実験開始

「お邪魔します! ウチ、澁谷しぶたにエリカって言うッス! 先輩とは、高校の時からの先輩ッス!」


 約束の14時ちょうどに、羽風はかぜの友人であるエリカは、羽風宅を訪ねてきた。

 見た目は派手だが挨拶はハキハキしていて、聞いていて気持ちがいい。悪い印象はない。


 ――博士の演技の時と、全然違う。


 そう、ロジーは思った。


「初めまして。わたしは藍野あいのロジーです。よろしくお願いいたします」


 エリカは、緊張とうれしさの混じったような笑顔をみせた。


「こちらこそよろしくお願いしますッス! わぁ〜! にしても、きれいな人ッスね! ロジーさん……ってことは、ハーフだったりするンスか?」


 ロジーは一瞬答えに詰まった。ロジーにあるのは製造元と型番だけだ。しかし、ロジーは、


「はい」


 とだけ答えた。アンドロイドの元は、人間とロボットの融合だろう。ハーフと言っても差し支えはない。


「やあやあエリカ。ようこそ我が家へ。そういやウチに来るのは初めてだね。まあ遠慮せずに上がって上がって」


 そんな会話としていると、ロジーの後ろからのんびりと玄関先に現れた羽風。


「では上がらせていただくッス! あ、そうだ。はいこれ、お口に合うといいんスけど!」


 エリカは紙袋をロジーに渡す。


「ウチんとこの和菓子ッス! ガチウマなんで、あとでみんなで食べるッス!」


 ロジーは礼を言い、エリカをリビングへと案内する。


「うわぁ……! 先輩って一軒家に住んでたんスね! めちゃくちゃ家広い!」


 エリカは家の中を見渡しながら話す。確かに羽風の家は、ロジーとの二人暮らしにしては広すぎる家だった。


「元々は家族と住んでいたからな。わたしはずーっと実家暮らしだよ」


 エリカはそんな羽風の言葉に、「そうスか〜。まあ、ウチもずっと実家暮らしッス。おそろッスね!」と笑った。


「わ! でっかいソファ!」


 エリカはL字型のソファを見て、子供のように声をあげた。ロジーはそんなエリカに、


「どうぞおくつろぎください。今、いただいた和菓子と日本茶を用意いたしますので」


 と声をかけた。


 エリカは「じゃあウチ角がいいッス〜!」と、ソファの一人席の部分に腰掛けた。その隣角にエリカも座る。


「……ってかロジーさん、なんだかお行儀? がめちゃくちゃよくないスか? 堅苦しい感じというか……もっとこうフレンドリーな感じでいいッスよ! ほら、ウチもこんなんだし!」


