話 ラブぽよ2号

「あ、ええと楓ノートパソコン買ったんだ」


 楓と勇磨のいやらしい視線に耐えかねたひかりは、部屋の空気を変えようと、机の上に置いてある白いノートパソコンを指さした。


「ああ、それ最近買ってもらったんだ。勉強にいるって言ったら結構あっさり。まだ全然使ってないんだけど」

「ねえ、ちょっと見せてよ」

「いいよ。ネットサーフィンぐらいしかできないけど」


 楓はパソコンを立ち上げてロックを解除した。


「おお、すげえ」


 声を上げたのは勇磨だった。

 実は勇磨の家には今時珍しくパソコンがなかった。

 誠司とひかりは自分用のノートパソコンを持っていたので、盛り上がっていたのは勇磨だけだった。

 そして立ち上がった画面はひかりの写真だった。


 やっぱり。嫌な予感はしてたけど。


 もうひかりは何も言わなかった。


 楓は誠司の方を振り返り、画面に映ったひかりの写真を指さした。


「これ私のお気に入りなんだ。ねえ高木君、撮り溜めたひかりの写真見せたげよーか?」

「ちょっと、やめてよ楓」

「いーじゃない。減るもんでもないしさ」


 引き止めようとするひかりに構わず、楓は写真のファイルを探す。

 そこへ勇磨が割り込んできた。


「あのさ、ちょっとネットサーフィンさしてくんない? 俺初めてなんだわ」


 ズカズカと割って入ってきた勇磨に、楓はイラっとした顔を見せる。


「後でいいでしょ。ちょっと待ちなさいよ」


 楓は勇磨を放っておいて写真のファイルを探す。

 楓は中学時代からの写真を撮り溜めしているらしく、日付順に並んだファイルを前に「どれがいいかなー」と物色し始めた。

 そして、誠司は落ち着いているそぶりをしつつ、そわそわしていた。

 ひかりは楓がファイルを開こうとするのを必死で引き止める。


「やめて、変なの入ってたらどうするのよ」

「へんなの? そんなの一枚もないよ。えーと、このフォルダは夏のやつだな。たしか去年一緒に海に行った時、ビーチで撮ったやつだ……」

「やめてー!」


 ひかりはすかさず楓からマウスを奪い取った。


「絶対ダメ!」


 マウスを奪い取られて楓は残念がる。

 ひかりは気付いていなかったが、誠司の顔にも残念そうな表情が浮かんでいた。


「そうだ。新君、ネットサーフィンしたかったんだよね」


 写真の話題から一刻も早く離れたいひかりは、そっちの方に舵をきった。


「おう。頼むわ」


 やっと回って来たと勇磨は嬉しそうだ。

 ひかりからマウスを返してもらった楓は、もう渋々といった感じでブラウザを開く。

 そこへ後ろで観ていた勇磨が、体をねじ込んできた。


「なあ橘、俺にやらせてくんね?」

「もう、しょうがないわね」


 楓は面倒くさげに勇磨に席を譲って、椅子の後ろに回る。


「えっと、それでどうすんだ?」

「まずそこをクリック。いや、人差し指のほうを二回続けて。あー、だからそうじゃないってば」


 楓はイライラしながら勇磨に説明している。


「なあ橘、これってなんでも調べられるんだよな」

「まあ、大体はね。なんか調べたいものでもあるの?」


 どうも何か目当てのものがありそうな勇磨に楓は訊いてみる。


「いや、あれさ、ちょっと気になってたんだ。前にあの二人が言ってたアニメ。セカンドシーズンがどうとか」

「あの細いのと太いのが言ってたやつね。そう言えばタイトルを聞いた気がするけど、よく覚えてないのよね」

「たしかラブぽよって言ってなかった?」


 すぐにタイトル名が出てきたのはひかりだった。

 先日の騒動を少し離れた所で見守っていたひかりは、あの二人が言っていたタイトルをなんとなく憶えていた。


「そう、それそれ。ほんとに橘に似てるのか一回見てみたかったんだよな」


 その発言に、楓はすぐさま冷たい目を勇磨に向けた。


「もしかして、あんたもあいつらに染まってきてるんじゃないの?」

「まさか、ちょっとした好奇心だよ……」


 勇磨は目をそらすものの、相当関心を持っていそうなのは見え見えだった。


「じゃあ、ラブぽよっと」


 楓がキーボードを打ち込んでやる。


「公式ホームページはこれね。クリックしてみて」


 パッと画面が変わっていきなり現れたのは、ピチピチの露出の多いコスチュームを着た四人組だった。

 ひかりと楓はその画面を目にした途端、眉間に皺を寄せた。


「なにこれ、深夜にやってるやつ? なんだか見えすぎてない?」


 その場にいる四人とも、険しい表情で画面にくぎ付けになった。


「多分この子ね。楓に似てない?」


 ひかりが指さしたキャラは楓と同じような髪形で、顔の感じから背格好まで確かに似ていると全員が納得した。

 ラブぽよ2号、水無月みなづきくるみとプロフィールにはあった。

