第5話
得意気な顔でスマホを仕舞う所も好きになれない。大体、応援を呼ぶなとはどういう事なのか。明らかに対応マニュアルに反している。応援を呼んで不都合などあろうはずがないのに。
「すぐそこで……と言っても、おっかなくて下は覗けねえが、どっかその辺で渋滞にはまってんだと。朝の通勤ラッシュに。自宅からこっちに直行しているようだが、馬鹿だねえ、こんな時間に車じゃ、この辺で渋滞にはまるに決まっている。私用車じゃ、サイレンが付いてないから、どうしようもないやな。ま、どっかで乗り捨てて、走ってくるだろうよ。道は知っているだろうし。ところで、あんた、ケータイは? ああ、いや、スマホ、スマートフォンだよ。持ってきているか?」
そんな訳ない。私のこの格好を見てスマホを携帯していると思ったというの? パンツスーツを着ていても、普通、女はスマホをポケットには入れていない。仕事中に上着のポケットに入れておくことはあるが、通勤の時は鞄の中だ。今朝、私が出勤しようとドアを開けると、この男が立っていた。その時の私にとって意味不明の事を言った挙句に、この男が屋上へと向かったので、私は急いで後を追ったのだ。その時、迂闊にも玄関のシューズボックスの上に鞄ごとスマホを置いてきてしまった。今、スマホを持っていれば、事態はもっと早い時点で好転していたかもしれないのに。悔やまれるし、自分に腹が立つ。
「そうか……。それじゃ、確かめようがねえな。残念だが、仕方ない。そうすると、今ここで使えるのは俺のスマホだけか。まあ、今こっちに向かっている奴も持っているだろうから、それがあれば、なんとかなるかな。まあ、そのうちに着くだろうから、気長に待つしかないな。――で、どこまで話したっけ」
なんとかなる? 本当だろうか。信用できない。しかも、気長に待つですって? さっきは急げと怒号を飛ばしていたのに。
「どうした。まだ疑っているのか。あのな、いいか、俺はあんたの味方だ。あんたを助けようとしているんだ。分かるな」
眉を読まれたか。流石は叩き上げの刑事といったところだろうか。でも、その一隻眼を気取っているところも気に食わない。
「ひとつ、はっきりさせておきたいの」
「何を」
「その前に教えて。どうして応援を呼ばせないようにしたの」
「当たり前だろ。この手の事を本庁やサッチョウが知ったら、間違いなく監察が出てくるぞ。あんた、連中のやり方を知らないだろ。関係した人間全員の身包みを剥ぎにかかってくる。徹底的に。それは不味いからな。目撃者は極力少ない方がいい」
どうやら、この男は過去に監察部の確認対象にされたことがあるようだ。何か問題でも起こしたのだろうか。もしそうなら、信用などできようはずがない。そればかりか、こうして手が届きそうな距離で会話していることにさえ、虫唾が走る気分だ。
「それに、あんたもサシで勝負できた方がいいだろう。邪魔が入らない方がいい。少なくとも、俺の方はそうだ。後は証言してくれる目撃者が一人いれば十分。ほら、人数は足りている。だから、応援は不要だ」
この男はいったい何を言っているのか。私なら一人で目的を遂げられる。もし、これが勝負だというのなら、その勝負に負けるはずはない。その自信はある。私から見て十分に老いている点はさておいて、自分が男性だから、女の私がハンディキャップを負っていると想定しているのだろう。むかつく。
「納得いっていないようだが、いずれ分かるさ。それより、はっきりさせたい事って、なんだい」
軽い口調で、馴れ馴れしい。本当に腹が立つ。
「私たちの立場よ」
「立場?」
「立ち位置と言ったらいいかしら。それはハッキリさせておかないと、後々面倒な事になると思って」
「なるほど。確かにそうだな。で、あんたはどう見ているんだ。この、俺たちの今の状況での立ち位置を」
「私があなたを助けている。葛木さん、あなたを救おうとしているのは
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