第10話 圧倒的に空気を読まない
ロッカールームが刺々しい空気に満ちている。
そんな中でも本日の先発、武史はヘッドホンで音楽を聞いていた。
数百曲の中から、ランダムで再生されるのは何か。
(う~ん、季節が合わない)
夏の嵐、あるいは甲子園の戦い。
一応この時期にもセンバツは行われているが、春の甲子園である。
(最近はどうなってるんだかなあ)
卒業して知っている後輩もいなくなると、高校野球はほとんど見なくなった武史である。
高校から大学の七年間が、自分の人生が一番長く感じられる時期であったと思う。
プロ入りなどしてからは、シーズンは本当にさっさと過ぎてしまう。
一般人に比べれば、かなり生活リズムは違う。
シーズンオフ以外は、ほとんど遊んでいる暇もない。
もっともそれは子供たちが多いから、遊ぶ暇はどの道ないのだろうが。
遠征の多い武史は、子供たちのことも恵美理に任せてしまっていることが多い。
シーズンが終わればやっと父親らしいことが出来るのだが、子供たちは子供たちで、普通に学校があったり友達と遊んだりする。
そもそもアメリカにいることによって、武史は日本時代の人間関係とかなり切れている。
同じチームに大介がいるのが救いであるが、大介にはツインズがくっついている。
なのでニューヨークにいる間は恵美理と子供たちにべったりとついて、遠征先では大介にくっつく。
そんな付属物的な行動をしているのが、武史であるのだ。
こんなやつが強いのだから、才能というのは非情なものである。
中五日で投げるのは、フィラデルフィアとの最終戦。
完投する準備は出来ていた。
ホームでの六連戦最後の試合。
明日からは遠征が2カード続き、次に投げるのはマイアミが相手だ。
今年も絶賛大不調のマイアミ。
もはや他球団の草刈場と化している。
とりあえず目の前にあるのは、フィラデルフィアとの試合。
勝てるだろうとは思っているが、今年のメトロズは本当に、失点が多すぎる。
得点力はやはり、それほど落ちていないのだろう。
ただ負けた試合の三つが全て二点差と、ここぞという時の点が取れてないように思える。
開幕初戦は13点も取って圧勝したのに。
チームの戦力のバランスが良くないのだ。
特に顕著なのは、リリーフピッチャーの力だ。
ジュニアが突発的に失点し、二回でマウンドを降りたのは例外とする。
それ以外は六回まで、先発が投げているのだ。
さほど期待していなかったグリーンも、六回を五失点という内容であった。
打線はここまで全ての試合で、五点以上を取っている。
去年はレノンというクローザーがいて、平均よりはずっと上の働きをしてくれた。
最強レベルの、それこそ上杉ほどのクローザーではないにしても、彼との契約をまた結ぶことは出来なかったのか。
出来なかったのだろう。打線をその分強化した。
武史としてはあまり自分には関係ないと思うが、それでもチームとしては、優先順位が間違っていたのではないかと思う。
ペレスとシュレンプは去ったが、グラントとステベンソンを獲得した。
しかしラッセルがやや不安定ではあるが、長打はかなりの成績を残している。
彼をDHで使い、時々守備をやらせた方が良かったのではないか。
グラントは確かに打撃はあるが、守備をさせると故障の危険性がある。
故障持ちの選手を使うのは、かなりの冒険だと思うのだ。
やはり補強に失敗している。
それでも武史の成績には、何も影響はなさそうであった。
フィラデルフィアとしては、乱打戦に持ち込めば、充分な勝算があると考えていた。
ただそれは難しいだろうな、とも思っていたのだが。
武史は昨年にMLBデビューして以来、まだ一度も負けたことがない。
レギュラーシーズンは28先発の26勝0敗。
そしてポストシーズンでも、5勝0敗。
ポストシーズンで直史に、唯一の負け星を与えたのが、武史にとっての最大の勲章だ。
おかげで直史はレギュラーシーズンこそ連勝記録が続いているが、ポストシーズンで負け星がついた。
MVPは大介が獲得したものの、ナ・リーグのサイ・ヤング賞は万票で獲得。
奪三振のシーズン記録を、大幅に塗り替えた。
開幕戦のピッチングなども、まさに圧巻であった。
昨年の奪三振率は18オーバーと、つまり1イニングの間に取るアウトは、平均して二つ以上だということだ。
よくもこんなものに、負けなかったピッチャーがいるものだと思えば、それは実兄の直史である。
