予行演習

「アンドロイドとバレないようにする練習……ですか?」


 羽風はかぜはうむ、と言い、遅い朝食の(ちなみに、羽風の休日は二食しか存在しない)サンドイッチを食べ切ると、こう説明する。


「練習というより予行演習かな。明日エリカが来てから色々トラブルが起きちゃあ大変だからね。事前にトラブルを洗い出し、手を打っておこうというわけだ」


 ロジーは「……はあ」と、無感情に答える。

 ロジーにとっては、そんなこと面倒だとも、また、積極的にやりたいとも思わない。ただ言われたことをこなすのみだ。


「じゃあ、早速やろうか! わたしがエリカ役をやるからな!」


 言うや、羽風は玄関のほうへと走っていった。


 しばらくして、ピンポーンと音がする。

 ロジーは玄関に向かい、戸を開けた。刹那、勢いよく羽風が入ってくる。


「こんちゃー! ウチぃ澁谷しぶたにエリカっていいま〜す! よろしくちゃんっ!」

「…………」

「おじゃましまーす!」


 羽風はズンズンと中へ入っていく。

 ロジーはそっと戸を閉めると、羽風の後ろをついていった。


「わー! 先輩の家、マジいい匂いがするッスね〜! むむ、もしかして、この匂いはここからするのかー!?」


 と、羽風はロジーに抱きついた。明らかにこの状況に乗っかって楽しんでいるのが見てわかる。ロジーは、そんな羽風を見つめた。


「……防臭機能は常に作動しているので、特別臭うことはないはずなのですが……。もしかして、オイル漏れでしょうか?」


 羽風は「はい、それアウト」と渋い顔をして、ロジーから離れる。


「人間がオイル漏れなんて起こすわけないだろう。それにエリカは、オイルの匂いに興奮して抱きつくわけがない。あとそれと、エリカには簡単に抱きつかせないでくれよ。……まあ今回はエリカ役のわたしだからいいがな」


 羽風はそう言って、フンと鼻を鳴らした。


「申し訳ありませんでした。類似の事態が起きた場合は、どう対処すればよいのでしょうか?」


 羽風はうーんと考え込み、答える。


「アイツはバカだが、まずこんなことしないだろ。今のはわたしがやりたかっただけだ」


 ロジーは、どうしてそのような無駄な工程を挟むのか理解できなかったが、それを詮索するのはやめた。それよりも、別の疑問を投げかける。


「あの、博士。さっきからその……ご友人のエリカさん、どうも元気がよすぎるというか。本当にこんな感じなのでしょうか?」

「わたしからしたらこんな感じだな」


 羽風は即答だった。


「こんなタイプは苦手か?」


 ロジーは「いえ」と、続ける。


「得意も苦手も、好きも嫌いも、ありません。ただ、博士以外の方と、関わったことがありませんから」


 スーパーのレジの人や、配達員の人とは言葉を交わすが、あれは決められたやり取りをするだけだ。


「……どんなふうに対応すればいいのか、やり取りの構成が不確実なのです」


 そう話すロジーに対し、羽風は小さく笑んだ。


「それでいいんだよ。そういうのはな、言葉を交わして学んでいくもんだ。初めからプログラムされているもんじゃねぇ」


 羽風は「さて」とひと息つき、またエリカ役に戻る前に、言う。


「ロジー。あくまで今は予行演習だからな。わたしのことはエリカと呼び、エリカだと思って接してくれ。もちろんアンドロイド的な行動ではなく、人間らしく、ね」


 羽風はそう言ってウィンクしてみせた。そしてまた、あのハイテンションなエリカ役を演じはじめるのだ。

 ロジーはやれやれと――思うこともなく、指示通り、羽風の即興劇に付き合う。


「かしこまりました。エリカ様」


 そう答えるロジーの表情は、相変わらずの無表情なのであった。




 ◇




 結局、昨日の予行演習は意味があったとは思えなかった。ただただ羽風が楽しそうに、エリカ役を演じていただけに思えた。明確な答えは得られず、人間らしさとは何か、はっきりとわからずに終わってしまった。

 共通して学んだことは、人間と異なる部分に関して隠していく、ということだけだった――それは、防臭機能然り、耐熱加工然り。


「……人間と、同じように」


 ロジーは全身鏡の前に立ち、胸元のLEDライト見つめた。

 そっとLEDライトの上を撫でる。


「…………」


 ロジーは着替えをしなければ、と服を脱いだ。それから、クローゼットから白いワンピースと淡い暖色のカーディガンを取り、それを着る――これは、昨夜羽風からもらった、新しい服だ。


「……」


 鏡で、自分の格好を確認する。しっかりとLEDライトのある胸元までキチンと隠れていた。そして、改めて自分の服装を見る――それはロジーの脳内で数値化され、総合的にという結果が出た。


「博士のセンスは絶対ですね」


 支度を終えたロジーは部屋を出る。

 休日の羽風は、ほとんど昼ごはんといってよい時間からしか食事を取らないが、今日は来客のある日だ。早めに起こして、平日と同じように朝食を出さなければならない。

 それが、ロジーにプログラムされている、家政婦アンドロイドとしての使命だ。


 ――わたしは、家事をする家政婦アンドロイド。


 の、はずなのに……と、ロジーは思う。


 ――博士は、わたしにそれだけじゃない何かと接してくれている?


 最近、そんなことを時折感じるロジー。


「……アンドロイドの思い過ごしですね」


 ロジーは一人そう呟いて、朝食作りに取り掛かった。

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