3話

自分の言葉を素直に伝えるのは得意じゃない。

あれが好きとか、嫌いとか。

そんな言葉を自分の口からすんなり言えたらどれほど楽だっただろう。

どうしても口籠ってしまう。その性格が仇とでた。

今一番言葉を伝えたいタイミングで、大事な一言が音にならない。


〜数日前の通話〜

「雪斗君、マネジメントに興味はない?」

「マネジメントですか?」

「マネジメント。お互いがお互いに心酔しきっている君たちだ。仕事柄でも一緒になれるいい口実だと思うんだけど?」

「そんなの素人ができるんですか?具体的な仕事は?」

「ずっと彼女のそばにいて、彼女の芸能活動の心の支えになる。これだけ。」

「さすがに舐めすぎじゃないですか。」

「じゃあスケジュールの管理、アポ取り、お偉いさんとの会議。今の知識と体力で回せる?」

「無理ですね。」

「別に最初は形だけでいいんだよ。徐々に覚えていれば。」

「そんな無茶な」

「やる前から無茶とか決めつけるな。逃げる理由を探すな。答えはYESかNOのどちらかでその判断基準は君が黒瀬茜音を輝かせたいかどうかだ。」

真に迫ったその気迫ある声に通話越しに僕は萎縮してしまった。

だけど萎縮している場合ではない。今考えるのは茜音を輝かせたいかどうか。

また茜音が苦しむかもしれない。

昔の茜音はすごくイキイキしていた。

今度また折れてしまったら僕1人の力で茜音を立ち直らせられるかわからない。

家に引きこもっていた数年間も彼女はテレビを見るとふと羨ましそうにしている瞬間があった。

もう少し時間をおいてゆっくりじっくり時間をかけて行動を起こすのでも悪くないんじゃないか?別に芸能界の仕事じゃなくても世の中仕事はたくさんある。2人でゆっくり仕事をしながら過ごせばそれでいいんじゃないか?


ふと茜音が出ていたドラマを初めてみた時の記憶が蘇った。

いつも近くで遊んでいた女の子が画面越しに見るだけでこんなに魅力的に映るなんて知らなかった。

初めて見た時のこの想いを表現することは多分今の僕にはできない。

表現はできないけど1つ確かなことはある。

「僕は茜音の輝いてる姿がもう一度見たいです。」

「決まりだね。」

初めて画面越しに見た彼女は輝いてていてそれをもう見たいという気持ちが湧き上がった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「ねぇ、雪斗?」

上目遣いで彼女が僕に優しく話し始める。

「私ね。この話受けようと思ってる。」

「本当に?」

「うん。もうすぐで貯金が尽きちゃうから、どちらにせよそろそろ仕事は探さなきゃだし。」

多分お金が尽きるなんて数ある言い訳の1つに過ぎない。ただたくさんある言い訳の中から一番納得してもらえそうな言い訳を探したのだろう。言いわけを探し出してそれを理由に前に進むとっかかりを掴まなければいけなかったから。

「私ね。1つだけ不安があったの。」

「不安?」

「私が正気に戻って平穏な生活を送れるようになったのは雪斗のおかげ。雪斗が横にいるから私は今も自分を保てている。でもアイドルになったらそうはいかない。いろんな現場に出て初めての人に会ったり各地に回ったりで2人でいられる機会がどんどん減ってそうやって今の関係が風化してしちゃうのが何よりも不安だった。」

彼女の上目遣いは可愛らしいものから、覚悟のこもった信念の目に変わった。

「だけど雪斗がマネージャーをやってくれるなら安心できる。」

じっと僕の方を見つめて訴えかけるように僕を見つめ続けている。

「ねえ雪斗1つだけお願い聞いてくれる?」

「何?」

「これからも私と一緒にいてくれますか?」

正直ここまできたら後戻りできないのかもしれない。

「ああもちろんだ」

「ありがとう。」

その一瞬、彼女の本来の輝きが少しだけ取り戻されたような気がした。

「今の話の通りです。河咲さん。アイドルのお仕事ぜひやらせてください。」

「ありがとう。では今後のことについて少しお話しさせてもらってもいいかな。」

「はい!!」



食事が終わり、帰りのタクシーを手配してもらっている最中、河咲さんに僕1人だけ呼び出された。

「1つだけお願いをしてもいいかな?」

「内容によります。」

ポケットから銀色のライターとタバコを一本取り出し、火をつけた。

「タバコ吸うんですね。」

「ああ、まあたまにね。」

「たまに」にしては結構吸い慣れてる気がする。

素人目だがタバコの持ち方とか吸い方が様になってる。

「アイドル業界はさ、多分思っている以上に過酷だし、事務所によっては派閥とかいじめとかもある。黒くて闇が深い業界なんだよ。」

アイドルなんて綺麗なもんじゃない。

世に見せているのはほんの一部でその裏側に回れば真っ暗な世界が待ってる。

「だから少しでもいい。君が使える時間をできる限り彼女に使ってあげて。」

「いつも気にかけてますよ。」

「それはここ数年の環境での話だろ。今後は社会に出る。君ら2人だけでの世界は今日限りで終わるんだ。」

「他人にも目を向けろってことですね。」

「他人じゃない。これからは自分と関わる人間に対して何かしらの役回りがつく。企業のお偉いさん、スポンサー会社の担当、カメラマンの人。茜音と君に関わる全ての人に目を向けろ。」

「それは茜音が人気になるために必要なことですか?」

「もちろん。それができれば自ずとマネージャーとしての才覚が現れるはずだよ。」

「あなたは」

「期待してるよ。君にもね。」

ピコン

「タクシー。きたんじゃないか?」

ポケットに入ったスマホを取り出すと茜音からのメールが届いていた。

『タクシーきたよ〜』

「じゃあ2日後。多分また自宅にタクシーが迎えに来ると思うから。」

「はい。失礼します。」

「うん。またね。」



「河咲さんと何話してたの?」

「マネージャー業、頑張れって応援された。」

「へー。」

帰りのタクシーの中で会話が始まった。

「ご飯美味しかったね。」

「あんな緊張する場所は2度とごめんだ。」

「あはは。慣れてないの結構動きに出てたもんね。」

「ぎこちなくて悪かったな。」

今後からはもう少し緊張感のない場所にしてほしいと切実に思う。

「アイドルかぁ〜」

「そう言えば茜音って踊れるの?」

「多分。昔は踊れたし、多分できるでしょ。」

「不安でしかない。」

「まあ、見てなって。帰ったら私の華麗なダンスを見せてあげるよ。」

「はいはい。華麗なダンスを見せる前に早く寝ような。」

「ぶーぶー」

ふと窓から外の様子を覗くと綺麗な夜景が広がっていた。

「ねぇ、雪斗。」

「何?」

窓の外を見ながら、返答する。

「さっき私に言おうとして家なかったこと教えてよ。」

「あ」

「何か言おうとしてたことぐらいわかるよ。これだけ一緒にいたら小さな仕草でも私にはわかっちゃう。」

「よく見てるんだな僕のこと。」

「うん。よく見てる。」

「いつもありがと」

「こちらこそ」

「アイドルやるんだな。」

「うん」

「多分、忙しくなる。」

「そうだね。今までみたいにずっとおうちにはいられなくなる。」

「辛いこと、大変なこともある。」

「しょうがないよ。そういう仕事だし。」

「それでも」


「僕は、君が輝いているところが見たかったんだ」


「へー。」

「ちょ、」

肩に体重がかかる。

「いいじゃん別に。慣れっこでしょ?」

「今日は無理。」

「なんでよ!照れてるのか〜?ういうい〜」

「あー!もう!」

「窓越しに見える顔、真っ赤だよ?」


自分の思いを素直に伝えるのは苦手だ。

でも顔を合わせなければ言えるぐらいには成長できた。


〜〜〜〜〜〜

全く依存というものは怖い。

こんなに扱い安くそれでいて扱いにくいものは他にない。

だから彼女ではなく、彼から落とすのが最適解だった。

これでパーツは揃った。

あとはこの歪な関係が壊れないように彼に尽力してもらうだけ。

もしこのプロジェクトが失敗するようなことになるとすればそれは彼が壊れた時だろう。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

No.1アイドル MAY @redaniel

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る