第11話 不足

 まだ慌てるような時期ではない。

 長いシーズンそんなに急いでどこへ行く。

 表面上は冷静でいるメトロズの首脳陣であるが、チームのちぐはぐな具合には、多少の焦りが出てくるのも確かだった。

 武史一人が圧倒的なピッチングを見せている。

 そして打線はそれなりに調子がいい。どころか今のところの得点力は、去年をも上回っている。

 それでも負けてしまうのは、明らかにチーム編成の失敗だ。


 攻撃力に比重をかけすぎた。

 去年のワールドシリーズ、なんとか勝ったとは言っても、直史相手には一勝三敗で、そのわずかな一勝も大介の一発がほぼ全てと言っていい。

 もちろん内野ゴロで一点を取れた狡猾さも、勝負には必要なのであろうが。

 直史から確実に勝つには、さらなる攻撃力の増加が必要。

 しかしこの追加戦力は、果たして直史に通じるものであるのか。

 最終戦に勝てたのは、武史が延長まで投げきったからだ。

 結局対抗できるピッチャーがいないと、どうにもなっていない。


 他の試合を見てみれば、直史以外のピッチャーが一つでも勝っていれば、去年もまたワールドシリーズはアナハイムの勝利で終わっていたのだ。

 だから武史と、他に二人勝てるピッチャーがいればいい。

 それでもクローザーがいなければ、終盤で試合がひっくり返されてしまう。

 メジャーリーガーは自分の成績以外にドライな人間も多いが、とびっきりの負けず嫌いも多い。

 自分が打っていても、チームが負ければ空気が悪くなる。

 またピッチャーの失点というのは、野手の責任もかなり多くを占めるのだ。


 ワシントンとの残り二戦は、オットーとスタントンが先発となる。

 なんだかんだ言いながら、大介のMLB初年度から、ずっと一緒にやってきたピッチャーである。

 二人とも決定的な故障をしなかったのは、それだけで偉い。

 いくら才能があると言っても、故障をしない肉体というのは、ある意味それ以上に重要な素質なのだ。

 直史の体などが、出力はあまり出なくても、まるで故障しないのを思えば分かるだろう。


 第二戦、先発はオットー。

 だが彼のピッチングより先に、メトロズの攻撃である。

 ステベンソンがクリーンヒットで塁に出る。

 そして大介が敬遠される。

 シュミットもまたここで粘って、ノーアウト満塁。

 そして四番のグラントである。


 グラントは基本DHで使い、他の選手を休ませる時は、ファーストで使われる予定であった。

 だが乱打戦が多くなってくると、守備貢献値の少ないファーストでも、ある程度の守備力を期待したくなる。

 なのでグラントも、守備の練習は少しはしている。

 そこを意識してしまって、バッティングが注意散漫になっているのかもしれない。

 とは言ってもここで、しっかりと外野フライを打ってくれるあたり、四番に相応しい。

 ……四番の仕事は、犠牲フライを打つばかりではないと思うのだが。


