第13話 ファントム事件簿⑫

「さぁ、終わりです。大人しくしてください」

 理緒に見下ろされ、投げつけられた言葉。

 こんなところで終わるのか? 嫌だ、まだ何もできていない。春姉の仇討ちはまだ何も。奪うんだ。あの男から、何もかも。地位も、名誉も、金も。あの男が大切にするものすべて。

 大切なものを奪われる悲しみを思い知らせるために。

 痺れの残る右手を、奥歯をかみしめ耐えながら、春菜は理緒に向けた。

「無駄ですよ。威力は抑えましたが、まだ全身麻痺して辛いでしょう。大人しく」

「その……程度、あの男がのうのうと生きてることに比べれば」

 生成されるごく小さな火球。その姿を離れた場所から、依然尻餅をついたまま見ていた雅也は、背中に寒いものを感じた。

「ダメだ理緒くん、それを撃たせるな!」

 咄嗟の叫び。しかし、それと同時に火球は放たれた。理緒のすぐわきを通りすぎ、その背後にある校舎に向けて。

 校舎に、それも窓に直撃する火球。急激な温度差により窓が割れ、火球が校舎内に。

 一気に燃え盛る校舎内。

「あはは、もうどうでもいいわ! 全て燃えてなくなれば!」

 夜の学校内に響く春菜の笑い声。理緒は舌打ちし、雅也のもとへ。

「すみません所長、油断しました」

「ん。まぁ、しょうがないよ。どうにかしよう」

 理緒の手を借りて立ち上がった雅也は、目の前で校舎内が燃え盛っているにもかかわらず、どこか呑気な様子で校舎へ向けて歩を進めた。

 その様子に、彼が何をしようとしているのか察した理緒は、その腕を掴み。

「ダメです、所長。あなたを動かせるわけには」

「けど、もうこれしかないよ。この火の勢いだ。今手を打たなければ一気に校舎全体に火が回ってしまう。そうなればもう手遅れだ。学校も、何よりも彼女自身も」

「ですが……」

「大丈夫。無理はしないから」

 依然食い下がる理緒に向け、微笑み、その手をはがす

。そして校舎の窓際まで進んだ雅也は校舎に向けて掌を向けた。

 その掌の先に集まるのは、黒い靄。

「喰らい尽くせ、イロウジョン」

 放たれた黒い靄。それは校舎内に入り込み、その内部を漆黒の靄で覆いつくした。

 十秒、二十秒。ややあって、次第にその靄が晴れていく。

 するとどうしたことか、さっきまで校舎内で燃え盛っていた火の手が完全に消滅していた。

「何が、起きて……」

 どうにか上体だけ起こした春菜が、その光景に絶句する。

 そのことに気が付いた雅也は振り返り、春菜のもとへ。

「これが僕のエクステンド、イロウジョン。靄で飲み込んだありとあらゆるものを、有形無形関係なく消滅させる能力。もちろん、火災の火の手を消すなんて朝飯前さ」

 額から汗を流しながら、そう説明する雅也。どことなく呼吸も深く荒い。

 そんな雅也を見上げ、睨みつける春菜。しかし当の雅也はそんな敵意を気にすることもなく。

「何か力になれることもあるかもしれない。まずは、話を聞かせてくれないかな? 久遠夏希さん」

 春菜に、いや――その妹、久遠夏希に向けて、笑みと共に手を差し出した。

 全く予想していなかった行動に、面食らい、思わずその手を取ろうとした瞬間だった。夏希に向けて雅也が倒れこんできたのだ。

「所長!!」

 悲鳴にも似た、悲痛な声を上げる理緒。しかし雅也は倒れる瞬間どうにか踏ん張り、駆け寄ってくる理緒に手を向けてそれを制した。

「理緒くんに色々と調べてもらったが、君たちが被害にあった二年前の交通事故の加害者は捕まっていないね。そしてさっきの君の、あの男という言葉。二年前の交通事故の犯人、この学校の関係者――理事長じゃないのかい?」

 雅也のその言葉に、夏希は驚きに目を見開き、しかしすぐに目を伏せ視線を地面へ落した。

「二年前。私と春姉は気分転換に互いの服を交換して近くのショッピングモールへ買い物へ出かけようとしたの。その途中だった、私たちに向けて車が突っ込んできたのは」

 そうして、ぽつりぽつりと語り始めた二年前の悲劇を。


 

 

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