第27話 この時期の成績

 アナハイムの代えの利かない正捕手である樋口は、まずいなと思っている。

 このチームの中で、直史の存在感が強くなりすぎている。

 ターナーが離脱したことにより、投打のバランスが悪くなったというのはある。

 そして打力が低下したにも関わらず、直史だけは絶対に負けない。

 MLBという世界は、弱肉強食の世界だ。

 同じポジションであっても、同じチームであるならば、むしろライバルである。

 ただ直史の圧倒的過ぎるピッチングは、味方のピッチャーにさえ悪影響を与えるのかもしれない。

 実際に去年は、ワールドシリーズで直史以外は勝てなかったわけだし。

 

 ピッチャーだけに限らず、打線も弱くなるのかと思ったら、今年はむしろ逆である。

 直史が投げた方が、バッターはよく打つ傾向にある。

 もっともそれはまだ試行数が少ないので、確実なこととも言えない。

 とにかく今年はアナハイムにとって、先発ピッチャーが不調の年である。


 一年目と二年目は、ちゃんと機能していたのだ。

 だがベテランのスターンバックとヴィエラの抜けたのが大きい。

 あの二人は直史に引きずられず、自分のピッチングが出来ていた。

 だから他のピッチャーも、それに合わせるように自分のピッチングをしていたのだろうか。

 直史が勝てば勝つほど、他のピッチャーが目にする頂は、より高くなっていく。

 それを間近で見せられては、コンプレックスを刺激されることにもなるだろう。

 アメリカ人にはそういうプレッシャーはないと思ったのだが、そうでもないらしい。

 移籍してきたボーエンは、15登板で9勝3敗と、まずまず期待通りのピッチングをしてくれている。

 なんだかんだ言ってレナードも、8勝4敗と勝ちが多く先行している。

 若手の成長が、上手くいっていないわけでもない。

 ここからフィデルなどがどう成長するかで、アナハイムの今季、そして来季以降の展望は定まるだろう。


 ボストンとの三連戦、最終戦に直史の登板が回ってくる。

 その前の二試合は、フィデルとガーネットが登板する。

 ボストンとは今季二度目の対決で、そしてレギュラーシーズンは最後の対決ともなる。

 前のカードでは二勝一敗と、直史がボストンの打線の心を折ったので、勝ち越すことが出来た。

 だがポストシーズンでも当たる可能性の高い、同じア・リーグの勝率上位チーム。

 レギュラーシーズンのうちでも勝ち越して、心理的に優位な立場で戦える体制を整えておきたい。


 直史はチームから離脱したものの、試合までには合流した。

 義理の弟である大介が怪我をしたのだから、心配するのも当たり前の話である。

 ボストンもニューヨークから比較的近いこともあって、それなりの話題にはなっている。

 ただ大介の怪我そのものよりも、それが世間に与えた影響の方が大きい。

 ニューヨークの暴動は元より、悪質なプレイへのペナルティはもっと重くすべきだという意見。

 ただペナルティを重くしても、やるやつはやるだろうが。