 続いて五番の坂本も、外野フライを打ってなんと二得点。

 ステベンソン以外はヒットを打っていないのに、二点を先制した。

 なお意味はなかったが、六番のラッセルも外野フライを打っている。




 オットーのピッチングは、ごく平均的なものであった。

 初回に一点を取られて、その後も三回に一点。

 五回に一点を取られて、まさにクオリティスタート。

 メトロズはその間に、一点を追加していたので、4-3という勝利投手の条件を持ったままで、リリーフに継投する。

 だが出来ることならば、あと1イニング投げてほしかったと首脳陣は思っているだろう。


 リードが一点では足りない。

 それはメトロズの打線陣、誰もが思っていることだ。

 だが上位打線に回ってきても、大介の打球は野手の正面を突いてしまうと、そこでわずかに澱みが生まれる。

 気にせずにそのまま、続くシュミットなどは攻撃してしまえばいいのだ。

 しかし一度生まれた歯車の狂いは、なかなか修正が難しい。

 さらなる追加点を得ることは出来ず、セットアッパーのバニングが失点。

 同点に追いつかれて、オットーの勝利投手の権利は消失した。


 今の時代MLBにおいては、勝利数でピッチャーが評価されることはほとんどない。

 ただ成績として見栄えがいいのと、殿堂入りの時には分かりやすい実績になるというだけだ。

 重要なのは防御率であり、またクオリティスタートであるが、それよりも重要なのは、ハードヒットをされたのがどれだけであるとか、奪三振や四球の数になる。

 オットーは一試合あたりの与四球率がおおよそ3前後とそこそこ優秀だ。

 内野守備が大介のおかげでかなり強力になっているとは言え、被安打率なども高くない。

 連打されるなどの運が悪くない限りは、クオリティスタートをしてくれる。

 打線の強いチームであれば、それこそメトロズであれば、かなりの数字が残せるのだ。


 しかし打撃と守備は両輪の関係。

 ピッチャーが打たれ続けても、その分まで打って返すというわけにはいかない。

 打線が点を取ってくれないということは、ほとんどなかったのが去年のメトロズだ。

 六回まで三点に抑えれば、ほとんどは勝ってくれた。

 去年のレギュラーシーズン、一試合あたりの平均点は6.5点ほど。

 今年はインターリーグで東地区と当たるので、少し低下するかもしれないが。


 そもそも去年までは、打線の入れ替わりがあまりなかったのだ。

 時間をかけて、お互いの能力を計算してプレイしていたというところがある。

 今年のメトロズはその意味では、再構築の一年目。

 個人の能力だけを見れば、去年よりも上かもしれない。

 だが打線にもまた、連携とでも言っていいものはあるのだ。


 一度は大介のソロホームランで同点に追いついたものの、最終的にはまた勝ち越し点を取られる、

 6-7の一点差で、延長戦に敗北したのであった。

 



 プロ野球のドラフトというのは、かなり賭けのようなものがある。

 七球団が競合するような選手が三年経過してもまだいまいちな状況で、外れ一位が球界ナンバーワンバッターになっていたりもする。

 一位指名で、それも競合でありながら、三年もせずにプロの舞台から退場というのは、それなりに多いことなのだ。

 MLBでもそういうことはあると言うか、MLBはNPB以上に、ドラフトで指名される選手は多く、そのマイナーでの競争は激しい。

 とりあえずMLBで試されるのは、基礎体力と言ってもいいだろうか。

 もっと本質的に、素材としての頑丈さかもしれない。


 そんなドラフトに比べると、FAでの契約というのは、かなり信用がある。

 実際の同じプロの世界で、ちゃんと実績を残しているということだからだ。

 MLBは戦力均衡が、比較的上手くいっている。

 この数年のメトロズとアナハイムが、異常なだけである。

 その2チームも今季は、完全にスタートダッシュに失敗。

 まずは地区優勝を狙えるか、せめてポストシーズンに進出できる体勢を整えなければいけない。


 チームはもっと有機的なものなのだ。

 人間の肉体と一緒で、なかったら死ぬというものは少ないが、今のアナハイムは例えば、片目が治療中のターナーに近い。

 普通に生きていく分には充分であるが、バッティングにおいて片目が不充分なのは致命的だ。

 それでも直史は圧倒的に、一点さえ取れればどうにかなるピッチングをしている。

 クローザーが固定されていないメトロズは、どう例えればいいだろうか。

 野球選手には分かりやすい、利き腕の人差し指が折れている状態だとでも言おうか。


 ピッチャーはまさに、指一本の骨折で、どうにもならなくなってしまう。

 手の指だけに限らず、足の指でも親指か小指がダメになれば、一気に踏ん張りが利かなくなる。

 何かを握るという行為の場合、小指がなければ一気に力は逃げていく。

 クローザーの欠けたメトロズは、確かにあと一歩が絶対的に足りていない。


 第三戦、スタントンの先発。

 ステベンソンの打球は当たりが良かったが、センターの守備範囲でアウト。

 ワンナウトランナーなしで、二番の大介。

 ここで勝負してくるのが、勝負してもらえるのが、今年の大介である。

 こちらの打線もメトロズからかなり得点できると分かっているので、この序盤には精一杯の勝負をしておく。

 メトロズの勝率が、六割近くにまでなれば、また戦術は変わってくるだろうが。

 第一打席、またしても低目をバックスクリーンへ。

 ソロホームランで、先制したのであった。


 四試合連続の第8号ホームラン。

 まだこれは開幕から、九試合目の話である。

 大介はデビューの年に、開幕一ヶ月で22本のホームランを打つという記録を残している。

 あの年は開幕が三月であったため、29試合もあったというのも、その背景にはなっている。

 今季も三月から始まり、四月に換算される試合は28試合。

 この調子ならば簡単に、記録は更新してしまいそうだ。


 一回の表はさらにグラントもソロホームランを打って、メトロズは二点を先取。

 いい感じの先制打となりそうであるが、しかし長打二本だけなのだ。

 確かにホームランは、確実に一打で点が入る、もっとも効率のいい点の取り方だ。

 だが打線がつながっていない。点の攻撃だ。

 ピッチャーはショックは受けるが、プレッシャーを受け続けはしない。

 ランナーがいなくなれば、切り替えていけることが出来るタイプのピッチャーもいる。


 MLBはそもそも全てのバッターが、基本的にホームランを打てる。

 そこで打たれたことを、いつまでも引きずっていては試合が終わる。

 そしてスタントンも、クオリティスタートはともかく、ハイクオリティスタートを簡単に出来るピッチャーではない。

 一回の裏、普通にヒットが二つ出て、一点を返される。

 そして二回以降、メトロズは打線がつながらなくなった。


 純粋に連打が出れば、それだけで充分のはずなのだ。

 しかし大介を敬遠したとしても、ステベンソンかシュミットのどちらかを打ち取れば、確率的に失点を防げる可能性は高い。

 追加点が入らないまま、ワシントンはスタントンの投げている間に追いつく。

 そして逆転されたところで、ピッチャー交代。

 クオリティスタートでありながら、敗戦投手扱いでリリーフに託すことになる。

 先発としては不満な援護であったろう。




 インローの低目を、ライトフェンス直撃弾。

