第22話 五割
現時点最強と言われるミネソタの打線を、ほぼ完全に封じた一戦。
そこからややアナハイムは、勢いを取り戻したと言えるかもしれない。
ただ直史は、勢いを止めることは得意だが、勢いをつけるのは不得意なピッチャーだ。
ここから連勝街道突入というわけにはいかなかった。
しかしレナードやボーエンでも負けていたという状況は、確かに止まった。
次のヒューストンとの対戦は、地区優勝を狙う大切な三連戦のカード。
そこを二勝一敗と勝ち越したのだ。
フランチャイズでの試合であったので、観客の応援がある程度は関係していたのかもしれない。
とにかく棺桶に片足を突っ込んでいたのが、この快投で引き戻されたとぐらいは言ってもいいだろう。
続くタンパベイとの試合も、チーム全体が上手く機能していた。
大差で勝つというような試合ではなく、前のヒューストンとのカードから、クローザーのピアースが三連投などもした。
しかしそれはその三連投の後に、直史の登板があったから、無理が利いたとも言える。
その直史はタンパベイとの第二戦で先発。
単打を三本ほど打たれたが、そこから得点につなげることはない。
ただ球数がようやく、100球を超えてしまった。
九回完封で、本人は問題なく勝利。
開幕からの連勝記録を、全く危なげなく11勝と伸ばしていた。
一年目も二年目も、敗北した試合がない。
一年目はまだしも、二年目は全ての試合に完投して勝利している。
技巧派の極みとも言えるピッチングを、二年目でさらに進化させた。
そして三年目の今年もまだ、衰える気配など全くない。
むしろ登板間隔を詰めて、多くの試合を投げているのに、その内容は前年よりも向上している。
充分に高かった奪三振率が、さらに高くなっている。
そして失点をしていない。
一年目は二試合、二年目は一試合と、ちゃんと防御率が0にならないように失点していた。
NPB時代もなんだかんだ言いながら、ちゃんとレギュラーシーズン中に失点していた。
しかし今年はまだ無失点。
二ヶ月も終わっていないのだから、まだ気が早いと言うかもしれない。
だが上杉などはクローザーではあったが、年間無失点の記録を残したのだ。
ピッチャーとしてのタイプが全く違うので、比較するのは難しいかもしれないが。
直史としては完投はともかく、完封にはそこまでこだわっていない。
完投はチームのリリーフ陣を休ませるため、必要なことであるからだ。
完封するのは自分の自己満足という側面がないではない。
直史は完璧主義者ではないが、出来る限りの最良は求めていく人間なので。
フランチャイズでの連戦は終わった。
ここから三連戦、三連戦、四連戦と遠征が続く。
相手はトロント、ラッキーズ、デトロイトというもので、休養日が一日もない。
やや復調した投手陣には、また負担がかかるかもしれない。
その中で直史は、トロントとデトロイトとの試合で先発する予定である。
デトロイトは今年もそれほど強くはない。
だがトロントは微妙に強いチームで、今のアナハイムよりは勝率がいい。
ア・リーグは東地区が、とにかく地獄であるのだ。
そのトロントには、三連勝でスウィープであった。
レナード、直史、ボーエンという強い先発だったので、全くおかしな話ではない。
しかし次のラッキーズは、それとは真逆の結果に終わった。
フィデルはそこそこいいピッチングをしたのだが、ガーネットとリッチモンドは五回で降板。
三連敗でスウィープされる。
五月は前半が、ひどい勝率であった。
4勝10敗でうち3勝が直史であったのだから。
正確に言うと四月の末あたりからひどかったのだが、やはりミネソタとの最終戦あたりから、調子が戻ってきている。
直史一人に活躍させるのが、さすがに他のチームメイトを奮起させたのか。
もしもこれが19世紀であれば、直史が半分以上の試合に投げて、ほとんどを勝っていたのかもしれない。
そんな無茶な想像もしてしまう。
デトロイトとの四連戦、第一戦は直史。
ヒットは一本だけの完封に抑え、またもマダックス。