 大介の故障は、メトロズファンとニューヨーカーを激怒させただけではないのだ。

 ナ・リーグの多くのチームのフロントや、ア・リーグ東地区のフロントも激怒させた。

 なにせ大介のバッティングが見られるなら、観客は多く集まってくるからだ。

 集客力という点では、大介は直史をずっと上回る。

 ホームランバッターというのは、MLBの究極の魅力であるのだ。

 不人気球団でいつもなら、一万人も入らないマイアミのスタジアムでも、メトロズ戦はチケットが売り切れるのだ。

 かつてはNPBにおいて、タイタンズ戦がそういう傾向にあったらしい。

 昭和の時代の話である。




 スポーツというものは結局、一人では成立しないものなのだろう。

 団体競技だけではなく個人競技も、対戦する相手が必要となる。

 陸上競技などの、競争に見えるが実際は個人のパフォーマンスを見せる競技でさえ、単独では成立しない。

 誰かの記録と比較することで、それがすごいかどうかが決まるのだ。

 誰も興味がなく、関心のないものは、スポーツではなく鍛錬になる。

 ジョギングなどは分類がやや難しいものであるが。


 大介という存在によって、それと対戦する相手も、輝きを照り返す。

 それによって選手たちは、より輝くことになるのだ。

 恒星のような輝きを持つ選手を排除することは、その競技全体の衰退につながる。

 たとえば昔、アメリカにおいてボクシングは、ヘビー級が絶対の存在であった。

 しかし今であると、別にヘビー級が一番客が呼べるカードではなくなっている。

 要するに、客を呼べる選手のいる階級が、最も人気であるのだ。


 NPBにしても上杉の入団から、その後の数年間の動きで、一気に観客動員などが増えた。

 そして数人がセ・リーグにたまたま集まったため、人気もそちらに取られることになった。

 もっともNPBの球団は、21世紀ぐらいからはフランチャイズ経営が主体となってきたので、影響はやや抑えられたが。

 交流戦などがあって、これを増やしたいという声などもあった。


 見て面白い、見て憧れるというのが、スポーツの魅力であろう。

 直史のピッチングの場合は、もちろんやっていることはすごいのだが、熱狂とは少し違う恐ろしさがある。

 ドンパチのアクション映画と、ホラー映画を比べるようなものだ。

 一般大衆はおおよそ、ホラー映画よりアクション映画の方を好むものである。

 それだけにツボにはまった人間には、直史のピッチングは合法ドラッグのような危険さがあるのだが。


 大介は敵ではなく、共演者なのだ。

 それを理解していなかったからこそ、道理に反したラフプレイに走り、これだけ非難を浴びている。

 直史と大介をワールドシリーズという舞台で対決させること。

 これはアナハイムが、そしてメトロズが目指すべきことだ。

 勝敗については、どちらでもいい。

 むしろ負けた去年であっても、色々と言い訳がきくようであると、そちらの方がいいのだ。


(白石が故障離脱して、どうしてうちに影響が出てくるんだか)

 樋口が頭を痛めているのは、ボストンとのカードで連敗してしまったからだ。

 フィデルが投げて4-5で、ガーネットが投げて6-7と、一点差の僅差で負けている。

 あとひと踏ん張りが足りないのは、ピッチャーであるのかバッターであるのか。

 樋口は三割を打っていて、だいたい打点もつけている。

 ただ勝てると確信できる場面でなければ、積極的には打っていかない。


 これはもう、樋口のプレイスタイルと言ってしまってもいい。

 打率と出塁率を高く保ち、いざという時に長打を狙う。

 ヒットマンなどと言われるが、単打ではなく長打を打つ。

 得点圏打率も高いが、それ以上に決勝打を打つほうが多い。


 二連敗して、ようやく直史の登板が回ってくる。

 ボストンはポストシーズンに進めば、当たる可能性の高いチームだ。

 それをこの状況で止めるのに、直史に頼るしかないとは。




 ボストンとの試合は、レギュラーシーズンではこれが最後となる。

 前回のカードは直史が第二戦でボストンのバッターを叩きのめしたため、二勝一敗と勝ち越した。

 だがこのカードで連敗して、合計では二勝三敗となっている。

 勝ったとしても、星の数は五分だ。

 しかし直史を全く打てないという印象を、あちらの打線に刻み付けるべきだろう。


 アウェイのゲームである。

 元々ボストンは人気球団で、ずっとチケットは売り切れであった。

 だが今日などはキャンセル待ちのために、ものすごい列で並んでいる人々がいた。

 応援するのはさすがに、地元のボストンの方が多いのだろう。

 しかし伝説が継続していくなら、それもぜひ見てみたい。

 もしも途切れるなら、その瞬間もやはり見てみたい。


 この記録を後の時代の人々は、奇跡の時代とでも呼ぶのかもしれない。

 だがそれは全て、結果が分かった記録をなぞるのみ。

 自分の記憶として、結果が分からないままに、見ることが出来る。

 それはとてつもない幸福なことではないのか。


 同時代性。

 あの頃の自分を思い出して、その中にこの記憶がある。

 世界が熱狂していたことに、全米を超えたお祭り騒ぎに、自分も参加していた。

 その思い出だけで、豊かに人生を送ることが出来る。

 今年で直史が去ってしまえば、余計にその奇跡の期間を、大切なものとして思うだろう。


 高校時代、直史が甲子園で果たした、パーフェクトではないパーフェクト。

 今ではそれを、既に知っている状態から、見ることが出来る。

 結果が分かっていても、それはとてつもないパフォーマンスであることは確かだ。

 ワールドカップなども、リアルタイムで見てこそ、誰にもネタバレをされない、極上の物語を味わうことが出来た。


 名作映画であっても、最初の一度、何も情報がない推測だらけの時が、一番嬉しい。

 人には道への好奇心がある。

 期待を裏切らない面白さと、期待を裏切る面白さ。

 完成されたものと、未完成なもの。

 人間の持つ可能性への、無限の願望。

 未来は輝いているというものだと、人間は信じたいのだ。

 スポーツ選手のパフォーマンスというのは、観測者の幸福度を増すものである。


 そんなわけで直史は、この試合もしっかりと投げる。

 大介の故障の影響が、どう出るかは正直、樋口も少し心配であった。

 樋口も付き合いが長くなってきているので、直史が意識する選手というのが、どういうものかは分かってきている。

 チームメイトであれば、バッテリーを組むキャッチャー相手に一番近い。

 そして敵のチームに強打者がいても、全く萎縮することがない。

 彼我の力の差を、はっきりと分かっているように。


 そんな直史が明らかに意識するのは、大介と上杉ぐらいだ。

 あとはMLBに来てからは、織田に坂本といったところか。

 ただ対等と見ているのは、その二人だけだろう。

 実際に直史に、勝つか引き分けている二人であるのだ。

(それにしても杞憂だったか)

 大介の離脱により、直史にどういった影響があるのか。

 変に力が入ってしまったり、逆に気合が抜けてしまったりということを、樋口は考えていた。

 だが試合で投げるとなると、普段と変わらないピッチング。

(いや、少しだけ力は入っているか?)

 それでもいい方に働いている。




 結局ボストンは、ひどい扱いを受けることになった。

 レギュラーシーズンの対決は、これで三勝三敗。

 しかしこの試合、直史は九回29人98球。

 被安打3のエラー1で、マダックス達成。

 安定の完封であった。


 直史を打つことは出来ない。そう錯覚させるようなピッチングであった。

 体感としては錯覚ではなく、事実なのであろうが。

 ダブルプレイを二つも取ったのも、内野ゴロを打たせまくったからというのもある。

 ただ奪三振も11と、コンビネーションの幅が広い。


 ポストシーズンには進出出来る可能性がある。

 だがそこでアナハイムと当たれば、勝てると思えない。

 そんな感情を植えつけてしまっただけで、アナハイムとしては勝利である。

(これでうちのチームは、ますますナオに依存するなあ)

 そう思う樋口は、一人のピッチャーに依存したチームを知っている。

 春日山がそうであったし、プロ入り後はスターズがそうであった。

 ただ上杉が周囲にも影響を与えるカリスマ性を持っていたのに対し、直史は存在感自体が静かだ。

 周囲の力まで引き出すというのは、それに相応しい人間だけしかありえない。

 そう、大介のように。


 エースが強すぎて、二番手以降が育たない。

 似たような事例はあるが、これはプロの世界だ。

 MLBという最高のリーグで、ピッチャーが一人ではどうにもならないのだ。

 どうにかなっていた時代は、19世紀に遡らないといけない。


 ボストンとの対決が終わり、アナハイムはボルチモアへと移動する。

 この三連戦のうちに連戦が終われば、アナハイムの六月は終了となる。

 ただ直史自身の六月は、ここで終了だ。

 82試合を消化した時点で、19勝。

 ざっと甘く計算しても、35勝には到達しそうに見える。

 もしも敗北するとしたら、それはどこと当たった時であろうか。

 ミネソタとはもうカードがないので、ヒューストンや東海岸のチームになるのか。


 ここまでの成績だけでも、既にサイ・ヤング賞は当確と言っていいだろう。

 唯一奪三振能力で直史に大いに優る武史が、違うリーグにいるので間違いはない。

 19勝0敗で、規定投球回に到達。

 211奪三振という数字も、シーズンを通じてのものに思える。

 ちなみに武史はまだ規定投球回に達していないが、奪三振は直史を上回る。

 奪三振率は完全に、武史の方が高いのだ。


 MLBの前半戦と言えば、オールスターまでと数えるべきであろう。

 だが試合数で言うなら、六月の末あたりがそうと言える。

 そのシーズンの半分だけで、規定投球回に達してしまった。

 19試合という登板数自体は、リリーフピッチャーに上回る選手がいる。

 だが先発としては最多であり、また投げたイニングも一番。

 完全に一人で無双してしまっている。




 次のボルチモアとの対戦は、直史の出番はない。

 だがこの第一戦と第二戦は、アナハイムが勝利した。

 レナードにボーエンという、強いピッチャーであったのもその理由ではあるだろう。

 そしてここで、六月の試合が全て終わった。

 アナハイムはやや多めの、84試合を消化。

 46勝38敗と勝ち越している。


 地区優勝は難しいが、この勝率を保っていけば、ポストシーズンにまでは進めるだろう。

 勝率はおおよそ54.8%である。

 ヒューストンとのゲーム差も、それほど大きくはない。

 東地区は潰し合いで一つのチームが伸びることなく、そして中地区はミネソタが圧勝している。


 中心選手が二人ほど離脱でもしない限り、ミネソタのア・リーグ勝率ナンバーワンは決まったようなものだろう。

 それは別にいいのだ。重要なのはポストシーズンで勝ち進むことだから。

 ホームゲームの有利は取られるが、地区優勝し全体勝率二位までならば、こなさなければいけない試合数が変わる。

 直史はこれまで、壊れないように力を調整して投げている。

 だからといって全く消耗していないわけではないのだ。


 地区優勝の基準は、60%勝っていればほぼ決定。

 ただ両方のリーグを合わせても、その基準を満たしているのはミネソタだけだ。

 ア・リーグのチームはおおよそ、ミネソタ相手には負けてしまっている。

 アナハイムは四勝三敗と勝ち越しているが。

 全勝の直史がいなければ、果たしてどういった数字になっていたか。

 

 六月は大きく勝ち越すことが出来た。

 ターナーのいない打線で、上手く勝つことをパターン化出来たのが大きいだろう。

 あとはクローザーのピアースが、僅差の試合をしっかりとしめてくれた。

 五月までに比べると、得失点差が大きくなっている。

 確実に点を取り、確実に失点を少なくする。そういう基本が出来てきたということなのだろう。


 アナハイムは二年連続でワールドシリーズまで進出している。

 対して同じリーグの最大のライバルであるミネソタは、去年いきなり飛躍の年となり、リーグチャンピオンシップまで届いた。

 しかしポストシーズンの戦い方は、レギュラーシーズンとは明確に違うのだ。

 具体的にはピッチャーの酷使度合いが違う。

 それでも七試合で、四試合に先発をさせるのは、度の過ぎた酷使ではあるが。


 ポストシーズンの戦い方を学ばなければ、ワールドチャンピオンに届くのは難しい。

 もっともメトロズもアナハイムも、前年は特にそこまで強くなかったのに、一気にワールドシリーズまで駆け上がり、チャンピオンリングを手に入れたものだ。

 チームを勢いづかせるバッターが、それぞれのチームにいた。

 同時にチームの連敗を止めるピッチャーも、両方にいる。

 メトロズでの大介の一年目は、打線の爆発力が凄かったものだが。

 相手チームのエースをことごとく大介が打っていったので、メトロズは優勝できたとも言える。


 二年連続で、ワールドシリーズが同じカードであった。

 そして今年も、同じカードの実現を世間は望んでいる。

 ブリアンがワールドシリーズでどんなバッティングを見せるのか、それを見たいと思っている人間もいるだろう。

 もしもメトロズと対決したら、主砲対決がどうなるのか。

 また武史とブリアンが対決して、どうなるかも見たいものだろう。

 オールスターなどは別としても、リーグが違うとほとんど対決する機会はない。




 直史は自分の数字を、改めて確認する。

 19先発19勝0敗。

 19完封。

 パーフェクトマダックス四回、ノーヒットマダックス一回、サトー二回、マダックス14回。

 ほとんどの試合を100未満で完封し、110球投げた試合は一度もない。

 172イニングを投げて打たれたヒットは25本、奪三振は211個。

 前の二年間と比べると、奪三振率が上がっている。

 しかし球数は増えておらず、ほとんどの試合で無理をせずに勝てている。

 ミネソタとの試合で、10回の延長まで投げながら、パーフェクトのマダックスであったのが、今季の最高の試合だろうか。

 もはや不可侵の領域にあると言っていいピッチング内容だ。

 WHIPなども0.15であるし、奪三振率も11.04と充分におかしな数字。

 防御率は0のままである。


 シーズン全勝という記録は、ここまでの二年でずっと続けてきた。

 だが惜しくも、年間無失点ということはない。

 一年目は二点、二年目は一点を失点している。

 レギュラーシーズンのイニング無失点記録は、去年からずっと続いている。

 どれだけこれが続いてしまうのか、もはや恐ろしささえ感じる。


 前人未到の境地にありながら、直史は直史であった。

 自分の登板間隔を、しっかりと考えて投げている。

 オールスターについては今年も、出場辞退を既に告げてある。

 大介もいないオールスターで、やや注目度は減るだろう。

 むしろホームランダービーがどうなるのか、そちらの方が視聴率は取りやすかったりする。


 オールスターに選ばれるのは、間違いなく名誉なことではあるのだ。

 ただそれは直史にとって、必要な名誉ではない。

 オールスターまでにはあと三回、先発が回ってくる。

 今のところ疲労は感じていないが、感じるようになってしまってから休んでも、充分には回復しない。

 チームへの貢献というか、大介との対戦のために、少しでも休養を取っておく。

 わざわざ1イニングだの2イニングだの投げるために、長時間の移動と待機を必要とするのは、絶対に効率が悪い。


 アナハイムからは、樋口とアレクが出場する。

 ピッチャーではボーエンとピアースもだ。

 ピアースも何気にここまで、23セーブを記録している。

 生え抜きでの出場がいないな、とは思う。

 ターナーが問題なく復帰できていたら、生え抜きとして出場していただろうが。


 アナハイムは現在、得点のパターンがかなり限られている。

 アレクか樋口が出塁して、チャンスを作らなければセットプレイが成立しない。

 シュタイナーの打点は増えているが、樋口も打点は増えている。

 足を使って得点を増やしているあたり、スモールベースボールのシステムに近い。

 もしもこの二人がどちらか欠場すれば、得点力は大幅に落ちるだろう。