 エリカはソファ越しに、お茶を用意しているロジーに話し掛けた。

 ロジーは「フレンドリー……ですか」と言いながら考える。フレンドリーさとはどうやって出すべきなのかを。


 そんなロジーを見かけた羽風は、


「ロジーは真面目な性格でな。これがロジーなりの対応なんだよ。別に緊張しているわけでも、距離が置きたいわけでもないから気にしないでくれ」


 と、フォローを入れてくれた。


 その言葉に、ロジーはそのままの対応でよい判断し、口調を変えるのを止めた。複数の命令の中で、一番に優先されるのは羽風だ。


「そうッスか〜。まあハーフでもありますもんね。話す日本語の感覚が違うのもわかるッス」


 エリカもそれで納得したようだ。

 羽風もひとまず安心したように、ひと息ついていた。


 ロジーは用意したお茶と和菓子をテーブルに並べる。


「手際のよさが半端ない……!」


 エリカは感嘆の声を洩らした。しかし、そこでエリカは首を傾げる。


「どうしたエリカ?」


 羽風は聞いた。


「ロジーさんの分は?」


 羽風の額に冷や汗が滲む。


 テーブルの上に並べられているのは、羽風とエリカの分だけだ。食べ物を必要としないロジーは自分の分など用意するはずもない。


「ロジーさん……和菓子苦手ッスか……?」


 悲しそうな表情を浮かべながら、エリカは聞いた。


「そんなことありません。わたしは――」


 必要ありませんので、とロジーが答える前に、羽風が素早く、


「あー! ロジーったら天然さんだなぁ! 自分の分だけ忘れちゃうなんて!」


 と、すかさず割り込んだ。


 羽風は立ち上がり、キッチンへ向かう途中で、ロジーに耳打ちする。


「隙を見て、ロジーの分もわたしが食べるよ」


 羽風はお茶と和菓子を用意して、ロジーの前にも出した。


「ロジーってちょっと抜けてる時あるんだよね!」


 羽風はそんな風には取り繕う。

 エリカは安心したように笑顔になり、


「なぁんだ、そうだったンスか〜。完璧そうに見えて、ちょっとドジだなんてかわいいッス!」


 と言った。


 羽風は胸を撫で下ろした。ロジーは、今後同じ事態を起こさないようにと、淡々とこの状況を記録した。


 エリカは和菓子を一口食べてから、こう話を切り出す。


「実は今回、先輩が友達を紹介してくれると言うのでお邪魔させてもらったんです。よかったら、いろいろとお話聞いてもいいっスか?」


 羽風はチラリとロジーを見た。ロジーは、「ええ」と頷いた。


「二人っていつからいっしょなんスか?」


 ロジーが家政婦アンドロイドとして造られ、働いているのは一ヶ月ほど前のことからだ。ここは素直に一ヶ月前からと答えても問題ないだろう。


 そう判断したロジーは答える。


「――


 ロジーは咄嗟に口を抑えた。

 

 ――なぜ、一ヶ月と答えようとして、十六年なんて数字を?


 ロジーはゆっくりと羽風に視線を移すと、羽風は目を見開いていた。


 そんな二人の様子は露知らず、エリカは「うわ〜幼なじみ級ッスね! そんだけ仲よしだから、二人で暮らしはじめたんスね〜」と、特に年月の大きさを気にしていない様子だった。


「まさかこんな幼なじみがいたなんてっ! 先輩〜、だからってウチのことも蔑ろにしちゃダメっすよ!」


 エリカはそう言いながら羽風に抱きついた。


「別に蔑ろなんかしないって。だから離れろ、暑いから」

「それは断るッス! あと十秒はくっつくッス〜!」


 なんでだよーと羽風は満更でもないようで、エリカの頭をくしゃくしゃと撫でていた。

 ロジーはそんな二人の様子をじっと見つめている。

 仲のよい光景だ。それはロジーにもわかった――だからなのだろうか。


「――博士」


 ――声を挟まずには、いられなかった。


 羽風とエリカの動きが止まる。


「……はかせ?」


 エリカは目をぱちくりさせた。

 羽風は、呼び名のことを話しただろと言いたげにロジーを睨んだ。


 ロジーは自分のしてしまったミスに気づき、伏せ目がちになる。羽風は咄嗟に、「わたしの苗字って葉加瀬だろ。だからあだ名で『博士』って呼ばれてるんだよ。それに、博士と呼ばれるくらい、わたしは天才だからな」と説明した。


「あー! なるほど! 意外と呼び名はドライなのかなーって思ったッス! 自分で天才って言っちゃうところが、先輩らしいッスけど……。でもいいッスね、博士ってあだ名。ウチも博士先輩って呼んでいいッスか!?」

「嫌だ」

「即答〜!!」


 エリカは大きなリアクションを取った。もはや、このリアクションが、ひとつの芸なのではと思えてくる。


「もう先輩は……。あ、そうだロジーさん、なんか話があるんスよね?」


 エリカはすぐにロジーへと話を振った。ロジーはたじろぐ。別に、用があって話しかけたわけじゃない。だけれども、これはロジーが蒔いてしまった種だ。ロジーは、ゆっくりと口を開く。


「……いえ、その……わたしからも、博士とエリカ様のことを、聞きたいなと思いまして」


 ロジーは思いついた質問をそのまま投げかけた。エリカはうれしそうに「いいッスよ!」と話を始めた。どうやら、上手く事を過ごせたようだ。


 エリカの話の合間、羽風と一瞬だけ目が合った。羽風の目は怒っているわけではなく、むしろ優しく微笑んでいた。

 ロジーはなぜ、羽風がそのような目を向けているかわからないと同時に、安心感を覚えた。


 ――〈安心感〉?


 しかし、自分自身を突き詰めている場合ではない。ロジーはひとまず、エリカの話に耳を傾けつづけるのだった。

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