アフタヌーンお誘いコール

 現在の時刻は十七時。


 ロジーは時計をチラリと確認してから、スマホを手に取る――別に時計を確認しなくとも、その名のとおり狂いのない完璧な体内時計がロジーには備わっているので、見る必要はないのだが……なんだかこういった人間らしい動作が染み付いてしまっているような気がする。


 ――そろそろ電話をかけても問題ないでしょう。


 そう判断したロジーは、エリカに電話をかけようとする。


 ――あら、お友達?


 瞬間、別の誰かに声をかけられ、またあの人か、とロジーは思った。


 振り向けば、背後にはあの青い短髪の女性が立っていた。今回は登山服ではなく、おめかししたかわいらしい格好をしているようだ――それもそうだ。周りを見渡せば、もう自分の部屋ではない、この間の日曜日に三人で遊びに出かけた、あの遊園地だった。しかし、遊具は動いておらず、ただの置物になっており、暗く静まり返っているせいだろうか、少々雰囲気が違って見える。


「……そうです。わたしは今から友達に電話をかけるので、邪魔しないでもらえますか?」

「何その冷たい言い方〜。酷いじゃない、おんなじ『わたし』なのに」


 ロジーは彼女のその発言に引っかかるが、すぐに彼女は別の話題をはじめてしまった。


「ねぇ。今から友達を励まそうとしているんでしょ? だったら、そうねぇ……。みんなでまた、おでかけするのはどうかしら?」

「おでかけ、ですか」


 いや、それよりも、ロジーは彼女に何があったかは何一つ伝えていない。なのに、まるですべての状況を知っているかのような顔つきだ。


「思い出を作るのよ。……思い出は、人を脆くするものでもあるけれど、人を強くするものでもあるわ。思い出が支えになるの」


 ロジーは彼女が何を言っているのかわからなかった。


「……わたしは、思い出に生かされている」


 そのとき、メリーゴーランドが愉快な音楽とともに動きだした。


「思い出は、いくら記憶を――記録を消去しようが残りつづけるわ。だってこれは、アンドロイドを作るよりも、もっと長い時間で、強固に作られたものなんだから」


 記録を消去とは、一体何の話をしているのかとロジーは思ったが、一旦彼女の話を聞く。


「それだけ大切なものなの。あなたも見たでしょ?」


 ロジーは、遊園地でエリカと会話していたときを思い出す。

 あのとき、一瞬過ぎった記憶(データ)。


「……あれは、あなたの?」

「そうよ。そして、あなたのでもある」


 彼女は、ロジーの肩に手をかけた。


「そうそう。お友達に電話をかけなきゃね。そうだ。せっかくこれから夏休みってときなんだから、どこか遠出でもしたらいいんじゃないかしら」

「……旅行にでも行ったら、ということでしょうか」

「そうね。ああ、キャンプなんてどうかしら? わたし好きなのよ、キャンプ」

「……あなたの好みじゃないですか」

「いいでしょ。どうせあなた、何をするか思いつかないでしょうから。命令されなきゃ動けない、アンドロイドなんでしょう?」

「……そんなこと」


 彼女はロジーの肩から手を離し、距離を取ると、「ごめんなさい」と謝った。


「あなたにはあなたの意志が、少しはあるものね」


 彼女はくすくすと笑った。


「……じゃあ、キャンプはやめて、どこか別の場所へ行く?」


 彼女はそう質問した。ロジーは考えるが、彼女の言ったとおり、エリカの性格を鑑みた上で、キャンプが一番いい案だと自分の中でも答えが出てしまっていた。悔しいと思いつつも、ロジーは「……キャンプにします」と意思を示した。


「じゃあ決まりね!」


 彼女はそう言うと、ロジーの背中に回り込み、後ろからロジーのスマホを勝手に操作して、エリカに電話をかけた。


「勝手に……!」


 ロジーはそう言って後ろを向いたとき、もうそこはただの自分の部屋で、彼女の姿はどこにもなかった。


 この現象は一体何なのかと、考える暇もなく、


『もしもーし。エリカッス! ロジねぇどしたンスか?』


 ――エリカに電話が繋がってしまった。


 ロジーは気持ちを切り替えて、エリカの電話に出る。


「エリカ様。今お時間よろしいでしょうか?」

「いいッスよ〜! 今日はオフなんで。先輩のことッスか?」

「いえ、エリカ様のことで……」


 エリカは「ウチ?」と電話の向こうできょとんとしていた。


「その……遊園地のときから、元気がなさそうに思えたので、何かあったのかと思いまして」

「…………」


 少しの間沈黙が続いたが、やがてエリカは口を開いた。


「……ウチの仕事、何やってるかって先輩から聞いてるッスか?」

「いえ。よくお仕事されているとは聞きますが、何をされているのでしょうか?」


 そう言えば聞いたこともなかった、とロジーは思った。だがすぐにひとつ思い当たることがあった――遊園地で三人の写真を撮ったとき、羽風はエリカに対し、「モデル」と発していた。もしかすると、エリカの職業は――。


「モデルとデザイン業をしてるンスよ」

「……驚きました。エリカ様がそんなお仕事をされていたとは」


 和菓子屋の娘と聞いていたので、和菓子屋で働いているのかと憶測を立てていたロジーであったが、まさか本業が別であったとは。


「えへへ。すごいっしょ。……で、その仕事の関係で、ウチ、大学卒業したら海外に行くンスよ」

「素晴らしいです。今後は世界でも活躍されるのですね」


 ロジーは素直な気持ちを述べた。エリカの仕事ぶりがこんなに評価されているとは、友人として、とても誇らしい。

 しかし、褒められたエリカは、複雑そうに受け止めている様子だった。


「ありがとうッス。……だけど、だから、卒業したら、ロジ姉ともお別れなンスよ」


 ロジーはすぐに返答できなかった。喉を締め付けられるような、そんな感覚があった。だがこれで、エリカがなぜ時折寂しそうな表情を見せていたのか、理由がわかった。


「……せっかく、友達になれたンスけどね。あと一年もしないうちに、離れ離れになっちゃうンスよ」


 その声は、悲しみで少し震えていた。


「海外へは行きたい。仕事の幅も広がるし、これはウチにとってチャンスッスから。世界的デザイナーっていう、ウチの昔からの夢が、叶うかもなンス。……でも、先輩とも、ロジ姉とも離れ離れも嫌ッス」


 ロジーは話を聞きながら、あの女性のアドバイスを思い出す。


 ――エリカ様が悩んでいるのなら、今度はわたしが励ます番です。


 ロジーはスマホを握り締めた。


「エリカ様。今度の夏休み、わたしたちとまたおでかけをしましょう」


 突然の申し出に、エリカは少々困惑しているようだった。

 ロジーはあの女性とのやり取りも思い返しながら、話を続ける。


「三人で、キャンプに行きましょう」


 ――思い出は、人を強くする。


 もし彼女の言葉が正しいのであれば、今別れに対して臆病になっているエリカを、元気づけることができるのかもしれない。


 ロジーは、じっとエリカの返事を待った。


「……はいッス! ウチ、キャンプ好きなンスよ! 三人で行けるなんてうれしいッス!」


 どうやら申し出を快く受け入れてくれたようで、ロジーはひと安心した。断られる可能性もゼロではなかったので、上手くいくか実は不安でしかたなかったのだ。


「それでは、日時については後日お話しましょう」

「了解ッス! 待ってるッスね!」


 通話が終了し、安堵したロジーはそのまま白い台座の上へと座り込んだ。


 ――よかったわね。


 そんな彼女の声が、どこかから聞こえた気がした。

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