第36話 八月の熱いアメリカ
八月に入ってから、メトロズは五連勝。
ただこれが直史の力だ、と一人に原因を帰結するのは無理がある。
確かに直史は、二回登板して2セーブを上げた。
だがいくらランナーを一人も出していないとしても、まだたったの2セーブなのだ。
20世紀も終盤に入ってからは、クローザーの重要性はどのチームも分かってきた。
そしてそれがどれだけ大変なのかも。
正しく評価をするには、まだ早い。
一応MLBにおいて、年間でブロウンセーブゼロ、つまりセーブ機会全て成功というのは、前例がある。
上杉がそうであるし、上杉は超人だから例外としても、他にもいることはいるのだ。
レギュラーシーズン無敗のまま、三年目に突入した直史。
単純に考えるなら、セーブを全て達成するのも、充分に可能だと思ってしまうだろう。
だが直史としては、いくら無失点のピッチャーであっても、先発からクローザーへの転向は、そう簡単にはいかないものだ。
(今日は出番があるかな)
この待っている時間が辛い。
先発の場合は遠い先まで、予定は決まっていた。
なので投げない日は投げない日用に、体を整えていたのだ。
直史のコントロールとは、単純にコースのコントロールだけではなく、コンディションのコントロールも含む。
これもまた短期決戦であれば、気合と根性で調子を整える。
だが二ヶ月もあるとなると、バイオリズムの低下はどうしても訪れるのだ。
スポーツというのは結局、最後には自分との戦いになるのだろう。
純粋に数字を争ったり、交互に競ったり、あるいは対戦したり。
そういったものは全て、枝葉末節である。
自分のパフォーマンスをどれだけ上げて、そしてその状態を保つか。
慣れれば直史も、一年を通じてクローザーを出来るのだろう。
だが今の自分では、本質的には先発の方が向いていると思うのだ。
リリーフでも先発が崩れた時に、投げるような便利屋ではない。
必ず試合の終盤に投げる、というわけでもない。投げない時もある。
ただ試合の中盤で投げることは、さすがにないわけだが。
この試合の場合、先発のグリーンは相手に先制を許した。
だがそこから追いかけていくのが、メトロズの野球である。
アナハイムも充分に得点力のあるチームであったが、樋口は坂本以上に計算高かった。
いや、坂本も彼なりの、博打的な計算はしているのだろうが。
点を取られても、すぐに取り返してしまうメトロズ打線。
しかしその得点力に、甘えてしまうピッチャーもいるかもしれない。
ウィルキンスやこのグリーンなど、FAになる時に普通に放出してしまうのではないか。
ピッチャーは知らない間に、このメトロズの打撃に頼ってしまうことになる。
お互いに支えあうならともかく、一方的になるとそれは問題だ。
もちろんこんなことを考えるのは、直史だからと言えるのかもしれないが。
試合は中盤に入り、ピッチャーは継投していく。
スコアは互角であり、どちらにも決定的な場面が出ない。
大介はフォアボールを選んだ後は、ボール球を打って凡退。
このボール球を打つことによって、大介の選球眼がいまいちだと、勘違いしたことを言っている解説者もいる。
もうボール球を打たなければ、ピッチャーは勝負してこないのだ。
NPBでもそうであったし、MLBでもそうだ。
まともに勝負したのは、それこそ直史ぐらいであるか。
これもまた、大介にとっては己との戦いなのだろうな、と思う。
散々歩かされることによって、己のバッティングを忘れてしまうのではないか。
ちょっと外した程度なら打たれてしまえば、申告敬遠はどうなのか。
この試合は盗塁をまた一つ決めて、既に盗塁王のタイトル圏内にいる。
そして珍しくも、今年初めての三塁打を打って、自分でチャンスを作り出した。
あくまでもチャンスであり、得点に至るホームランではない。
ただこのチャンスを、当然のようにものにするのが、メトロズというチームである。
(よく勝てたもんだな)
そう思う直史は、自分が去年の最盛期よりも、衰えているのではと感じたりもする。
「サトー、準備しろ」
「イエッサー」
それでも変わらず、役割を果たすだけだ。
8-7でメトロズの勝利。
九回の表に直史は、内野ゴロ二つと三振一つでシンシナティ打線を封じ込めた。
第二戦の先発は、武史となる。
メトロズの打線の破壊力を考えれば、武史の球数がある程度増えたとしても、直史を必要とはしないように思える。
これで六連勝。
おそらくシンシナティ戦は、三戦とも全部勝てるだろう。
アナハイムなら諦めていた相手であっても、打力でさらに上回り、粉砕して勝利する。
この打線の爆発力というのは、やはりすごいものだ。
ただ平均的な得点だけは、今年はミネソタの方がまだ上なのだ。
直史は今年、既にミネソタ相手に二度完封している。
このメトロズに比べて、ミネソタの方が上とは思えない。
(大介がいるからかな)
ミネソタにもブリアンがいるが、大介ほどの異能生命体ではない。
改めて考えると、不思議な話である。
直史は最強のバッターと対戦すると思う時、常に大介を想定していた。
真田のような特殊効果のボールは持っていないので、正面から対決するしかない。
だが普通のコンビネーションでは、大介には通じない。
そう思ったからこそ、ゾーンよりもさらに違う領域。
相手の心臓の鼓動まで読む、トランスの状態を手に入れたのだ。
あれは本当に、魔法のようなものである。
それに自由自在に使えるわけではないし、おそらく生命力を削っている。
スポーツ選手の平均寿命は、多くが一般人よりも短い。
野球などでも短い傾向はあるが、それが果たして野球ばかりによるものか。
長生きをして、畑を耕し、孫や曾孫を見ることが幸せ。
直史は本来、牧歌的な世界に生きるべき人間だったのかもしれない。
しかし正しく才能と言うよりは、異能とでも呼ぶべきものを持っていた。
そのために今、地元どころか日本さえ離れて、こんなところで野球をしている。
今日は九球も投げてしまった。
全員を奪三振で打ち取るのと、同じ球数である。
七月までの直史の奪三振率は、11.67とMLBに来て以来の高さとなっている。
だがこれでもまだ、NPB時代よりは低い数字なのだ。
クローザーに必要不可欠ではないが、実際には求められているもの。
奪三振率がそれである。
内野ゴロやフライよりも、さらに確実にアウトを取る方法。
クローザーはそれを重視するし、安定感があるとも言える。
ここまで25試合、一点も取られていない直史を相手に、安定感もクソもないと思うのだが。
直史としては及第点である。
3セーブ目でこれでインセンティブが30万ドル。
なるほどモチベーションを保つためには、これはいいなと考える。
もっとも全ての選手にこんな、成果報酬型の契約を結んでいれば、MLBはぐちゃぐちゃになるだろうが。
年俸1000万ドルに、各種の条件によるインセンティブ。
200イニング登板だの、200奪三振だの、今の分業型のMLBでは、かなり達成は難しいものだ。
だがそれを全て、達成してしまうのが直史だ。
さすがにシーズンMVPだけは、ア・リーグの方はブリアンあたりが取るだろうが。
第二戦、基本的には直史が投げることはないだろう。
ここまで武史はずっと、完投の方が多かったのだ。
点差がついていれば球数が増えても、他のリリーフで充分。
直史がここから全てのセーブ機会をセーブしても、武史には及ばない。
もっとも二位の投票ならば、それなりに入るのだろうが。
直史としてはこのまま、どれぐらいセーブ機会があるかを考える。
メトロズは今年ここまで、一点差で負けている試合が18試合もある。
もちろんこれは逆転負けだけではなく、追いつけずに負けた試合も多い。
そしてアービングがセーブに成功した試合も、それなりにある。
なのでおそらくここからは、20セーブほどが限界か。
しかし直史の力ならば、二点差などでもリードしていたら使うだろう。
30セーブも出来れば、300万ドルのインセンティブ。
大介の年間3000万ドルにインセンティブをプラスというのに比べれば、ずっとささやかなものだ。
しかし物事は、上を見てばかりいては際限がない。