ただNPB時代の成績を見れば、もう少し負けているはずなのだ。
MLBは世界最高のリーグのはずで、NPBからやってきたプレイヤーも、おおよそは成績を落とす。
しかし逆に成績を伸ばしているのが、バッターでは大介、ピッチャーでは武史なのだ。
なお、直史はNPB時代でも無敵であったため、成績が落ちたのか伸びたのかは分からない。
武史の攻略法は、序盤から早いカウントで打っていくこと。
投げさせる球数が少なくなってしまうが、アイドリングが済んでしまえば、より手に負えなくなる。
セイバー的な指標であっても、バッターは初球から積極的に打っていくことが推奨されている。
しかし一番打者相手に、いきなり105マイルを投げてくる。
去年も体験しているが、これがさらに上がってくるのか。
自分には打てそうにないことから、球数を投げさせようかとシフトするバッターもいる。
だがどのみち、当てるだけでも難しいのだ。
序盤はスプリットが決まれば、ほぼ確実に空振りが取れる。
前日、直史は派手にパーフェクトを達成していた。
別にそれに、影響される武史ではない。
だがもっと単純に、彼は力を出す条件が揃っていた。
嫁と息子たちが、観戦に来ていたのである。
VIP席からしっかりと、視線を感じている武史。
本日四月四日は、彼の誕生日であったりする。
何か勝つ理由があれば、負けないのが武史だ。
一回の表は、三者三振でスタートした。
なお使った球数は10球であった。
このスタートによってスタジアムは、一気に盛り上がった。
やはり奪三振というのはいい。
前日は西海岸で、直史がもっと派手なスタートをしてはいる。
だが表示されるスピードに、観客は感情を爆発させるのだ。
105マイル。
昨年のポストシーズンでは、107マイルを記録している。
おそらくそれは、本当の切り札。
普段の105マイルは、安定して投げるために手を抜いている。
などと思われていたりしているが、実際は舞台がリミッターを解除させただけである。
おかげであの試合後、武史は肩をはじめあちこち、筋肉痛になったものだ。
レギュラーシーズンのみならず、ポストシーズンでも、本当に後がないという試合以外では、そこまでの限界に挑もうとは思わない。
武史は別にこのMLBの舞台に未練などないが、故障はしたくないのだ。
めんどくさい男である。
三者三振でスタート。
おそらくこの試合も、エラー絡みの得点や、偶然の一発以外は、点を取れないだろうと思われる。
フィラデルフィアはステベンソンが出塁して、大介の申告敬遠をする。
なんとも潔いと言うか、いくらなんでも初回から敬遠か、と思わなくもない。
だが大介は前の試合まで、打率が七割を超えている。
五試合で15打点という数字を見れば、勝負していい相手ではない。
一応はまだ0-0というスコアである今は。
三番シュミットは、何気に今年、長打は少ないが打率はキャリアハイに近い。
大介とステベンソンのおかげで、単打で点が入るという状況が多いからである。
そしてここで選択したのは、なんと送りバント。
一回の裏、ノーアウト一二塁で、三番打者の選択ではない。
だが投げているのが武史であるのだから、ここは三塁にランナーを進める意味が増してくる。
得点の期待値で言うならば、大量点につながる可能性は、ここは間違いなく強打である。
だが確実に一点を取るならば、スクイズ、タッチアップ、パスボールの可能性まで含めると、ランナーを三塁に進めた方がいい。
メトロズのFMディバッツは、野球の原点の一つに立ち返った。
相手の嫌がることをする、というものである。
今日の武史の調子を見ていれば、一点で決まる可能性があると、フィラデルフィアは判断したのだろう。
だから大介を歩かせて、ピンチを拡大してでも、一発の可能性を排除した。
一点も取られたくないフィラデルフィアに、一点はほぼ入る状況を強いる。
ステベンソンの足ならば、内野ゴロでも一点は入るだろう。
ここでもフィラデルフィアは、攻撃的な守備のシフトを敷く。
内野は前進守備。外野は低位置よりやや前。
ポテンヒットを許さず、外野フライもホームで殺す。
その意思ははっきりと分かったのだが、この状況で打てない四番がいると思うのか。
メトロズの四番グラントは、基本的にクラッチヒッターの傾向である。
だから本当に攻撃的に守るなら、グラントまでも敬遠すべきであったのだ。
そのあたりフィラデルフィアは、覚悟が足らなかったと言うべきか。
膝元に厳しく攻められたボールを、グラントはジャストミート。
レフトが追いかけたが、打球はフェンスにまで達する。
グラントは無理をせず二塁で止まったが、当然ながらステベンソンと大介はホームを踏む。
一気に二点を入れる、主砲としての働きであった。
二点。
去年の武史が、最も点を取られた試合が、二点である。
つまりこの時点で、ほぼ試合の勝敗は決した。
ここから展開されるのは、ゲームではなくショーである。
そんな気楽な状況で、五番坂本の打ったボールはスタンドイン。
今年は坂本もキャッチャーの役割にリソースを取られているが、この試合は比較的楽にリードが出来る。
一挙四得点で、メトロズは初回で勝負を決めた。
ゲームが終わりショーが始まる。
即ち大介と武史の、バッティングとピッチングによるショータイム。
いつもそうやっていると言うか、開幕戦もそうだったような気がするが、メトロズの打線は全くもって容赦がない。
アンリトンルールで試合の展開をさっさと終わらせようとはするのだが、安易に勝負に行けばホームランを打つのが、大介のお仕事である。
ただ六試合目にして今季初の三振をしてしまったのは、相手を甘く見すぎていたかもしれない。
最後の打席は無理をせずに、ボール球を見逃してフォアボールを選んだ。
最終的なスコアは11-0と、開幕戦ほどの無茶苦茶な数字にはならなかった。
いや、もちろんこれも充分に無茶苦茶な数字ではあるのだが。
「これで打率が七割、出塁率が八割ってほんと化け物だな」
「いや、この試合に限って言えば、お前の方が化け物だと思うぞ」
そんな会話をかわす義兄弟を、何この化け物たち、とチームメイトは畏怖の目で見ていた。
大介は三打数二安打一ホームランの二打点。
開幕六試合、2カードを終えた時点で丁度打率が七割、出塁率が八割となった。
ただこれはステベンソンの扱いをどうするか、他のチームがまだ迷っていることから、生み出された結果であるだろう。
開幕から序盤が恐ろしい数字になるのは、毎年のことである。
だからさすがに、もう少ししたら落ち着くと思うのだ。
なおこの試合、武史も九回を完封していた。
28人に被安打一本98球20奪三振。
エラーとフォアボールがない、おしくもノーヒットノーランならずというピッチングである。
二回の表にポテンヒットを打たれたので、むしろそこからは守備陣も硬くなることなく守っていけた。
もっとも20個も三振を奪ってしまうと、守備の機会がなかった選手も出てくるのだが。
それはそれでちゃんとカバーに入っていたかなど、注意されることになる。
三振を量産して、何気にマダックスも達成している。
準ノーヒットノーランの方が分かりやすいが、マダックスはこの数年で、急激に普及してきた評価基準だ。
主にマダックス生産機の誰かさんのせいである。
ともあれこれで、メトロズも勝率を五割に戻した。
試合後のインタビューでは、前日の直史のパーフェクトと並べて、武史に質問が出てくる。
「いや、あの人は別に、パーフェクトは狙っていないと思うけど」
それ、絶対に嘘ですよね、と記者たちの表情が語っている。
だが実際のところ、武史としても狙ってパーフェクトなどは出来ないのだ。
上杉もおそらく、本当に狙っては出来ていないと思う。もっとも超人の内面を、勝手に推し量ることは難しいが。
本来なら内野の間を抜けたり、ポテンヒットが出てくるので、奪三振の多い武史の方が、狙ってパーフェクトはしやすいのかもしれない。
しかし直史は、上杉とも武史とも、また甲子園で投げあった真田などとも違う感覚を持っているのだと思う。
もし同じ景色を見ている者がいるとすれば、それは樋口であるだろう。
高校時代の直史は、一試合を完投することなどもあまりなかったため、案外ノーヒットノーランなども多くない。
地方大会の弱いチーム相手では、コールド勝ちしてしまうこともあるからだ。
しかし大学に入ってからは、デビュー戦にて完全試合。
NPBデビュー戦はパーフェクトリリーフで、MLBデビュー戦はまたもパーフェクト。
NPBからの通算勝利数は114勝となり、レギュラーシーズンでは無敗。
上杉でも武史でも、デビュー年でいきなり無敗ということはあったが、それでも二年目以降は、それなりに負けているのだ。
どこにどう投げれば、どういうような打球が飛ぶのか。