 もっともこの二人は、守備としての貢献度も高いので、その時は尋常でない被害となるわけだが。

 双方共に、脂ののった30歳前後。

 今がプレイヤーとしては、最高の状態であるのかもしれない。




 直史の奇跡の記録は、達成される可能性がかなり高いと思われている。

 去年やその前もまた、自責点は一点だけだったのだ。

 そしてその一点は、ホームランによるものだ。

 ブリアンのいるミネソタとのカードが終了しているため、無敗で終わる可能性はかなり高い。

 同じ地区のヒューストンとシアトルは、どちらかというと一発で得点するタイプの野球をしていない。

 もちろんMLBのチームであれば、どこからでもホームランを打てるバッターはいるのだが。


 ボルチモアでの三戦目、アナハイムは先発のフィデルが崩れて、スウィープとはいかなかった。

 だが勝てるカードで、確実に勝ちこしていくのは重要なのだ。

 次はまたも移動して、同地区とのシアトルとの対決。

 三連戦の初戦が、直史の登板となる。


 ここでも一日、アナハイムは移動に休養日をあてられた。

 移動して即試合というのは、調整の上手い直史であっても、場合によってはコンディションが崩れる。

 今は調子が悪くても、悪いなりに相手を封じてしまうが、出来れば移動した日には、試合がないのが理想だ。

 シアトルに到着したその日、直史は普通にマスコミに群がられる。

 その注目点は一つだけだ。

 直史がこのシアトルとの試合で勝利すれば、三年連続20勝が成立する。

 言われるまで気がつかなかった直史である。


 そもそも二年連続で、MLBでは30勝を達成しているのだ。

 連続記録と言うなら、NPBから数えてもう、四年連続で20勝をしている。

 もっともNPBでの20勝以上と言うなら、近年では上杉が六年連続で達成している。

 ただ直史の場合は、20勝以上出来なかったシーズンがないので、それを異常と言うならそうなのだろう。

 別にここで達成しなくても、まだ七月に入ったばかりなのである。

 故障の離脱でもない限り、20勝は到達して当たり前の数字だ。

 過去の記録を見てみても、MLBの最多勝は20勝に到達するのは珍しくない。

 この時期に20勝到達というのは、さすがにおかしすぎる数字だが。


 対戦相手がシアトルということで、直史は少し注意している。

「織田さんがいるからな」

「そうだな」

 MLBでは完全に中距離打者として見られている織田だが、毎年10本前後はホームランを打っている。

 それに一年目にしても、直史からホームランを打ったのだ。

 今年はシアトルも、ポストシーズン進出を争えるチーム状態にある。

 中地区がミネソタ一強になっているため、東地区か西地区の三位のチームが、勝率では上回る可能性があるのだ。


 ホテルで一晩を過ごした次の日、シアトルとの試合が開催される。

 試合の前に直史は、軽くキャッチボールなどをしている。

 今日の試合もチケットはソールドアウトで、既に満席になっているのだとか。

 野球に限らずアメリカのプロスポーツは、途中から来て観戦する客や、途中までしか見ずに帰る客が少なくない。

 アメリカは車で来る観客が多いため、試合が決まったような点差になれば、道路が混む前に帰ってしまうのだ。

 また試合のクライマックスになるシーンを見られればいいということで、序盤を見ない者もいる。

 ただアナハイムの試合で直史が投げるなら、初回から満席にもなってしまうものだ。


 アナハイムからターナーが抜けてしまっているアナハイムには、勝てるかもしれないと思っているのがシアトルである。

 その三連戦の初戦で、そして勝率争いとゲーム差争いが、地区優勝を巡って重要となる対戦。

 直史はこの試合、バッターの心をバキバキのボキボキに折っていってもいい。むしろそうするべきだ。

 シアトルが脱落すれば、ヒューストンとの対決となる。

 今年はまだ、ヒューストンとの試合が、あまり消化されていない。

 ここでシアトルを叩き落しておけば、2チームの一騎打ちになる可能性が高いのだ。


 首脳陣の思惑や、観客の期待。

 考えることは色々とあるだろう。

 だが直史のやるべきことは、それほど変わらない。

 徹底的に相手を抑えて、一点もやらないこと。

 織田が配球を読んで、そこだけに絞って長打を狙ってくるなら、それは気をつける必要があるだろう。

 逆に言えば注意すべきは、それぐらいとも言える。


 シアトルの風の中で試合が始まる。

 とりあえず先に一点は取ってほしいな、とベンチの中で控えている直史であった。

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