ずっと上を見るならば、技巧の高みを目指す。
それが直史のやっていることだ。
直史はようやく、生活環境が落ち着いてきた。
なんだかんだ言いながら、MLBだけでなくスポーツ選手は、私生活までちゃんと管理してくれる人間がいないと、大成は難しい。
己一つでハングリーな環境からメジャーへ、というのは現実的ではないのだ。
メジャーまで昇格できそうな人間は、必ず代理人がついてくる。
代理人の存在は重要なことで、もちろん選手の有望さによって、かけられる力は変わる。
しかし己のマネジメントしてくれる存在は必要だ。
大介などはそのよく分かりやすい例であろう。
対して直史は、本来なら自分の身の回りのことは自分で出来る。
だが家庭を持って子供たちがいるとなると話は別だ。
瑞希が本業の方を休んで、家で仕事をしているから成立している。
本業をするよりも多分、こちらの方が稼いでいるかな、と呟くことはあるが。
直史をマネジメントすると、本当にそれぐらいの金にはなる。
今の直史の生み出す利益は年俸の他に、企業のスポンサーがついていることの収入。
様々な取材については、かなり瑞希が厳選して行っている。
優勝するためにニューヨークにやってきたという意識がある直史は、ファンサービスの意識が薄い。
ただ年配と子供に対しては優しい。女にはあまり優しくない。
彼はフェミニストなので、男と同じようにしか扱わないのだ。身内と伴侶を除いて。
瑞希の著作が原案となったコミックは、長期連載になっている。
まだ高校を卒業していないのだかr、どれだけ続くのかという話である。
もっともタイミング的には、高校卒業あたりで完結させるのが、丁度いいのではと思っている。
最終回はこのMLBで同じチームになった話で〆ればいいのだ。
瑞希の知る直史の物語は、高校以降のものである。
もちろん中学時代の話も聞いているが、回想シーンを入れたりはしない。
瑞希にとってあれは記録であり、ノンフィクションであるのだから。
シンシナティとの第二戦、武史はやる気である。
そもそもシンシナティはそれほど強いチームではない。弱くもないが。
武史が投げる試合に、エースを当ててくるほど、ピッチャー事情に余裕はない。
そんなわけで一回の表、三者凡退からスタート。
そしてその裏、メトロズの攻撃である。
七月の大介の成績は、打率0.341 出塁率0.517 OPS1.676であった。
何かがおかしい。
大介にしては、打率も出塁率も低い。
それなのにOPSは過去最高レベル。
つまり長打が圧倒的に多かったのだ。
この大介の歪な成績は、八月もある程度続いている。
六試合を消化した時点でヒットは六本しか打っていない。
そして半分がホームランである。
長打率にすると、1.1を軽く超える。
年齢的に言って、肉体と技術の最もバランスの取れた時期。
大介は去年よりも間違いなく、バッターとして成長している。
ステベンソンが出塁したのに、大介は勝負してもらえた。
そしてそれを確実に、スタンドに放り込む。
復帰後の一試合に一本というペースはさすがに落ちたものの、まだ二試合に一本以上のペースを保っている。
このまま打っていけば、果たして何本のシーズン記録が出るのか。
もちろんここから限界を迎え、失速する可能性もある。
だが大介は振り返らない。
常に前だけを見て、より高みを目指している。
それはあるいは、足元に気づかずに穴に落ちてしまうような、そんな危うさも秘めている。
しかし大介のレベルにまで達すると、安全装置すらもう邪魔であるのだ。
アクセルを踏み続け、そして崖から飛び上がり、落ちることなく飛んでいってしまう。
そんな無茶苦茶なイメージを持って、大介はプレイしている。
初回から武史は五点の援護をもらった。
こうなるとあとは、相手をどれだけ制圧するか。
そういう問題ではない。
「シンシナティとはどうせ、ポストシーズンでも戦わないだろうし」
直史は日本語で、武史にアドバイスらしきことをする。
「あとは自分と自分のチームの戦力が、減らないように投げるべきだな」
