第3話 記憶たち
箱を一つ開けた。
「お母さん、弁当は?もうそろそろ行かないと、朝練に間に合わなくなるよ」
少年は登校の準備をあらかた済ませ、残るは母の作る弁当箱をカバンに入れるだけだった。キッチンの入り口にいる少年をちらりと見て、母は優しく答えた。
「ごめんね、もう少しだけ待って。あと、できたら和樺を起こしてきて?」
少年は「はーい」と答えると、母の言うとおりに妹を起こしに行った。キッチンには母が一人残った。彼女は鼻歌交じりに二つの弁当を用意する。
「よし、できた!きっと二人とも開けたら驚くわね」
その弁当箱に入っているものは果たして、ただの昼食なのか。それとも数奇な物語の始まりか。箱が開かれるまでは、誰も真実を知ることはない。
箱を一つ開けた。
黄色い花が咲き乱れる御花畑に、一人の少女が立ち竦んでいた。君は白いワンピースを着ている。揺らいでいる冴えない君もいつかは、誰かの明日を生きる希望になるのかな。
君は何を見ているのだろう。何を聞いているのだろう。君と同じ景色を、それは贅沢過ぎたかな。少女の祈る姿に、僕ははっとした。ああ、君の町まで行きたい。僕に踏まれた町から飛び立って、優しさだけで切なさだけで、君の町まで飛べるかな。
ビルの屋上に立った。
「待っていて。今から行くから」
僕の柔らかな翼は、もう充分この奇跡が生んだ星で休らいだ。今は旅立ちの時。ショパンの別れの曲を口ずさみながら、僕はどうしようもない一歩を踏み出した。
今更思い出したのは、秋の西日に泣いた母の声。あの日の母の声が聞こえた。
全ての箱が開く時、メビウスの輪はヴァルナの索より開かれる。
確率の丘を越える時、エデンの配置は終末と創造を一にする。
己の全能に慄く少年よ、愛を体現せしめよ。
己の全知に竦む少女よ、愛を体現せしめよ。
エデンの園配置(Garden of Eden pattern)とはセル・オートマトンにおいて他のいかなる配置からも到達できない配置を指す。以前の状態が存在しない、つまり最初からそのように配置しない限り出現しないということから、聖書のエデンの園にちなんで命名された。
箱を一つ開けた。
誰も知らない世界で、配置が満たされるのを待っている。永遠の恋人と逢うために、他の誰でもない、自分自身を愛するために。
創造の箱 空花凪紗~永劫涅槃=虚空の先へ~ @Arkasha
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます