第3話『コノミ・ベクトラー』

「パティ、よかったの? あんなに強めに突き放して……」

 メグがコノミの小さな後姿を見て心配する。

「……なんにでも、いい面と悪い面があると思うんだけど。アヤさんのやり方だと、班の利益にはなるけど、コノミちゃん自身のためにはあんまりならないでしょ。仕方ない、私はポールさんとケンカしたり、倍仕事するくらいはするよ」

「うーん、そういうことかぁ」

「パティさん、かっこいい」

「それもいいんだけどさ、あらかじめ打合せしておこうよ」

「うわっ」

 なんと、今度はポールが話しかけてきた。

「よっ、名物三人娘どの」

「びっくりするじゃないですか!」

 メグの抗議にも飄々としているポール。

「悪い悪い。アヤさんに聞いたら、コノミちゃんのことはパティちゃんに頼んだって言うからさ。ちょっと聞きかじっただけだけど、コノミちゃんに自分で考えてもらいながら仕事してもらう、ってことでいいのかな」

「はい、その方が彼女のためだと思って」

 パティは怯まず述べた。

「うん、俺も概ねその通りだと思うよ。仕事は効率も大事だけど、人間成長の場でもあるからね」

「よかった、それじゃ困るって言われるのかと思った」

「いや、たまたま俺の班が効率重視でもやっていけただけで、単なる巡り合わせだから。ただ、同じ団体に所属していれば班の入れ替えもなくはないから。及ばずながら、これも巡り合わせで、コノミちゃんのいい面を引き出せたらと思って」

「思ったより融通が利くんですね」

「うん? まぁね……自分のこだわりを押し付けて、痛い失敗をやらかしたからさ」

「もしかして、5班の男性メンバーが不参加なのと関係あります?」

 メグが遠慮なく尋ねる。

「そ。順調な時こそ、ご用心」

「じゃあポールさんも、私と方針が同じということでいいですか?」

「うん。たださ、パティちゃんが倍仕事するってのはなしね。班の体面を考えてのことだろうけど、せっかく新しい班になったんだから、この班全部でコノミちゃんのことは請け負うことにしないかい? その方が無理がないでしょ」

「……はい!」

 思ったよりずっと柔軟な人だ、とパティはポールの人物評を改めた。


「ほら見て、コノミちゃん。ああやってパティとポールさんが話し合っているのも、あなたのことを引き受けて、いい仕事をしようって表れなのよ」

 アヤがパティたちの様子を指し示しながら、鼻をグスグス言わせたコノミを説得する。

「あなたのことを考えている、という点ではパティの方がずっと思いやりがあるわよ。はい、涙はおしまい! 必死でついていかないと、パティに愛想尽かされるわよ」

 コノミはアヤからも離れて、今度は集会所の隅っこの方で泣くんだろう。それをランスが見つけて、長いことかかって諭していく。これが6班あるあるである。

 コノミのぐずぐずした性格には理由があった。

 パラティヌスでは6歳から15歳くらいまでは、一般に義務教育機関に当たる。学校ではなく、オービット・アクシスでの自宅学習となっている。

 コノミは所謂、ネグレクト育児放棄を受けて、児童施設で育ったので、極端に自信がなく臆病なのだ。

 それでも、因果界でNWSに所属できるほど、頑張る地力はあるはずなのだが、他の女子のキラキラした性格に引け目を感じてしまう。

 そこで事情に詳しいランスが引き受けたのだが、班の輪の中に入っていけない。

 アヤと相談して、教育も兼ねて彼女が一から十まで仕事を指示していた。

 しかし……そこからなかなか芽が出ない。

 他のメンバーは事情を一切知らなかったが、知っても知らなくても公平に扱ってくれそうなのは、ランスとアヤを除けばパティしかいなかった。

 もちろん、リーダー間の共有事項だったので、ポールは事情を把握していたが、コノミに対して構えてしまうのは無理からぬことだった。

 ましてや、ランスやアヤ以外の人間の下で仕事をしたことがなく――コノミの心細さは頂点に達していたのだ。


 アヤの予測通り、コノミは一人集会所の中に入っていった。

 西側には童話の里が示すところの童話の本棚があった。靴を脱いでマットに上がる。

 そこからとっておきの一冊を探す。

 あった、とコノミは背表紙の上に指をかけた。

『妖精と仕事するには』。

 厚めの本を引き出して、ローテーブルの上に広げ、正座して読む。

 本文を指でなぞる。


 妖精と仕事するには、誠実さが必要です。

 汗水流して働いて、分け前をちょっぴり恵んでくれる。

 そんな人には妖精も、とっておきの魔法でお礼をしてくれます……。


 ボロボロボロボロ涙がこぼれた。

 神様、私は誠実じゃありません。

 声にならない叫びがこだました。















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