「球数を少なめにってこと?」
「お前にそれが出来るなら、それでもいいと思う」
七回あたりまでに10点ほども差をつけてしまえば、球数次第で武史を降ろしてもいい。
試してみたいピッチャーというのは、ベンチの中には必ずいるものだ。
この試合はもう、初回ではっきりと勢いがついてしまった。
ならば武史も、自分のピッチングの新たな枠を、模索していくべきだろう。
直史がいなくなれば、大介が対決を楽しみにするピッチャーなど、ほんのわずかになってしまう。
記録との戦い、自分との戦いというものはあるが、大介は好敵手と対戦してこそ燃える。
武史の契約は双方にオプションがついて、最長で五年となっている。
今のパワーピッチャーである武史では、大介とは相性が悪い。
しかしチームが別になるまでに、武史を鍛えておけば。
競い合う人間がいるからこそ、人は高みに登れるということもある。
もちろん誰とも競うことが出来ず、ただ自分の妥協とのみ戦わなければいけない、そんな孤独な戦場もあるが。
少なくとも今の大介には、まだ戦う相手がいるのだ。
(武史がピッチングの幅を広げたら、それなりに相手になるとは思うんだが)
本日の試合、メトロズは打線が爆発した。
八回の終わったところで、13-0と圧倒。
そして100球を超えた武史は、他のピッチャーにリリーフすることになった。
今までの武史としては、万一のリリーフ失敗を恐れて、少しばかり球数が増えても、最後まで投げきっていた。
だが直史がクローザーにいるとなれば、もしリリーフ失敗した他のピッチャーが点を詰められても、最悪直史がなんとかしてくれる。
そう考えれば安定して投げられるようになり、この試合も許したヒットはわずか二本。
八回までなのに、奪った三振は17個になっていた。
これにてシンシナティとの試合は二連勝。
明日のジュニアが先発する試合に勝てば、またもスウィープである。
シンシナティとの第三戦。
これが終われば、メトロズの遠征が始まる。
移籍から今まで、ずっとフランチャイズでのプレイであったのは、直史にとっては幸いであった。
移動によるコンディション不良の心配をせずに済んだからだ。
もっとも遠征して第一戦はマイアミとのカード。
移動に休養日があるため、それなりに安心して調整が出来る。
またマイアミ自体が比較的楽な相手、と正直なところを言ってしまおう。
ただしここでメトロズは、一日だけニューヨークに戻ってくる、という変則的な日程となる。
以前にラッキーズとの対戦で、雨天のため潰れた試合を、ここで消化しておかなければいけないからだ。
このあたりMLBの日程は、NPBに比べてずっとタイトである。
もちろんNPBは、移動に時間がかからない場合が多い、という条件も揃っているが。
日本人の工場などのタイトなスケジュールに比べると、どうしてNPBはああも楽なのか。
正確にはNPBが楽なわけではなく、MLBが過酷すぎるだけである。
マイアミとの三連戦はともかく、今はシンシナティとの試合に集中すべきである。
もっともメトロズの先発であるジュニアは、武史に次ぐメトロズの勝ち頭。
本日も初回から、安定したピッチングをしている。
そして先発が安定してようが不安定だろうが、メトロズの打線はとにかく点を取りに行く。
先日のような初回に五点は、さすがに珍しいことであるが。
ステベンソンが凡退し、大介が避けられ気味のフォアボールで出塁し、すかさず二塁へ盗塁を決める。
シュミットのタイムリーで一気に大介が帰ってきて、これで先制点。
ホームのチームが後攻めなのに先取点を奪うと、精神的にかなり有利に立てる。
あとはこの得点をきっかけに、どう試合を運んでいくかが問題だ。
ジュニアはなかなか完投するほどの能力はない。
だがハイクオリティスタートを、それなりの確率で決めている。
開幕直後に爪が割れるというアクシデントはあったが、今年もクオリティスタートなら八割以上の確率で達成。
間違いなくいいピッチャーであり、そしてさらに技術的な伸び代もある。
(打線の調子次第だけど、この試合も出番はないかな?)