恒例のマダックスと言ってもいい。
なお今年の直史は、奪三振率が高くなっている。
そのくせ球数も全く増えていないのだから、去年よりもさらに投球術に磨きをかけたと言えるのか。
直史の場合は開幕からの第一戦で、まずはその年一番とも思えるピッチングをすることが多い。
それからやや安定したピッチングになって、全勝してしまうのだ。
ただMLBに来てから三年目、ようやく体がMLBに慣れてきたとも言える。
NPBも一年目は様子見で、二年目には無茶な記録を達成した。
イリヤの事件での離脱がなければ、あの年は30勝していただろう。
そして翌年、MLBに来て初年が30勝。
次の年が32勝なのだから、徐々に成績は向上している。
一年目から既に完成しているように見えるが、実は年々成長しているのだ。
成長と言うよりは、少しずつ穴を埋めていっているようにも思えるが。
常人には見えない穴を、直史は避けて埋めていっているのだろう。
本人にはどういう認識なのか、質問しても分からないかもしれない。
投げれば投げるほど、球威は高まるわけではないが、ピッチングの幅が広くなっていく。
ピッチャーの場合は若い時に本格派で、加齢とともに技巧派に転向するという選手もいる。
だが直史の場合は、最初から技巧派だ。
そしてその技巧が、さらにどんどん巧みになっていくだけで。
そんな直史の影響もあったのか、デトロイトとの試合は三勝一敗で勝ち越した。
五月はそれでもチームとして負け越して、13勝15敗。
ただし全体で見れば29勝28敗と、ようやく勝率は五割に戻った。
そして面白い比較が出来る。
アナハイムは一応勝ち越しているが、一試合あたりの平均得点が3.79で平均失点が3.86と、得失点で失点の方が上回っているのだ。
つまり負けるときは大きく負けて、僅差の試合では勝つことが多い、ということがこの数字からは言えるのだろう。
だが直史が無失点イニング記録を続けている。この影響が大きいだろう。
単純に58試合を消化したところで、13勝しているというのが異常であるが、このままであれば35勝ぐらいはしてしまうのか。
当たり前のように無敗で。
90勝すればポストシーズンにはほぼ出場できるのが、現在のレギュラーシーズンの見込みである。
あと55勝、他のピッチャーでどうにか勝てばいい。
チームの勝ち星の三分の一を、一人で稼いでしまうというのか。
……実はMLBの記録を見ると、チームの勝ち星の半分以上を記録したピッチャーもいないではない。
だがそれははるかなる戦前の話。
実働11年で300勝に到達したピッチャーがいた時代。
19世紀の近代野球以前の話である。
なお上杉はプロ10年で200勝には到達している。
故障治療の一年と、MLBでの一年がなければ、今頃は300勝に到達していたであろう。
それでも14年はかかっている計算になる。
直史は去年、プロ四年目で100勝に到達した。
年齢での記録は何も狙えない直史であるが、試合数で数えれば最速である。
MLBの記録を通じて数えることに、意味があるのかどうかは分からないが。
長く続けて記録を残すのではなく、短く輝き記憶を残す。
本来直史のようなピッチャーは、長く続けて記録を残すタイプであろうに、ここにおかしな齟齬がある。
受ける印象と、実際の記録が乖離しているのだ。
高卒で入ったら、せめて大卒で入ったら。
そういった空想をされる選手は、今までにも何十人もいた。
ただ大卒からさらに社会人になって、プロ入りしたピッチャーである。
完成形で入ってきたと思ったら、さらに変化し成長していく。
なんの悪夢か、と対戦する相手は思っていただろう。
そんなピッチャーがいるのに、アナハイムはほぼ五割。
六月の試合は、地元でのテキサスとの対決から始まる。
この三連戦でも直史の登板する試合はあり、テキサスは格下ということもあり、勝ち越しを期待されていた。
だが直史が勝っても、他のピッチャーが負ければどうしようもない。
第一戦はガーネットが、六回を二失点と好投。
打線も五点を取ったのだが、リリーフが打ち込まれてしまってはどうしようもない。
なんだかんだと言いながら、クローザーのピアースは信頼性がある。
しかし他のリリーフ陣が、崩れることは多いのだ。
特に今年はマクヘイルが失点することが多い。
どうにかリードしたままさらに後ろに継投しても、点差が縮まっていればルークやピアースに負担がかかる。
それでも敗戦投手にまでなることはあまりなく、最低限の仕事はしている。
勝ちパターンの僅差の試合は、確かに勝っている場合が多い。
負けるときは先発が崩れて負けているので、リリーフ陣はそれなりに休めている。
そして第二戦、先発は直史。
テキサスは最初から、この第二戦は捨てていた。
アナハイムの正捕手樋口は、去年よりもピッチャーたちのおおよそが劣化しているように感じている。
実際のところ、確かに平均失点は少し上がっているのだ。
ただそれは、スターンバックとヴィエラが抜けた穴であると言っていい。
樋口が苦労して、若いピッチャーをリードはしている。
しかしMLBのピッチャーというのは、本当にNPBよりも言うことを聞かない。
それがこちらの文化なので、樋口としてもある程度は諦めているのだが。
彼は賢いがゆえに、頭の悪い人間を理解するのは難しく、上手く誘導するのも徒労と思ってしまう悪癖がある。
まだNPBであれば、投げるだけのバカであっても、ある程度はリードするのだが。
今年のアナハイムの弱点は、明らかに打線の弱体化。
去年に比べると1.6点ほど平均得点が減っている。
これがそのままターナーの抜けた穴と、考えてもいいだろう。
ただやはり、アナハイムは金の使い方を間違えたのではないか。
ポストシーズンに進出して、ワールドチャンピオンにまでなれば、純粋なポストシーズンでの試合の興行に加え、様々な経済効果が見込められる。
去年は負けたとはいえ、この二年でアナハイムという球団は大きくその価値を増加させたのだ。
そして観客を呼ぶために、ホームランを打てるターナーを長期契約で囲った。
この目論み自体は、それほどおかしいとも言えないものではあるのだ。
だがワールドチャンピオンを狙うなら、やはりもう一枚先発かリリーフがほしかった。
どちらか一方であっても持っていれば、さらに投手力で失点を減らしていたであろう。
ターナーとの長期契約は、来年でもよかったはずなのだ。
それこそ直史がいなくなるのだから、ターナーに問題なく金を使える。
どれもが後から考えれば、というものであるのだが。
テキサスとの試合は、同じリーグの同じ地区の試合だ。
直史はここでは、テキサスの打線に呪いをかけすぎるのはどうかと思っている。
オークランドが一人負けしている西地区だが、テキサスも今は負けが多い。
ヒューストンとシアトルに、直接対決以外でもそこそこ負けておいてもらわないと困る。
ただこの第二戦で呪いをかけておけば、第三戦にも響いて勝つことが出来るかもしれない。
テキサスへの呪いがどの程度継続するかは分からない。
今までの試合を見ていれば、二試合までは響いていく場合が多いはずであるが。
第三戦に投げるのはリッチモンド。
上手く心を折っておけば、勝てるかもしれない。
樋口との話し合いだが、直史としてはどう勝つのかを問題としている。
そして樋口もそれを理解しているが、今の時点でどうこう出来るとは思っていない。
確かにようやく勝率は五割を取り戻した。
しかし結局はターナーの復帰がなければ、トレードで打線を強化しない限り、ポストシーズン進出は難しいし、ワールドシリーズ進出もおそらく無理であろう。
ましてやメトロズに勝利するのは不可能と言える。
アナハイムは確実に、去年よりも戦力が低下しているのだ。
ターナーが戻ってきたとしても、後遺症が残っていては戦えない。
そろそろ二ヶ月も経過するので、調子がどうなのかは分かっているはずなのだが。
見通しも話されないということは、あまりいい状態ではないのだろう。
またターナーが戻ってきて、それなりに打てるようになっても、あとはリリーフ陣を揃えて欲しい。
今のアナハイムの戦力では、明らかにスターンバックとヴィエラの抜けた穴が埋められていないのだ。
樋口もまた、基本的にはワールドシリーズでメトロズと対戦することを考えている。
長年の盟友である直史に、協力する気持ちはあるのだ。
ただ樋口個人の利益としては、MLBでどれだけの名声を得るかを考えている。
去年はオールMLBチームにキャッチャーとして選ばれているので、個人成績にこだわってもいい。
それでもキャッチャーとしては、チームを勝たせる存在でいたい。
直史がいなくなる来年以降のことも、樋口は考えている。
するとリリーフ陣の劣化が目立つわけである。
テキサス相手には、直史の消耗を少なくすることを第一に考える。
ターナーが戻ってきても、トレードで戦力を補強しても、直史がいなくなればポストシーズンはともかく、ワールドシリーズでは絶対に勝てない。
それどころかポストシーズンでミネソタと対戦しても、やはり勝てないであろう。
短期決戦ではエースが勝利の鍵となる。
甲子園を目指して高校野球を戦う日本人選手は、誰もがそれを分かっている。
テキサス相手の試合は、ホームゲームのため当然のように満員である。
去年などは全試合がチケットソールドアウトであったアナハイムであるが、今年は五月の末は、空席が少し目立つことがあった。
やはりファンは試合に勝たないと離れてしまうのは確かなのだ。
それでも直史が投げると、完全にスタンドは埋まる。
満員にはならなくても九割は埋まっているので、それでリーグ内のチームとしては充分だろう。
今はメトロズとミネソタが、地元人気を高めているが。
特にメトロズは同じニューヨークにもう一つチームがあるのに、若者の人気はメトロズに増えている。
家庭内の世代間における、推しチームの違いというのは、現在のMLB人気の問題の一つとなっているらしい。
アナハイムもすぐ近くにトローリーズがあるが、さすがに地下鉄でつながっているニューヨークの2チームほどの確執はない。
キリスト教の手を組むやり方ではなく、日本の神道、あるいは仏教式の祈りの姿で、直史のピッチングを拝むのは、はっきり言って悪魔的である。
現役の現在で既にレジェンドと見られてはいるが、死後は神格化されてもおかしくはない。
19世紀のピッチングを、21世紀に持ってきてしまったピッチャーとして。
逆アーティファクトのようなものであろうか。
いや、そんな後世の評価はとりあえずどうでもいいのだが。
この日の直史は、平均的なピッチングをした。
ヒット一本とエラーが一つで、92球で終了。
打線は二点しか取っていないが、完封してしまえば問題ない。
直史と樋口の視界にあるのは、直史の次の登板相手だ。
ミネソタとの二度目の対戦となる。
前回の対戦では、78球一被安打完封に抑えた直史だ。
ミネソタはさすがに、あの後しばらく打線の調子を崩した。
それでもア・リーグでは勝率は圧倒的なトップ。
もっとも東地区で強豪同士の星の食い合いが起こっているので、戦力差がそのまま出ているというわけではないのだろう。
西地区はヒューストンが首位であるが、肝心なところでアナハイムに負けたりしている。
つまり中地区のミネソタは、同地区にライバルがいないため、勝率が高くなっているとも言えるのだ。
実際のところはシカゴのブラックソックスは、戦力的にそれなりに強いのだが。
それでも中地区は、ミネソタだけが頭一つ飛びぬけている。
直史の呪いを受けなかったテキサスは、第三戦でもアナハイムに勝利した。
だがこの試合は、明らかに先発したリッチモンドの、調整の失敗と言えるだろう。
コントロールが定まらないということが、長いシーズンの中では必ずある。
ただリッチモンドはローテのピッチャーとしては当落線上にある。
なんとか先発のローテとして投げれば、それだけでピッチャーとしての価値はリリーフより高まる。
