生徒会長との共同作業

 ……私たちは、手を繋ぎながら先程の場所に戻って来ていた。当たり前だが、もうあの紫色の炎は無い。代わりにそこには、「安全第一」と書かれたヘルメットを被った、沢山の大人と高校生の姿。


「……あれは?」

「この学園は、日常的に異能力を使った戦闘が多いからね。当然、校舎がぶっ壊れることなんて日常茶飯事」

「……そんな物騒なことを笑顔で言わないでください……」

「あははぁ。……だから、そういった時のための専用チームがあるんだよ。校舎を直したり、怪我人の数の確認……この学園の生徒と外部の業者を混ぜた、とても優秀なチームさ」


 ……私の発言は、笑って流された。まあ、ココさんも言っていたことだし……初日からその「日常」を見たし、もう驚くことではないのだろう。

 それにしても、異能力者と無能力者混合のチーム……。異能力者だけの学園ではあるけど、外部との関りも断ち切ってはいないんだな……。


 目の前では、剥がれた壁、くり抜けた床、燃えてしまった備品……そういったものを、まず大人──あれは外部の業者だろう──が直したり片づけたりしていく。……半分は私のせいなので、思わずさり気なく目をそらした。


「ねぇねぇ、とーこちゃん」

「……何ですか」


 声を掛けられ、私は隣を見る。するとそこでは……1枚の写真を私に差し出す、言葉ちゃんが。

 受け取ると、それはまさに今、私たちの居るここの写真だった。……ここが壊れてしまう前に撮ったのだろう。綺麗な校舎の姿が、この1枚の紙の中に残されていた。


「……で、私にどうしろと」

「またまたぁ、分かってるくせに」


 ……そりゃ、分かってはいるけど。

 はあ、とため息を吐き、私は言葉ちゃんの手を離した。


 すると言葉ちゃんは空いた手でパーカーのポケットを探り、何かを取り出す。それは……1冊の、シンプルなデザインの手帳だった。

 その傍ら、私は写真をじっと見つめながらイメージする。この写真をそっくりそのままに。そんな風に直すことが出来る、そんな光景を。


 言葉ちゃんは手帳に何か文字を書き込んだ。すると……その文字は手帳から剥がれ、宙に浮く。言葉ちゃんが、クイッ、と指先を動かすと、それは言葉ちゃんの意思に従って動いた。

 言葉ちゃんは満足げに頷いてから私を見ると、小さく首を傾げる。私は返事代わりに、小さくため息を吐いた。そして。


「……よーっし!! 皆~!! どいたどいた~!!」


 言葉ちゃんはそう声を掛けながら、その文字たちを……一気に操作した。ジグザグを描くように、壊れた壁付近に配置して。

 そう……まるで、線で繋いだら、螺旋階段。


 言葉ちゃんの声に、そこにいた人たちは一斉に捌ける。……教育が行き届いているらしい。それを横目に、私は……その文字の螺旋階段を、「レッツ☆ お手伝いタイム~☆」という文字列を、踏んで、上まで駆けのぼった。

 そしてその傍ら、私は壁に手を添える。……すると壁は、みるみるうちに、写真と同じようにもとに戻っていって。


 壁の修繕を全て終えると、私は文字の階段を下り、下に戻った。

 ……言葉ちゃんくらい身軽だったら、飛び降りれたかもしれないけど……初日、木の上から降って来たみたいに……。私のフットワークは人並みのため、しない。というか、出来ない。


「……これでいいですか」

「うんっ、じょーでき☆ 流石、『唯一生徒会長に匹敵することが出来るっていう強い異能力を持つ転校生』~」

「………………」

「……ごめん、ふざけた」


 私が睨むと、言葉ちゃんは素直に軽く頭を下げて謝って来た。まあ、良いのだけれど。……噂なんて、誰かが勝手に話す、風船みたいに膨らんだ話だ。

 するとそこで周りから、すげー、だったり、生徒会長と息ピッタリじゃん、なんて声が聞こえる。……しまった、目立ってしまったらしい。この数日で常に目立つ立場にはいたけれど……それはそれ、これはこれだ。目立つことに慣れたわけでも、受け入れたわけでもない。

 だからこそ。


「……皆さん、お仕事、頑張ってください」


 私は小さくそう言うと、踵を返した。その声が聞こえていたかはわからない。どっちでもいい。それより、一刻も早くこの場から立ち去りたい。


「あっ、とーこちゃん!! 待ってよぉ~~~〜!!」


 ……相変わらず、背後はうるさい。





「もー、急に立ち去ることないじゃん!!」

「……目立ちたくないんです。あんな場、用意しないでください」

「と言いつつ、しっかり異能力使ってたくせに」

「……それは、私の異能力のせいで、皆さんに仕事をさせてしまってますから。……自分で蒔いた種の芽は、自分で摘みます」

「律儀だねぇ」

「……人として、当然のことだと思いますが」


 相変わらずつれないなぁ、と言葉ちゃんは苦笑いを浮かべた。その表情を見続けるのが億劫で、私は目をそらす。


「……というか、良かったんですか」

「何が?」

「……私に、異能力を使わせて」

「うん、だいじょーぶだよ。僕、生徒会長だから」

「……先生と同じくらいの権力と信頼を持っている……と?」

「ううん。僕が大丈夫~って思っただけ~。……ま、大丈夫っしょ」

「………………」


 ……不安だ。

 今すぐこの人から離れた方がいいのではないか、と思った。でないと、どこで異能力を使わされて、また罰を食らうか、分かったもんじゃない。しかし手をがっちり握られているため、それも叶わない。


「実際君は、他者を傷つけるために異能力を使おうとしているわけじゃない。それはりじちょーも分かってるっしょ。……だから大丈夫だよ。君が、ならない限り」

「……」


 その発言の真意を探ろうと、私は顔を上げて言葉ちゃんの顔を見上げる。しかし言葉ちゃんはいつも通りに笑うだけで、その表情の裏を読むことは、私には不可能だった。

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