第2話

「相楽くん?」


とある日の放課後、いつものように美術部の部室で絵を描いていた時でした。窓から見える校庭に、相楽くんがいました。部室は1階なので窓を開けて声をかければ届く距離でしたが、そんな勇気はありませんでした。

「…サッカー部の子と仲良いのかな?」

相楽くんは写真部です。でも校庭でサッカー部に混ざって試合をしているようでした。かっこいいな、と思わず見とれてしまいました。

「…?…!……!」

見すぎて気付かれてしまったようです。相楽くんが私に何かを必死に伝えようとしていますが、何もわかりません。思わずくすりと笑ってしまいました。そうしたら相楽くんがサッカーをやめてこちらに走ってきました。

「小林さん!今部活中?話してたら怒られる?」

「美術部は個人作業も多いし、みんな自由に描いてるから大丈夫だよ。ごめんね。向こうで何か伝えようとしてくれたのはわかったんだけど、内容まではわからなくて…。」

試合を抜けてまで話しかけに来てくれたことは嬉しかったですが申し訳ない気持ちもあって素直に喜べませんでした。

「全然!『これ伝わんないだろうな』って思いながらやってたし!……俺、ゴール決めたんだけど見てた?って聞きたかったんだけど、どうやったら伝わるかわかんなかったからさ。」

「ご、ごめん…見てなかった…。ゴール決めたの?すごいね。サッカー部の助っ人?」

ゴールを決めた瞬間を見られなかった残念さで少し声が暗くなってしまったかもしれないと焦りましたが、相楽くんは気にせず答えてくれました。

「いや、写真部の友達に『相楽がサッカーしてる絵が撮りたいから今すぐ校庭行ってきて』って言われて。横暴だよな。それでサッカー部に頼んで一試合だけ混ぜてもらってた。」

なるほど。相楽くんはいい人だからきっと断れなかったんですね。

「試合、抜けてきちゃって大丈夫なの?」

「多分大丈夫。もう結構やってたし。」

と相楽くんが言った瞬間、部室のドアが大きな音をたてて開きました。壊れてなくてよかった。

「おい相楽。サッカー部が困ってたぞ。あと俺も。」

「ごめんね、お絵描きの邪魔しちゃって。すぐこの人回収するから。」

えっと、誰でしたっけ。見たことはあります。片方は確か隣のクラスの……なんとか坂くん?

「もうちょっと優しく開けられなかったのか上坂…。」

そうです上坂くんです。相楽くんと話しているところを見たことがあります。仲良しなんですね。そしてもう一人は…全く見覚えがありません。とても綺麗なお顔立ちで、女の人かと思うくらい長い髪を三つ編みにしているこの人は………やっぱり記憶にありません。本当に誰ですか?

「ドア開ける前に止めろよ井早…」

珍しい名字ですね。いはやくん?どんな漢字を書くんでしょう。そして名前を聞いても本当に知らない人です。

「うるさくしてごめん小林さん。こっちのうるさいのが上坂で、こっちの胡散臭いのが井早。どっちも写真部だけど井早は特進クラスだから多分知らないよな。」

「井早くんって特進クラスだったんですね。初めまして。」

特進クラスは教室棟が違うので滅多に出会うことがありません。勉強が苦手な私からしたら雲の上の存在です。あまりにも綺麗なので今度絵のモデルになってもらおう、と決心しました。そして相楽くんは回収されていき、私は再び絵を描き始めました。



それから数日後、担任の先生に頼まれた資料を探しに特進クラスがある教室棟に行くことになりました。休み時間でもみなさん勉強をしていてさすがだなと思っていました。

「あれ、前会った美術部の…小林さん?だよね?」

「井早くん。そう、美術部の小林です。覚えててくれたんだね。」

「綺麗って言われたの久しぶりだったからね。普段は『気持ち悪い』とか『女男』とか散々に言われてるからちょっと新鮮だった。」

なんということでしょう。こんなに綺麗な人にそんなことを言う人がいるなんて、信じられません。

「小林さんって相楽のこと好きでしょ。」

「はい、許せませんよねこんなに綺麗な人なの…に…。」

「え?」

「え?……違います違います!そういうんじゃないんです!ただ考え事をしていたら返事をしてしまったというか!」

「じゃあ相楽のこと好きじゃないの?」

「そ、れは、わかんない、ですけど…。」

井早くんは綺麗だから自信を持ってください!と言うはずだったのに、まさかの質問につい、はいと答えてしまいました。どうしましょう。

「安心してよ。バラそうとか考えてるわけじゃないし。どっちかというと応援したい側だから。相楽の友人としては、そろそろ彼女できてもいい頃なんじゃないのか、って思ってたんだ。あいつ本当にいいやつなのに女運悪くてさ。」

「な、なるほど?」

「僕になにかできることがあれば言って?協力するから。」

井早くんはとてもとてもいい人でした。相楽くんと仲がいい理由も何となくわかった気がします。

「あ、あの、あんまり関係ないんだけど…井早くんにお願いしたいことがあって…。」

「ん、なぁに?」

「絵を、描かせてほしいんです。井早くんの絵。」

「全然いいよ。今日の放課後部室に行けばいい?」

「いいの?ありがとう。うん、じゃあまた放課後部室で。」

「ばいばーい。……これ相楽怒るだろうなぁ。ま、面白いしいっか。」



「井早くん!来てくれてありがとう。最初に会った時から描いてみたかったの。」

「僕は座ってるだけでいいんでしょ?よゆーよゆー。任せてよ。」

「ふふっ。頑張って描くね。」


……10分後。


突然部室のドアが大きな音をたてて開きました。あれ、この前もこんなことがあったような…。

「おい井早!なにしてんだよ!俺もまだ描いてもらったことないのに!」

「相楽くん…ドア壊れちゃうよ。」

「あ、ごめん。…じゃなくて!」

慌てて入ってきたのは相楽くんでした。今日は写真部はお休みなのでしょうか。美術部は基本土日以外毎日活動日なので羨ましいです。

「…俺でもよくないですか。」

「え、ごめん、なに?」

「絵のモデル、俺でもよくないですか。そりゃ井早みたいにかっこよくはないけど、でも俺でもよくないですか。だめ、ですか?」

「だめ、では、ないですけど…。」

「ひゅ〜。青春だねぇ。おじゃま虫は退散しますよ〜。小林さん、そいつの絵、描いてやって。じゃあね。」

部室を出ていく直前、井早くんに耳元で「頑張れ。」と言われました。本当にいい人です。相楽くんは「また距離近い…。」とかなんとか言っていましたが、それよりも相楽くんの絵を描かないといけないことにびくびくしています。

「そんなに嫌?」

「嫌なんじゃなくて、こう、緊張するっていうか…。」

「それはちょっとわかるかも。」

それから私は夕焼けが綺麗に見える頃まで描き続け、完成した絵を相楽くんにプレゼントして解散したのでした。





「相楽になら、いっか。しょうがないなぁ、いいやつだし。……幸せになってね。小林さん。」




相楽くんと小林さんが付き合うまであと1週間。

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世界の色を教えて。 むぎ @mugigi_1222

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