リリーフでも勝ちパターンのセットアッパーやクローザーなら、価値は充分に高いのだが。
30勝30敗という、完全な勝率五割で、次はカンザスシティとの対戦。
この三連戦のカードが終われば、次はアウェイでミネソタとの試合だ。
カンザスシティは今年、四月に既にアナハイムと対戦している。
その時には直史が完全に打線の調子を狂わせて、二戦目から四戦目までは無得点というように封じられた。
さすがにその不調からは脱したが、ア・リーグ中地区では最下位争いなどをしている。
ミネソタ一強の中地区では、仕方のないことなのかもしれない。
ホームでの三連戦、アナハイムは出来れば三連勝で勢いをつけたい。
先発のピッチャーもボーエンとレナードがいて、安定して投げてくれる二人なのだ。
あとはフィデルが立ち上がりに失敗しなければ、三連勝も現実的だ。
リードする樋口の役割が、かなり大きくなってくる。
今年で二年目の樋口は、もう流暢に英語も操り、投手陣とのコミュニケーションは問題はない。
それでもNPB時代のようには、ピッチャーをコントロール出来ないらしいが。
直史が素直に従っていることで、その立場は上がっているという側面は確かにある。
優れたピッチャーが認めることこそ、キャッチャーの立場を向上させるものはないのだ。
それに樋口の場合、バッティングでもピッチャーを援護してくれる。
去年の圧倒的な勝率も、直史からの信頼も、ある意味では坂本以上。
ただ日本人捕手にアナハイムが慣れているという土壌は、やはり坂本が作ってくれていたものだろう。
今季ここまで、アナハイムはスウィープで三連勝したのは二度だけ。
一度はヒューストン相手に、第一戦で直史が完全に心を折った試合だ。
二度目はトロントを相手にして、これも二戦目に直史が投げている。
ここで直史の力を除いて、三連勝したとすれば、投手陣の調子も上向いてくるかもしれない。
問題は打線の援護だけだ。
アナハイムの打線は現在、得点の仕方をかなり、スモールベースよりにしている。
そのため無得点というのはまずないが、大量得点もなくなってきている。
ただ安定して四点前後を取れるので、勝ちパターンに乗せることが出来たら、かなりの確率で勝てる。
問題なのはあまりそれをやりすぎると、今度は勝ちパターンのリリーフ陣に、疲労が溜まっていくということだろうか。
直史がいるため、かなり休みは取れるのが、アナハイムのリリーフの強みである。
しかし直史も、通常は中四日でしか投げない。
だいたい五試合を三勝二敗というのが、都合がいいレギュラーシーズンの動きになる。
そもそも三勝二敗を続けていけば、それは勝率が六割となるのだ。
六割あれば、ポストシーズンには確実に進める。
去年のヒューストンの勝率が、およそ55%だ。
それを考えたら60%あれば、リーグで二位以内の勝率になることはほぼ確定である。
ただ、この試合に直史に出来ることは、ただ見ていることだけ。
ミネソタとの試合は、久しぶりの中五日で投げることが出来る。
そして直史の場合、ただ見ているだけで、勝手に相手が威圧感を受けることがある。
前のカードでマダックスで完封されていれば、それも無理はないというものだ。
ここで三連勝し、少しでも勝率を上げておきたい。
まずはシアトルを上回り、二位浮上を目指す。
直接対決はまだまだ残っているが、それだけに頼るわけにはいかない。
第一戦のレナードも、シーズンはまだ中盤でありながら、この試合の重さが分かっている。
彼もまた次のミネソタとのカードで、先発の予定はあるからだ。
レナードは去年のポストシーズン、ミネソタ相手に六回で三失点と勝利投手になった。
ただあのリーグチャンピオンシップは、第一戦と第二戦で、直史とスターンバックが相手を完封したことが大きい。
あそこで無理をしてしまって、スターンバックは故障の原因となったとも言える。
本来のミネソタの得点力はどの程度のものなのか。
そして今年、ミネソタは得点力をさらにアップさせている。