それを理解しているように、傍からは見えるだろう。
確かにそう、自分でも錯覚する時はある、と直史は言っていた。
武史にはそれはない。
ただキャッチャーのミットに向けて、全力で投げ込む。
それが打たれないと確信する時はあったりするが、実際には打たれたりもする。
今年のメトロズは、おそらくクローザーが確定するまで、難しい試合が続いていくだろう。
ならばクローザーを必要とせず、全て完投してしまえばいい。
あるいは今日ぐらいの点差があれば、それこそリリーフを試しても良かったのだ。
マダックスの可能性があったため、なかなかベンチも武史を代えることが出来なかった。
次からは自分が、FMたちに言うべきであろう。
ともあれこれで、メトロズは開幕からのホームゲームを終了する。
明日は移動し、そのまま試合となる。
対戦相手は同じ東地区のワシントン。
去年に比べると今年は、ちょっとは強くなっているそうである。
「しかしせっかくの誕生日に一本だけヒットを打たれてノーノーまで逃すってお前らしいな」
大介はそう言ったが、それは黙っていてほしかったものである。
開幕戦こそ他地区のセントルイス相手であったが、もちろん対戦相手は同地区のチームが多くなる。
ただ今年は四月から、他の地区を相手にすることが多いようだ。
数年のスパンによって、不公平にならないように対戦相手は決められる。
既に来年の予定日も、実は決定していたりするのだ。
そんなMLBであるが、メトロズ、ワシントン、そしてフィラデルフィアは、かなり距離が近いチームだ。
今回の場合、ニューヨークからワシントンは、地図で見ればすぐ近くに見える。
だがそれは日本地図に慣れた人間であって、実はニューヨークとワシントンの間は、おおよそ東京と名古屋間ほどの距離がある。
移動時間で言うならば、飛行機で一時間、アセラ・エクスプレスで三時間。
この距離を飛行機移動するというのは、日本人であれば違和感があるかもしれない。
特にセ・リーグであると、東京から広島までも、それほどの距離とは感じない。
日本の陸の交通網は、それだけ長距離移動には向いているのだ。
さて、敵地にて行われる、第一戦である。
舞台はワシントンのフランチャイズ、ナショナルパーク。
左翼のスタンドの上段には桜の木が植えられていて、日本人には少し郷愁を誘う時期があったりする。
ここでの三連戦は、初戦がリリーフからコンバートされているウィルキンス。
ロングリリーフや序盤の先発が崩れた時に、出番のあるピッチャーである。
長いイニングを投げる経験を買われて、ジュニアの抜ける予定の二試合を、先発として投げる。
ただし本人には、この数年先発で投げた経験がない。
能力的には悪くないピッチャーだ。
しかし厳しい場面を抑えるような、ピッチャーとしての本質的な重要な部分に欠けていると言われる。
それでもMLBの世界で、今年でメジャー四年目となる。
割り切れれば彼も、もっと活躍できるだろうにな、と大介などは思うのだ。
前日完投した武史は、もちろん今日は軽い調整をしただけ。
ノースローではあるが、肩回りを動かすことはやっておいた。
筋肉を酷使はしないが、腱や靭帯はしっかりと柔軟性を調整しないといけない。
そしてのんびりと、試合の行方を見守る。
アウェイのメトロズは、この試合では先攻。
まともに勝負してくれば、確実に先制点は取れる。
「あ」
ステベンソンが惜しくもアウトになって、大介はランナーがいない状態で打席に入った。
そして初球を打ったそのボールは、スタンドに入った。
様子見などすることのない、今季第六号ホームラン。
なおこれは、まだ七試合目である。
初回にいきなりホームランを打たれたものの、ワシントンはその一点だけに抑えることが出来た。
そしてその裏、ウィルキンスがマウンドに立つ。
普段とは全く違う状況での、先発登板。
今のところの予定では、二試合だけを投げれば、またジュニアが戻ってくるはずである。
序盤に先発が崩れたり、あるいは充分に点差があった場合など。
ウィルキンスはプレッシャーの少ない状態で、いつもは投げているのだ。
気が弱いというわけではなく、プレッシャーがあると力が入りすぎる。
そしてコントロールが乱れるというのが、いつもの彼のパターンだ。
リリーフで投げることが多く、そして実は勝ち星の方が負け星よりよほど多い。
もちろん一番多いのはホールドの数だが。
