愛想よく振舞って

 移動装置に乗り、私たちも地上に出る。建物を出てすぐ、見えたのは忍野さんの後姿。その傍らでしゃがむカーラさん。大智さんは……。

 姿が見えない、と思ったら、2人の影に隠れ、大胆にも大の字で寝そべっていた。下にあるものは地面だというのに、そんなことにはお構いなしで。


「……ねぇ、何これ」

「あ、おつでーす。……こいつ、なんとか車の位置は突き止めたけど、エネルギー切れで動けないみたいで」


 言葉ちゃんが若干引いたような声色で尋ねると、カーラさんがあっさりとした口調で答える。


 思わず私たちは、顔を見合わせた。犯人のいる場所は、きちんと突き止めることが出来たらしい。本人は不安そうだったが、やってみたら出来たみたいだ。

 だけど慣れないことをしたせいで倒れた、と……。


 前を見ると、忍野さんはただ立っているだけかと思ったら、高そうな靴の先で大智さんの頬を小突いていた。


「おいお前、死ぬのなら勝手にしていいが、掴んだ情報は報連相!!!!」

「ぅぐっ、う、ぇ、っ……な、南南東方向……真っ直ぐ……走って……」

「……俺の『Navigationナビゲーション』とも相違ねぇな。上出来だ」


 大智さんがなんとか声を絞り出すと、忍野さんは足を退けつつそう呟く。……流れるような賛辞が飛び出して、私を始め、忍野さん以外がその場で固まった。

 だが忍野さんがそんな空気に気づくはずもなく──いや、気づいたうえで無視をしているのか──大智さんから関心を外すと、とっとと歩き出した。


 そして動かない私たちのことを振り返ると。


「ほら無能ども、さっさと切り替えろ。行くぞ」

「……ど、どこに?」


 言葉ちゃんが聞き返すと、彼は真顔のまま。


「そんなの、ホシの本拠地に直接喧嘩売りに行って、あのちゃらんぽらん野郎を回収しに、に決まってるだろ」


 止まってる暇はねぇぞ、と忍野さんはこちらを睨みつける。……その言葉に突き動かされるように、私たちは彼に続き、歩き出した。


「……ぇっ、え、えっと……!? そ、その、僕、えと、動けなくて……!?」

「お前はまた足を引っ張るためだけに存在してるのか? 言っておくが、運ばねぇからな。自力で歩け」

「そ、そんなぁ!?」


 静かな場所に、大智さんの悲鳴が響き渡る。だがやはり、誰も助けなかった。というか、助けられそうにない。あれだけ身長差のある人を運ぶだなんて。





 一心不乱に駆け抜ける忍野さんの背中を、私たちは追っていた。大智さんもなんとか自力で立ち上がり、私たちと一緒に走っている。


 ……しばらく走ると、大きな道に出た。車の多い道路だ。


 海中要塞は、とにかく目立たないように、一般市民にバレないように、と、なんとも寂しい場所に置かれている。だがそこから少し踏み出せば、案外普通の生活は近くに存在するものなのだろう。


 忍野さんは路傍で立ち止まり、辺りを見回す。一体、何をするつもりなのだろう。そう思って見守っていると……。


 ……忍野さんが何の迷いもなく、道路に飛び出した。


 私たちが呆気に取られている間に、突然人が現れたことに驚いたのだろう。一台の薄桃色の車が急ブレーキをかける。甲高い音が響いて、私たちは肩を震わせた。


「なっ、何よ!! 危ないじゃ……」

「横暴な手を使ってしまい、本当に申し訳ありません。ご婦人」


 運転席の窓から顔を出し、怒鳴りつける女性。その怒りはご尤もだ。……だけど、その声は後半に行くに連れ、萎んでいった。


 何故なら車の前に立ったのは、顔の良い好青年だったから。


 ええ、好青年、という感じだったのだ。いつも私たちを怒鳴りつけ、人格否定も入った罵詈雑言を容赦なく浴びせてくる忍野密香という人間はどこに行ったのかと思うくらい。

 他の人もそうだったのだろう。皆、その様子を見ながら呆気に取られていた。


「え、ええ……その、どうかしたのかしら? 何か、困りごとでも……?」


 屈託のない、純粋無垢なまでの忍野さんの笑みに、女性は頬を微かに赤く染めながら尋ねる。怒りの感情はもうどこかへ飛んで行ったらしい。

 すると忍野さんは眉をひそめた。その顔に、「困っています」と書くがごとく。


「そうなのです……実は私、こういう者なのですが」


 そう言うと、忍野さんは何かを見せる。私たちの位置からは何も見えなかったが、女性が、まあ、警察! と叫んでいるのが聞こえたから、今見せたのは警察手帳なのだろう。


「今、緊急性を要する事件解決の最中でして……それで誠に恐縮なのですが、ご婦人の自動車をお貸ししてはいただけませんか? 一刻も早く、現場に向かわねばならないのです」


 ……なんか、滅茶苦茶なことを言っている。


 だが私のツッコミとは裏腹、忍野さんが緊急性を要する、一刻も早く、と、切羽詰まった様子を演出したからだろう。女性はあっさりと車を降りてしまった。


「それは大変ね……私の車で良かったら使ってちょうだい!」

「……ありがとうございます!!」


 気前の良い女性に、忍野さんは大きな声で礼を述べる。それはもう、嬉しくて仕方がないと言うように、少し大袈裟なくらいに。

 すると忍野さんの視線がこちらを向く。微笑んではいるが、よく注意して見ると、やはりその瞳の中には温度が宿っていない。


 ……まあ、そんなことはどうでもいい。きっと今、車に乗れ、と言われているのだ。


 私たちは促されるまま車に乗車していく。女性はこちらに訝しげな表情を向けていた。……まあ、大半が学生に見えるもんな。というか、学生だし。


「では、事件解決を致しましたらお返ししますので、近くの警察署にお問い合わせしていただくよう、お願いします」


 忍野さんは警察らしく敬礼をすると、私たちに続いて乗車する。素早くシートベルトを締めると、慣れた手つきでハンドルを握った。


「行くぞお前ら、掴まれ」


 やはりその声は冷たくて。先程までの愛想の良さは何だったんだろうと思うくらいだった。


 そしてその宣言と同時、忍野さんが思いっきり右足を踏み込んだ。

 つまり、アクセル。


 車は猛スピードで走り出し、私たちはシートベルトをしていたものの、思いっきり体を揺さぶられてしまうのだった。

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