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「じゃあ行くか」


「うん。そうだね。行こうか」


凪元が頼んだものが飲み終わり落ち着くまで凪元の話に相槌を打ったり、窓から見える外の景色を眺めたりしながら時間を潰した後、店を出た。


俺たちは制服を着てそのまま行くことにした。

後輩が先輩の家に訪ねる構図になる。


実際に先輩に会う予定はないのだが。

恐らく会えない。



「荷物は軽くしたいな」

外に出た時、あまりの暑さにひとりごちた。

(独り言を言うことを、独りごちる、と言うらしい。最近知った。更に言うと、独りごちるは本来なら誤りで、独り言つ(ひとりごつ)、が正しいらしい。最近知った)

短縮授業のお陰で、普段よりもカバンの中は軽いとはいえ、それでも身軽にしておきたかった。


「木々村くんのカバン、重そうだもんね。僕の家に寄って、カバン置いてく?」


「あー、それもいいな」


ポロッと漏らした小言だったが、凪元に拾われた。

凪元が提案しなければ俺は一度家に帰ってから行くことにしただろう。

もしかしたら凪元はその手間を疎んで提案したのかもしれなかった。




凪元の家に行く途中

「どうせ僕の家に寄るなら最初から僕の家に集合すればよかったじゃん!って思ってない?」


「いや、別にそんなことないが」

むしろそんな話をされて、いきなり感の方が強い。

「僕はフラッペが飲みたかったから、わざわざあの喫茶店を集合場所にしたんだからね」


「そうか」


「僕の家にクーラーがないから、とかそんな理由じゃないからね!」


「いや、お前の家にエアコンはあるだろ」


俺は何回か凪元の家に行っている。

その際にエアコンが備えられていたのは知っていた。



そういえば、あいつは今、歩きながらも「あちー」「溶けるわー」「あつはなついぜ」(意味不明)などと夏に対する呪詛をうそぶいてはいるが、家の中では暑い中もクーラーをつけなかったな。


5月や6月の上旬辺りはクーラーをつけない縛りでもしてるのかもしれないが、もしかして家のクーラーが壊れてるとか?

そういうこともあるのかもしれない。


「もしかしてクーラーが壊れてるとか?もうクーラーないと厳しいだろ。早く直した方がいいんじゃないか」


「いや、そんなんじゃないから。本当にフラッペ飲みたかっただけだから」



凪元はそうは言っていたが、真実は闇の中。

だがクーラーが壊れたことなんて、別に隠すことでもないと思うけどな。



凪元は自分の家の大きな門を開け、俺を中に通すと

「木々村くんがどんな勘違いをしてるかわからないけど、別にクーラー壊れてないから。

リビングに行くよ」


とリビングに案内された。


いつも通り、整って、綺麗に清掃されている廊下を通る。

凪元のおじいさんがここに住んでいた時から雇われている使用人さんが手入れをしてくれているようだ。


扉を開けてリビングに入る。

以前稽古をこの家で行った後、ここでゆったりと落ち着きながら水沢上をどうするか話し合った場所だ。


ここで凪元がエアコンのスイッチをつけた。

起動音がして送風口のところが開いた。


「ほら、つくでしょ?壊れてないから」


と言って、俺にクーラーの風に当たるようにしてくる。

「いや、わかったから」


わざわざクーラーをつける必要があったのかはまるでわからなかったが、凪元的には強い拘りがあったようだ。


「この辺に荷物置いていいから」

凪元に促され、俺は荷物を軽くした。


「さぁ、行くか」


「うん」

と、凪元を見ると、肩掛け鞄を右肩にかけていた。


「お前は荷物持っていくのか?」


「うん。万が一に備えてね〜」


「そうか」


荷物の中身は何が入ってるかはわからないが、凪元は持っていくことにしたようだ。


「場所はどこなんだ?」

「ここから駅で2駅行ったところ。住所は聞いたから間違ってなければ、電車降りてからマップアプリでたどり着けるよ」


電車か。

この高校に行くときに電車を使わずに歩いてたどり着ける距離のところに部屋を借りたから、最近は電車に乗るなんてことは滅多になかった。

慣れていない電車というのは、少し緊張する。


小さい頃に感じたエスカレーターに乗る時ほどの恐怖はないが、プラットホームと電車の僅かな隙間が、電車を乗る際の幼心に緊張感を与えていた。


今は恐怖こそ感じないが、昔感じたその思い出が完全に消え去るほどには電車に乗り慣れていなかった。


その戸惑いが凪元に悟られないといいが。


「電子マネーとか持ってる?」

「いや……。あー、これか」


こっちに来るときに「便利だから持っておいた方がいいよ」と殿子さんに言われて買ったチャージ式のカード。

俺は使ったことがなかったが、そういえば、これも使えるんだったな。


明らかに素人丸出しの所作であったが、凪元はそんなの織り込み済みだとでも言わんかのように、何の反応もせずに話を続けた。


「ああ、それそれそんなん。残高どんくらいよ?」


「多少はあると思うが」

「1000円あれば往復で足りると思うけど」

「それなら大丈夫だ」

5000円ほど残っていたはず。


「じゃあ、いいね」


電車に乗るまで、俺たちはいつものように凪元の言うネタフリのようなセリフに俺が相槌を打つというような会話を繰り広げ、俺はその最中、努めて緊張が漏れないようにしていた。


話していたお陰か、緊張の程度はあまりに軽度だったため、表に出さずに済んだと思う。乗り込む際も自然にできたと思う。

どうだろうか?


凪元の表情からは、俺の緊張をどれだけ感じていたか測ることはできなかった。


また「浮世離れしてるなぁ」くらいは思われていたかもしれないが。


時間帯はお昼過ぎ。夕方前だったからか、人はまばらだった。

まぼらだったけれど、身体の熱は逃げていかなかった。夏の外気で温められすぎたのか。


その中では車内のクーラーがありがたかった。

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