 そしてホームページの中にグッズのコーナーがあるのに誠司は思わず反応した。


「そういえば、抱き枕がどうとか言ってたな」


 誠司は言ってしまってから口を押えた。

 ひかりは地雷を踏んだ誠司を見て口を尖らす。

 勇磨は早速ボタンをクリックして抱き枕を探し始めた。


「抱き枕か、ええと……売り切れだって。残念」

「変態!」


 楓の一喝で勇磨と一緒に誠司も肩をすくめた。

 諦めきれない勇磨は検索ワードに「ラブぽよ2号抱き枕」と入力して、「お願いします!」と掛け声をかけてキーをたたいた。


「でた、誠ちゃん出たぞ!」


 誠司はひかりの突き刺さる視線を感じ、何も言わなかった。

 勇磨の辿り着いた怪しげなサイトは、どうやらそういったマニアックな品の専門店みたいだった。

 無数のアニキャラの抱き枕の中から、ラブぽよ2号を見つけ出して勇磨は興奮している。

 恐らく定価ではない値段で出品されているものなのだろう。

 余程人気で手に入りにくいものなのか、三万円という法外な値が付いていた。


「そんで商品をクリック……」


 期待で胸を躍らせている感じが勇磨の声に表れていた。よっぽど見たかったのだろう。


「おっ出た!」


 三万円のタグが付いたラブぽよ2号の抱き枕は衝撃的なものだった。

 ひと目見て、その場の全員が声を失った。

 それは、きわどいネグリジェ姿で横たわるラブぽよ2号の姿であった。


「きゃー!」


 楓が叫んだ。


「こんなのあいつ抱いて寝てんの? ダメダメダメ鳥肌立ってきた。うー、ゾクゾクが収まんない」

「信じられない。男子って何考えてんの!」


 ひかりも楓と一緒になって怒りだした。

 男子をひとくくりにされて勇磨と誠司も肩身が狭そうだった。


「勇磨、もういいだろ。これは高校生の俺たちが見るもんじゃない」


 誠司は事態を収拾しようとして、未だ画面を食い入るように凝視する勇磨を促す。


「誠ちゃん。なんかここにもう一個ボタンがある」

「!?」

「おおっ! 限定版って書いてる。6万だって。あいつが並んで買ったやつだ」

「勇磨やめろ! 押すな!」


 遅かった。

 ラブぽよ2号抱き枕限定版の画像がモニターに映し出される。

 一瞬でその場の空気が凍り付いた。


「きゃー!!!!」


 ひかりと楓は、ほぼ同時に叫んでいた。


「駄目、高木君見ちゃダメ! みないでええ!」


 勇磨は画面を血走った目で凝視していた。

 そこには一糸まとわぬラブぽよ2号のあられもない映像があった。

 楓はアニキャラとはいえ、自分似の裸の抱き枕で寝ている変態山本の姿を想像したのかさらに叫んだ。


「むりーーー! 死んでーーー!」


 楓の叫びは近所中に響いた。


「あんたいつまで見てんのよ! 早く画面閉じてよ、このどすけべ!」


 画面を凝視していた勇磨は我に返り、慌てて画面を閉じようとウインドウの右端あたりをクリックした。

 ウインドウが全画面になった!


「きゃーーー!!!」


 楓とひかりは再び叫んだ。


「エッチ! すけべ! へんたい! 何考えてるのよ!」


 楓は思い切り勇磨の頭をはたいた。

 そしてひかりも画面の衝撃映像に必死になっていた。


「だめ! 見ないで、お願い!」


 ひかりは誠司の目を両手で塞いで、必死で不純な世界から守っている。

 勇磨は大慌てで画面を消そうとしているが、ラブぽよ2号はそのままだ。


「どいて、私が消すから!」


 もどかしくなった楓は勇磨と席を替わろうとした。しかし勇磨は何故か動かない。


「何よ、早くどきなさいよ!」

「いや、今、ちょっと無理っていうか」


 勇磨はズボンの前を押さえていた。


「へっ、へんた―――いっ!」


 楓のビンタが勇磨の頬を綺麗に捉えた。

 爽快なほどの快音が勇磨の頬から聴こえてきた。


「何よ楓、大声出してはしたない」


 何やら大騒ぎしている様子に、何事かと部屋の戸を開けた楓の母は、限定版ラブぽよ2号抱き枕の映像を目の当たりにした。


「あんたたち何を見てるのよ!」


 今度は母の声が近所中に響き渡った。



 最後の最後で散々だった勉強会の帰り道。途中でひかりと分かれ、誠司と勇磨は並んで帰路についていた。

 勇磨の頬には楓にもらった平手打ちの跡が綺麗に浮き上がっていた。


「痛そうだな」

「ああ、まあちょっとな」


 勇磨は手形のついた頬を撫でて、へへへと笑った。


「誠ちゃん」

「ん?」

「ラブぽよって何曜日やってるんだろうな?」

「知らん」


 何やら怪しげなアニメに関心を持っていそうな友人に、誠司は大きなため息をついた。

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