そう感じたりもするのだが、野球は一気に逆転があるスポーツだ。
MLBほどのレベルになると、そういったことは出来るだけないように作戦をたてて、試合を展開している。
戦力が整っているというのはいいな、と今年の悲惨なアナハイムを思い出して、切ない気持ちになる直史であった。
ジュニアは七回までを投げて、ヒット五本の一失点。
ここからはライトマンに継投していく。
直史もまた六回から、ブルペンには入っている。
ただ五点差というのは、クローザーが必要な点差とは思えない。
キャッチボール程度はしたが、五点差なら問題ないだろう。
この試合も大介は、ボール球を打って打点を上げている。
ただホームランが出ていないのが、本人としてもファンとしても、物足りないと思ってしまうのだろう。
大介は基本的には、アベレージを打つバッターだ。
それにホームランを打つ、特異な才能があるだけで。
その打率にしても、復帰後は徐々に下がってきている。
シーズンを通算してみれば、それでもMLBの記録を破りそうなのだが。
ライトマンが八回を抑えて、メトロズは追加点がなく、九回は他のピッチャーに任せられる。
ちなみにここで試合を〆ても、点差がつきすぎているためセーブの要件を満たさない。
稼げない試合ならば、投げなくても仕方がない。
直史はブルペンで、試合が終わるのを眺めている。
ランナーこそ出したが無失点で、メトロズはジュニアの失った一点だけ。
後ろに直史がいると思うからこそ、安心してリリーフ陣は投げることが出来るのだ。
直史の後ろには誰もいないので、まさにクローザーというのは孤独なポジションである。
翌日、直史はマイアミへの飛行機に乗っていた。
アナハイム時代も普通に移動には飛行機を使っていたが、実はMLBは球団によって、それなりに一年間での移動距離に違いがある。
当たり前のことで、北アメリカ大陸を東西に割れば、東の方が比較的チームはかたまっている。
アナハイムなどはオークランドはともかく、シアトルはアメリカの北西の街であり、テキサスやヒューストンとも距離がある。
対してメトロズは、ワシントンとフィラデルフィアが近い。
そのあたりニューヨークのチームは、消耗度の点で他のチームより、有利になりやすいと言えるかもしれない。
MLBは出来るだけ、その距離も短くなるように調整している。
だがシアトルなどは物理的な距離がどうしようもないため、移動に時間がかかるのは仕方がない。
球団のスタッフの運転で、空港からフロリダ州のマイアミへ。
直史は自主トレに来た、懐かしきフロリダである。
もっとも一言でフロリダと言っても、大きなアメリカの大きな州だ。
大介の別荘から試合に向かう、という手段は使えない。
よくもまあ大介は、あんな物件を買ったものだと思うのだが、それは選手として長くプロで活躍しているからだ。
またMLBの年俸は明らかに、日本よりも高い。
以前は一時期、日本の年俸とさほど差がなく、アメリカからの助っ人の力が上がったこともある。
しかし現役で第一戦級の今のメジャーリーガーは、日本でやる価値をさほど見出さないであろう。
もっとも大介は、キャリアの最後は日本で送りたいらしいが。
ホテルに到着すると、試合は翌日でからである。
直史はマイアミ打線を、もう一度坂本と一緒に確認する。
今年も上昇の気配を見せないマイアミは、最下位街道を驀進中だ。
ただワシントンも主力が故障離脱のため、かなりひどい数字になっている。
勝ちを稼げるチームが二つもあれば、東地区は問題なく、勝率の上位2チームがポストシーズンに進出しそうである。
