キャンプ飯は最高ッス!

「わぁ〜! めっちゃおいしそうッス! いっただきまーす!」


 三人は鍋を囲みながら、夕飯を食べはじめた。


「エリカ様に食事を作るのは初めてなので、お口に合うか不安でしたが、喜んでいただけたようでよかったです。鍋の締めはトマトリゾットにしようかと思いますので、ご所望でしたら、いつでも言ってください」


 エリカは元気よく返事をし、鍋をかきこみつづけた。


 羽風はかぜはそんなエリカを見て笑う。それから、少しだけロジーの近くに寄って座った。


「……ロジー。ごめんな」

「……? なぜ謝るのでしょうか?」

「……いや、こっちの話」


 ロジーは首を傾げた。それもそうだろう、ロジーは羽風の失言のことなど知らないのだから。だが、羽風はきちんと謝っておきたかった。


 ロジーは気にすることはないだろうと判断し、今度はエリカを見た。


「それにしてもエリカ様、すごくご機嫌ですね。そんなにご飯がおいしいですか?」


 ロジーは上機嫌に食事をするエリカにそう尋ねた。エリカは「もちろんッス! ご飯最高ッスよ!」と元気に答える。


「まあそれに、ウチにとってはうれしい展開になりましたからね!」


 ロジーは羽風と顔を合わせた。羽風も肩を竦めた。二人は、エリカが上機嫌な理由がさっぱりわからなかったが、追求するのは止めておいた。


「……ま、機嫌がいいのは悪いことじゃない。わたしたちも食事にしよう」

「えぇ。……いつものことながら、よろしくお願いします。博士」

「おう。任せとけ」


 羽風はいつもみたいに笑って見せた。

 ロジーもその顔を見るたび、温かい気持ちで胸がいっぱいになるのだ。


 エリカはそんな二人の様子を見て、またまたニヤニヤと、自分のことのようにうれしそうにしていた。


 夕飯の時間は楽しく過ぎていった。

 リゾットまで平らげた羽風はもう満腹で、動けそうにない。


「先輩、食い意地張りすぎッスよ。お腹パンパンじゃないッスか」

「別にそうじゃ……うぷ」

「すいません、博士……」


 ロジーはなぜキチンと三人分の食材を用意してしまったのだろうと、心の中で反省した。


「あはは。しょうがない先輩ッスね。……じゃ、ロジねぇは先輩のこと見ててくださいッス」

「エリカ様、どちらへ?」

「もう聞かないでくださいッスよ〜。……トイレッス、トイレ」

「……これは失礼しました。いってらっしゃいませ」


 エリカは笑って、「じゃ、二人きりの時間を楽しんでくださいッス〜」と、トイレへと向かった。


 そう言い残されたロジーは、途端に緊張してしまう。普段は家で二人きりだが、改めてそう言われると照れてしまうというものだ。


 ――それに、エリカ様ったら、博士がそれを聞いて怪しんだらどうするんですか……!


 ロジーはそう思いながら、アウトドアチェアで腹休めしている羽風を見た。


「ロジ〜。すぐにお腹が空く方法とかないかねぇ」

「…………」


 ――どうやら、心配無用のようですね。


 ロジーは、「アンドロイドのように部品を交換できればよいですが、人間はただ休むことしかできませんよ」と言いながら、コップに水を入れて、羽風に手渡した。


「……そんなに無理なさらないでください。今回はわたしの量の調整ミスです。羽風は無理して食べなくても、言ってくだされば、気づかれないように廃棄することも可能ですから」


 羽風は水を一口飲んだ。


「そんなの食材が勿体ないだろう。せっかくロジーが用意してくれたものなんだ。わたしが全部残さず食べてやる」

「……博士」

「わたしは、ロジーのためなら、なんでもするさ」


 羽風はそう言って微笑んだ。


 ロジーの中に、うれしさや愛おしさのような甘いキラキラしたもので満たされていく。

 アンドロイドのままでいたら、決して気づかなかったこの気持ち。


 羽風にもっと見てほしい。

 いっしょにいてほしい。

 この気持ちを、羽風と共有したい。していきたい。


 ――だけど。


「……むぅ」


 ロジーは羽風から目を逸らした。


 ――博士がこの気持ちを共有したい相手は、別でいる……んですもんね。


「……ロジー? どうした、なんだか不機嫌になって……」

「なってないです」


 ロジー自身は気づいていないが、羽風から見ればその顔は少し膨れていた。


「それよりも、エリカ様と見に行くところがあるんですから、早く回復してください」


 ロジーは言って、辺りの片づけを始めた。

 羽風はそんなロジーを、優しい笑みで見守っていた。




 ◇





「いや〜ほんとめでたしめでたしって感じッスね。先輩を応援したらいいのか、ロジ姉を応援したらいいのか迷ってたッスから……。あとは二人が、もう少し恋愛に前向きだったら、トントン拍子で行くんスけど……」


 キャンプ上のトイレで、エリカはそんな独り言を呟いていた。


「二人とも奥手って感じがするし……。卒業までに上手くいくといいんスけど」


 エリカを手を洗い終わると、蛇口を捻って水を止めた。

 ポケットからハンカチを取り出し、手を拭きながら、エリカは鏡で自分を見つめた。


「……卒業、か」


 テントへ戻ろうとすると、突如、鏡に背後に光る物が写った。


「ぎゃあっ!?」


 エリカは驚いて振り向くと、そこにはロジーが立っていた。


「な……なんだ、ロジ姉ッスか。マジ焦ったッス」

「申し訳ございません。驚かすつもりはなかったのですが……」

「いや、気にしないでくださいッス。ロジ姉もトイレッスか?」


 エリカはそう聞くと、ロジーは首を横に振った。


「エリカ様。わたしに着いてきてください」


 エリカはなんだろうと、目をぱちくりさせた。

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