「惜しい!」

 あと50cm、ホームランには高さが足りなかった。

 それでもランナーが帰って、メトロズは同点に追いつく。

 スタントンの負けを消すことは出来た。


 七回以降は両チーム、殴り合いの試合になった。

 勝ちパターンのピッチャーを投入したいのだが、上手くその機会が回ってこない。

 あるいはこの勢いであると、投入しても一気に打たれてしまうかもしれない。

 特にワシントン側は、メトロズの打線を警戒している。


 やはりリリーフに難がある。

 メトロズとしてはワトソンが抜けてしまったことも、かなり痛い状況になっている。

 ベンチとしてもこれだけの乱打戦ともなると、なかなか采配の振るいようがない。

 もう勢いのある方が、あるいは天運のある方が、試合には勝ってしまうだろう。


 そしてこういう殴り合いになった時は、おおよそ後攻めの方が楽になる。

 同点のまま最終回にもつれこめば、地元有利とも言える。

 メトロズ首脳陣としては、しかめ面を隠せない。

 延長に突入するのだから、勝ちパターンのピッチャーを使ってもいいかもしれない。

 だがこの状況というのは、クローザー向けのきつい状況だ。

 プレッシャーがかかるのは、リードしている場面よりも大きいだろう。


 動かないのか、と選手たちも疑問に思う。

 だがFMもコーチも、動けないのだ。

 リリーフに対する信頼が足りていない。

 それにこの試合が終われば、次はマイアミに移動である。

 最弱のマイアミ相手に、勝ち星を確実に稼ぎたい。

 休養日がないので、リリーフには負担をかけたくないのだ。


 たとえこの試合で負けることで、負け星が先行することになったとしても。

 現場はあまり負けが込むと、シーズン中でもコーチ陣の入れ替えはある。

 NPBでもあるがMLBの場合はもっと多い。

 だがこの時期は、戦力の確認という状況が多いため、さすがにもう少しは待ってもらえる。

 負けている原因ははっきりしているからだ。


 五月になってもまだダメであれば、さすがにカットされることもあるだろう。

 だからこそ今のうちに、戦力の運用を試しておかないといけない。

 リリーフ陣がどれぐらい使えるのか。

 同じ選手でもシーズンが違えば、能力が変わってきたりはするのであるから。

 安定して投げられるなら、MLBでFAになり、長い期間を活躍できる。


 そういった思惑がどうかは、選手や観客には分からない。

 だがとりあえずワシントンのバッターは目の前の一点を積極的に取りにいった。

 打球がベースに当たって、ファールグラウンドに転がっていくという、間違いなく運の悪い要素。

 そんなことまで重なってしまって、ワシントンはサヨナラ勝ちに成功した。




 チームに全く勢いがつかない。

 MLBは入れ替えが激しいリーグではあるが、これだけ一体感を感じないのは、大介としては初めてのことだ。

 ライガースも、そしてメトロズも去年までは、もっとチームとして一体感があった。

 内野守備の要として、そして打線においては主砲として。

 個人成績はむしろ、過去最高といっていいぐらいの数字を出している。

 だがチームが負けていれば、それを喜んでもいられない。


 勝たなければ楽しくない。

 真剣にやっている以上、それは当たり前のことだ。

 勝負をやっていて、結果的に負けてはしまっても、観客が満足するならそれもあるいはいいことだ。

 しかし今のメトロズは、勝つことを求められている。

 連覇を狙うチームが負けてもいいなどと、言っていいはずはない。

 マイアミに到着したメトロズの選手は、顔に緊張感がある。

 今の東地区はアトランタが独走しているが、それでもまだ開幕から10試合も経過していない。

 そしてそろそろ、マイナーから新しい戦力をメジャーに上げる時期が迫ってくる。


 MLBは基本的に、メジャー契約してから六年経過すれば、FA資格を手に入れることが出来る。

 だがこれはほぼ丸六年ということで、10日ほどをマイナーで使ってからメジャーに上げれば、実質七年間同じチームで使うことが出来るのだ。

 なのでスプリングトレーニングで、結果を残したルーキーであっても、序盤には使われないことがある。

 マイアミとの三連戦が終わって、ミルウォーキーとの三連戦がホームで行われる。

 そのタイミングでメトロズは、期待の若手をメジャーに上げて使うことになる。


 現有戦力で上手くいかなくて、新戦力を加えて機能するのか。