表の攻撃で、一気に大量点が取れていれば、あるいは実力が全て出せたのかもしれない。
だがわずか一点となると、やはりプレッシャーは消えない。
ベンチは彼に、五回までで四点ぐらいなら、それで充分だと言っている。
だがそういった心遣いに対しても、逆に怒りが湧いてきたりする。
要するに、メンタルコントロールが出来ていないのだ。
なので自分のメンタルを気にしない、そういう状況で使っていけばいい。
敗戦処理を早いイニングからさせれば、案外点を取られずに長いイニングを投げる。
そこにメトロズの攻撃力が加われば、逆転する試合もないではない。
ただそうなると、今度はまた失点出来ないプレッシャーが発生する。
するとまたコントロールが出来なくなるので、勝利投手の権利をもらったところで交代。
結果的に勝ち星がつくというわけだ。
大差で勝っている時は、あまり逆転されることがない。
負け星がつくのは主に、僅差の試合で使わなければいけない時だけだ。
なお大差で勝っていて、そのまま長いイニングを投げて、セーブがつくこともある。
大事な試合では使えないが、レギュラーシーズンではそれなりに使いどころがある。
こういうピッチャーも必要なのだ。
ただ初回に大量点を取る、というメトロズのプランは上手くいっていなかった。
そしてベンチが危惧した通り、初回からノーアウトのランナーを出す。
ブルペンの準備は早々に始まるが、さすがに初回ぐらいはなんとかしてほしい。
それが正直なところであろう。
甘く入ったボールを、三番は強烈に左方向に引っ張る。
クリーンヒットでこれは満塁か、と思えた打球に対して、大介は反応していた。
ライナーの打球をジャンピングキャッチして、空中から二塁カバーのセカンドに投げる。
わずかに飛び出していたランナーが、帰塁が間に合わずにアウト。
ただし一塁ランナーは、どうにか間に合ってトリプルプレイとはならなかった。
野球は一人でやるスポーツではない。
もちろん場面によっては、ピッチャーとバッターの一騎打ちのような場面も、必ず出てくる。
しかしピッチャーは、自分のバックを守ってくれる、七人の味方を思い出せばいいのだ。
そして自分をリードしてくれる、キャッチャーという相棒のことも。
瞬発力の怪物のようなプレイで、ピンチの度合いを一気に低下させた大介。
だがその表情は飄々としていて、特にスーパープレイだったという気配も見せない。
当たり前のことを、当たり前にこなす。
そんなショートストッパーの気配が、マウンドのウィルキンスにも伝わった。
肩の力が抜けたウィルキンスは、次の四番をフライアウトにしとめる。
そして二回以降も、充分にプレッシャーの抜けた、いいピッチングが出来るようになっていたのだった。
ウィルキンスのこの日のピッチングは、充分に及第点と言えるものであった。
だがベンチの首脳陣は、この試合だけを見て、彼の先発転向などを考えたりはしない。
もちろん今のメトロズは、リリーフのみならず先発もやや苦しい状態にある。
それでも必要なポジションの重要性は、リリーフを優先しなければいけないのだ。
試合はまさにウィルキンスが、六回までを三失点のクオリティスタート。
そしてメトロズ打線は、それまでに七点を取っていた。
七回も投げたウィルキンスは、さらに一失点したがリードした状態でリリーフに継投。
そして三点差のあるメトロズは、さらにその点差を広げていった。
MLBはどのチームも、ワールドチャンピオンを目指して、チーム作りをしている。
だがおおよそは優勝するようなチームは、そのシーズン中に爆発的な成長を遂げる選手がいたりするものだ。
ウィルキンスがそうなるかは、まだとても断言できない。
しかしこの日、どうにか勝ち星をつけたウィルキンス。
彼のメンタルにも、わずかな変化はあったのかもしれない。
なおそれなりに大きな点が取られていく試合の中、大介は三打席も敬遠されることとなった。
だがホームラン以外にも、単打で打点を稼いでいる。
打率と出塁率が、さらに上昇。
ひょっとして今年は、五割打者が出るのではないか、などとのたまう人間もほんの少しいたりした。
少なくとも去年と同じように、打率のシーズン成績は、更新の期待がかかっている。
敬遠の乱発が発生するのは、おそらくもう間もないであろう。
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