これが中地区であると、西地区三位のチームに、二位のチームが勝率で負けてしまう可能性もあるのだが。
メトロズがここで使う先発は、オットー、スタントン、ウィルキンス。
確実に勝つためには、打線の援護とリリーフ陣の奮闘が必要な面子である。
先発ピッチャーの本質的な価値は、勝ち星の数にあらず。
それは統計的に間違いのないことなのだが、チームの持つ雰囲気というものがある。
勢いづいて投げれば、それで数字も良化する。
今はクローザーがしっかりしているため、そのあたりは安心しているメトロズである。
相手のピッチャーと味方の打線、そしてこちらのピッチャーと向こうの打線。
第一戦から第三戦まで、クローザーの出番はどこにもありそうである。
しかしメトロズの首脳陣としては、オットーとスタントンで、二勝してくれれば問題ない。
これまでずっと八月は連勝しているので、これがそのまま続けばもちろんありがたいことだ。
出来ればナ・リーグの勝率上位二位に、確実に入っておきたい。
そうするとポストシーズン、かなり消耗せずに、戦うことが出来るのだ。
第一戦から、直史に出番は回ってきた。
三点差で七回を迎え、一点を取られて最後の九回。
アウェイのゲームであるので、マイアミの攻撃で試合が終わる。
二点差の状況からなら、ちゃんとセーブがつく。
しかしメトロズの首脳陣は、どの試合を上手く落とすつもりであるのか。
オットーとスタントンで、上手く勝つつもりなのか。
ただ今日はマイアミの、怖いもの知らずの若手ピッチャーが、大介以外のバッターを意外と抑えていた。
大介は抑えられなかったのではなく、ベンチからの申告敬遠である。
結局三度も敬遠された大介は、今日はヒットを打てていない。
敬遠がこれだけ多くなれば、それも仕方がないと言えるものだろう。
直史はセットポジションから、リリースのタイミングをずらしながら投げる。
考えて見れば移動や武史の先発もあり、三日間投げていなかった。
しかし元々アナハイムでは、中四日で投げていたのだ。
三日も投げていなかったのと、三日しか間隔がないこと。
この両方があるので、直史としては困った感覚となる。
現場のFMにとっては、直史のインセンティブなど、関係のないことだろう。
だがGMぐらいの立場からすると、直史にはホールドもセーブも出来るだけしてほしくないと考えるのではないか。
いや、今のメトロズのリリーフ陣に、そんな余裕はないのだが。
直史は目の前のバッターに注意を戻し、上手く打たせていく。
打てそうでいながら、ゴロになりそうでどうにかファールで逃げる。
そこで直史はストライクカウントを稼ぐ。
追い込んでしまえば、ストレートを投げてもいい。
膝元やアウトロー、あるいは胸元。
ぎりぎりのコースに直史は投げて、坂本はボール半分はストライクにしてしまう。
結局今日は、二人を三振で打ち取った。
残りの一人は内野のファールフライで、ランナーを出すこともなくスリーアウト。
三振は二つとも見逃し三振というところが、直史らしいストライクだ。
本来ならばボールと判定されるようなところを、上手く角度をつけてストライクに見せる。
樋口もやっていたことだが、坂本もこの手のペテンを使うのは上手い。
やはり直史のピッチャーとしての能力を十全に活かすには、アナハイム以外ではメトロズしかなかったのかもしれない。
使った球数は10球で、今日は一球で一万ドル。
とても分かりやすい、直史のピッチングの価値であった。
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