 これはもう、試してみないと分からないとしか言いようがない。

 ただ今の戦力では、ピッチャーがどうにも動いてくれないのだ。

 打線が上手くつながらないと言っても、平均的には去年よりも取っていたりする。

 明らかにピッチャーが弱いし、それは正捕手の坂本も主張していることだ。

 若手のピッチャーには、キャッチャーの構えたところに投げる、コマンドの能力がまだ足りていない。

 構えたところに投げてくれさえすれば、及第点はちゃんと取れるのに。


 ただこのあたり坂本は、仕方のないことだとも思っている。

 MLBではキャッチャーは、ピッチャーに指示を出す役割ではない。

 もちろん提案はいくらでもするが、最終的にはピッチャーが決める。

 そして作戦からその日の配球の傾向を決定するのは、ベンチなのである。


 マイアミは今年も絶賛最下位を独走中だ。

 開幕からこっち、勝ち越したカードがない。

 ただそれを相手に、スウィープできるとも限らないのが、今年のメトロズである。

 到着したその日に、すぐに試合。

 第一戦の先発はグリーンである。




 やはりジュニアの離脱が大きかったと言えるのか。

 ただ割れた爪は順調に治癒し、無事に調整に戻ってはいる。

 四月の中旬には無事に、チームに戻ってこれそうである。

 ジュニアの穴埋めであったはずのウィルキンスは運もあったが勝ち投手になっている。

 そしてこのマイアミ戦も、第三戦の先発となっている。


 得点力は落ちていないメトロズは、ピッチャーがある程度がんばれば、ほとんどは勝つことが出来る。

 しかし完投する武史だけが確実に勝っていて、他のピッチャーはリリーフ次第。

 オットーとスタントンは、二人で四試合を投げて、全てクオリティスタート。

 だが勝ち星がついたのは、スタントンの一勝のみ。

 もっとも負け星もついてはいない。

 試合終盤の乱打状態が、先発の勝敗を消している。

 自力で勝ち星を稼げるのが、武史しかいないのだ。


 現代のMLBでは、分業制で継投が常識になっている。

 クローザーを獲得できなかったのは、間違いのない失態。

 だが去年まではクローザーを必要としなくても、打線で圧倒することが出来た。

 それが相手にも打たれているというのは、明らかにおかしい。

 先発の調子が、それほど圧倒的に落ちたというわけではない。

 確かにウィッツが去って、ワトソンが離脱中ではある。また短い間だが、ジュニアも離脱した。

 リリーフ陣が先発を務めなければいけないというわけで、それがこのリリーフ層の薄さにつながっているというわけだ。

 おそらくもう少しすれば、マイナーから何人もメジャーに持ってきて、通用するか試すようになるだろう。

 それまでにはまず、ジュニアには戻ってきてもらわなければいけないが。


 マイアミのフランチャイズで行われる三連戦のカード。

 この時期にはもう、今年もダメかと諦めて、観客が少なくなっていくのがマイアミである。

 しかしメトロズが相手であると、だいたいどの試合もチケットは売り切れる。

 特に今年のように、大介がおかしなぐらいにホームランを量産していれば。


 去年に比べると明らかに、敬遠の数が減っている。

 ほとんど毎試合ホームランを打っているそのペースは、明らかにキャリアハイの勢い。

 主砲が結果を残しているのに、チームが勝てていない。

 これは明らかに、状態がおかしすぎる。


 この試合もステベンソンが出塁し、大介の打席となる。

 マイアミとしてはここで、下手に歩かせたくはない。

 そもそも大介との勝負をあまりに避けていけば、観客たちが失望する。

 オーナーサイドからの要望としては、出来るだけ勝負をしていけということになる。

 試合に勝てそうになれば、また状況は変わるわけであるが。


 外のボール球から、大介との対決は始まる。

 だいたいこれはどのピッチャーでも、ほとんど変わらない。

 本当は高めにストレートを投げるのが、その日の初球としては、一番効果的であったりする。

 しかしその効果がはっきりと分かるほど、大介に初球からそんな勝負を挑むピッチャーはいない。


 インローに投げられたボールは、大介にとっては先日の復習となる。

 ほんのわずかに、角度が足りなかったのだ。

 0.1mmの違いが、90m先のフェンスにおいては、大きく変化する。

 ライトはほとんど定位置から動かずに見送り、ライナー性の打球はスタンドに着弾した。

 五試合連続のホームラン。