だが今年、ポストシーズンに進出したとして、ミネソタにも勝たなければワールドチャンピオンにはなれない。
その前哨戦として、このレギュラーシーズンも勝ったイメージを持っておきたい。
調整程度の認識で投げて、それでも勝っておく。
樋口との試合前のミーティングで、その方針は共有している。
第一戦、七回までを投げて二失点。
5-2でアナハイムはカンザスシティに勝利した。
明らかに去年より弱くなったアナハイム。
先発のローテが抜けて、ターナーがいないというわけで、それはチーム編成の失敗と言えるだろう。
対するミネソタは、打線はそのままながらさらにバッターが成長し、リリーフ陣を整えている。
リーグの30チームの中で、一番高い勝率を誇ってはいる。
だが去年のアナハイムやメトロズのような、理不尽な強さは持っていない。
今年はアナハイムとの最初の四連戦で、三戦目までに32点を取った。
去年の鬱憤を晴らすような、圧倒的な試合であった。
だが四戦目に登板した直史に、完封されて負けている。
ヒット一本、そして二桁奪三振と、完全に抑えられた内容であった。
どれだけ強くなったと言われても、直史を打てていないという事実は変わらない。
ブリアンがレギュラーシーズンで打ったホームラン一本は、もう完全にマグレだとしか思われていない。
フランチャイズで迎え撃つミネソタは、アナハイムの動向に注意している。
カンザスシティ相手には投げていないが、その前のテキサスとの試合でも、完全に相手の打線を抑えていた。
ミネソタのメンバーは直史のピッチングを見ても、神の化身か、などとは間違っても言わない。
冗談にしてもブリアンが気にするからだ。
さすがにそれで喧嘩を売られるようなことはないが、チームの主砲をわざわざ挑発する必要などはない。
目指すのはワールドチャンピオンだ。
そしてそれはかなり実現性は高いだろうと、多くの野球解説者は言っている。
メトロズもアナハイムも、主力を開幕前に離脱させている。
それは不運であるが、別にミネソタが何か悪いことをしたわけでもない。
ただワールドチャンピオンになるには、どこか運が必要になるというのは感じられるものだ。
実際にメトロズもアナハイムも、この数年のチャンピオンは、致命的な故障者が出ていなかった。
一時期は本当に勝てなかったアナハイムは、最近は間違いなく巻き返してきている。
ただその力の根元は、何があっても負けない直史にあると言ってもいいのではないか。
神の力ではなく、まるで悪魔の力である。
一番望ましいのは、アナハイムがそもそもポストシーズンに進出出来ないこと。
短期決戦のポストシーズンは、エースピッチャーの貢献度が、レギュラーシーズンよりも高くなる。
特に直史はこの二年、ポストシーズン成績は10勝1敗。
ポストシーズンであっても平気で、ノーヒットノーランやパーフェクトをやってくる。
あのピッチングは薬物などで成立するものではない。
日本人はかなりクリーンな選手ばかりなので、そこを疑ってはいない。
だがまるで悪魔に魂を売り渡したかのような、あのピッチング。
ヨハネの黙示録において、四騎士はそれぞれ支配、戦争、飢饉、死の象徴であるという。
まさにあれは、支配的なピッチングである。
薬物よりも悪魔と取引したと言う方が、まだしも信じられるというものだ。
カンザスシティ相手に、直史は投げていないのに、アナハイムは三連勝。
チームとしても調子のいい状態で、ミネソタにやってくる。
去年はレギュラーシーズンで、唯一直史から点を取ったのが、ブリアンのホームランであった。
もっともその仕返しとばかりに、ポストシーズンは圧倒されたが。
ミネソタがワールドチャンピオンになるのに、アナハイムはどうにかしなければいけない。
レギュラーシーズンの中の一試合だけではなく、特別な一戦となることは分かっている。
ミネアポリスにおいて、最強のピッチャーと最強の打線が激突する。
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