 試合の趨勢とは全く別に、とりあえずこの試合も観客は満足してくれるようである。




 本日のメトロズの先発グリーンは、とりあえずローテを回すためのピッチャーである。

 一応去年までにも先発として経験はしているが、あまり期待されてはいない。

 今年も既に一試合先発しているが、六回で五失点。

 とりあえず試合をイニングを消化してくれれば、それでいいというピッチャーである。


 1イニングに一点までなら、続投させる。

 もちろん球数制限はあるが。

 ジュニアとワトソンが抜けているため、先発のローテには入っている。

 ただ今年はジュニアが戻ってきても、かなりローテには入るようになってくるはずだ。

 ワトソンの復帰がいつになるか。

 ただ彼も本来は、リリーフとしてイニングを食ってもらわなければいけない存在。

 大量点差がついていれば、3イニングほども投げることもあったのだ。


 一回と二回に、それぞれ一失点。

 ビッグイニングを作らないことが、彼の役割である。

 今日のメトロズは、ややリリーフを豪華に使うことが出来る。

 明日の先発が武史のため、あまりリリーフの心配がいらないのだ。

 そしてマイアミとの三連戦が終われば、一日休養日となって、またニューヨークに戻ることになる。


 この日の試合は、本当に乱打戦となった。

 グリーンはどうにか、五回を投げて四失点。

 しかしメトロズは初回以外にも点を取っていって、この時点で二点をリードしていた。

 クオリティスタートも決められない、先発としては微妙なピッチング。

 だがこの日のグリーンには、ツキがあったと言えよう。


 マイアミは若手の選手たちに、好きに打たせていっていた。

 時に連打で点ははいるが、緻密に打線を組み合わせていないため、一挙大量得点というのがない。

 少しずつ点を取ってはいるのだが、それはメトロズも同じ。

 そして根本的な打力は、メトロズの方が上なのである。


 マイアミの首脳陣としては、この試合の采配をどう考えているのか。

 対戦する立場ながら、大介は不思議に思っている。

 この数年、マイアミとは地区が同じなため、何度も対戦している。

 そして命知らずにもと言うか、大介と勝負しにくるピッチャーがいるのだ。

 今のところスーパーエースクラスのピッチャーは、そうそう出てきてもいない。

 出てきたとしても、大介に対抗できるかは微妙なところだ。


 大介はこの試合、六回も打席が回ってきた。

 そしてそのうちの五回を、勝負してもらえたのだ。

 しかし第一打席を除いては、打てそうなボールも角度が足りない。

 外野のほぼ正面という打球が二つあって、それがアウトになってしまった。

 ライト前への当たりが良すぎて、危うくライトゴロになりかけたこともある。

 しかし他にも一本外野の間を抜く打球で、打点を稼ぐことが出来た。

 今年の大介は去年と違って、打点と得点の数がほぼ等しい。

 やはりステベンソンを獲得したのは、正解だと言ってもいいだろう。


 最終的なスコアは、どちらのチームも二桁得点という、まさに殴り合いの勝負になった。

 そして今年は案外、こういう勝負に負けているメトロズであるが、今日は見事に勝利した。

 12-10にて、勝利投手は先発のグリーン。

 四点も取られて、そしてそこからさらに後続が六点も取られたのに、一度もリードだけはされなかった。

 こんな形で勝ち投手になるのも、あると言えばあるのだ。

 

 勝敗自体は、まさに打撃力で獲得した勝利であった。

 しかしメトロズが確実に勝てるパターンは、武史が完封するという、パターンと言うにはあまりにもあまりな、その勝ち方しかない。

 ベンチの首脳陣としては、勝てたこと自体はいい。

 だが未来に勝利が見える、そういう勝ち方ではない。

 大量の点が入って、見ている者としては面白かったかもしれないが。


 せっかく配球を組み立ててリードしても、あまり効果がないのに悲しくなる坂本。

 しかし本当に、この投手陣の崩壊はどうにかしないといけないのではないか。

 このカードが終わってニューヨークに戻れば、リリーフ陣をかなり入れ替える準備はしてある。

 ただリリーフが安定するのに、まだ時間がかかるのではないか。

 苦しく、耐える試合が続いていく。

 大介の無茶苦茶な記録だけが、メトロズの明るい要因かもしれない。

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