第15話 君臨
カンザスシティ相手に、三勝一敗と勝ち越し。
どこか不気味な勝利の後に、アナハイムはフランチャイズに戻ってきた。
次の対戦相手は、ア・リーグ東地区の首位を走るボストン。
今年こそはアナハイムの覇権を揺るがすべく、準備をかけた編成で臨む。
三連戦は、リッチモンド、直史、レナードという順番。
直史だけは中四日で投げているため、ローテーションは変則的になっている。
「ボストンも上手く若返りに成功したもんだな」
ベンチには入れないものの、ロッカールームには樋口も来ている。
あまり家にいると子供たちの遊んで攻勢が凄いため、クラブハウスに避難してきているのだ。
普段なら別にいいのだが、今はまだ負傷の治療中。
何か無理をすれば、悪化してしまう可能性もないではないのだ。
ボストンは確かに今年、ラッキーズとア・リーグ東地区の首位争いをしている。
ただこの地区はその2チーム以外にも、強いチームがいる。
トロントとタンパベイも、勝率五割をキープ。
現在負け越しているのは、ボルチモアだけなのである。
ナ・リーグ西地区と並んで、今年も地獄のような様相を呈している。
出来ればアナハイムは地区優勝し、勝率で上位2チームに入りたい。
さもないと1カード余分に、ポストシーズンで対戦する必要がある。
おそらく今年は、ミネソタがア・リーグの勝率のトップに立つ。
そのミネソタ相手には、消耗していない状態で挑みたい。
去年は四連勝でスウィープしたが、直史が一試合完封し、さらに勝負どころでリリーフを二度している。
戦略的に見ればスターンバックに無理をさせたのが、ワールドシリーズ敗退の原因の一つになった。
ミネソタの打撃力は、レギュラーシーズンでは充分に統計的に、地区優勝し高勝率を残せるものである。
ただし強すぎるがゆえに、中地区のチームの勝率は、かなり低くなることだろう。
そして東地区は、ボストンとラッキーズが上手く食い合っている。
よって勝率五割のチームが四つもありながら、突出して勝率に優れたチームはいない。
アナハイムは西地区で、着実に星を拾えばいい。
ヒューストンは去年に比べ、今のところ成績は落ちている。
ここからアナハイムが復調していけば、逆転はまだまだ可能だ。
勝率五割を保ったまま、ターナーの治癒を待つ。
もっとも治癒するかどうか、いまだに分かっていないようだが。
樋口の目からすると、たとえターナーが抜けた状態だとしても、アナハイムがワールドチャンピオンになるのは、今年を逃せばしばらくはない。
直史のように、蹂躙し、制圧し、支配するようなピッチャーは、そうそう現れないからだ。
プロ最後の年に、さらにそのピッチングは進化している。
どれだけその限界の範囲を広げれば、野球というスポーツを食らい尽くすのに満足するのか。
球数制限を完全に無視し、勝てる試合全てに出るという、19世紀のピッチャーをやっても問題ないのではなかろうか。
そんな極端すぎることまで思ってしまう。
アナハイムは現在、10勝7敗。
そしてその勝ち星の四つを、直史が上げている。
このまま中四日で四月を投げきれば、一ヶ月で七勝。
まさかと思っていた30勝を、移籍一年目に達成した。
もしもレギュラーシーズン終盤まで、このペースで投げたとする。
休養日やオールスターを休みと考えれば、まさか40勝に到達するのではないか。
MLBの年間最多勝記録は、その長い記録の中では、60勝という頭のおかしな数字が存在する。
しかしそれは19世紀に残された記録で、まだチームのエースが一人しかいなかったような時代。
第二次大戦後は、30勝投手はいなかったのだ。
直史の傑出度合いが、周囲の他のピッチャーと比べれば、どれだけおかしいか分かる。
武史の26勝というのも、普通に伝説になってもおかしくない。
たった一歳上に、直史という兄がいたということ。
これは武史にとっては、あるいは不幸なことであったのか。
ただ武史のような、パワーピッチャーの極みのような存在が、身近にあったということ。
直史にとっても、技巧と駆け引きを磨く、絶望的な理由となったのだ。
この三連戦、直史は第二戦に登板する。
それによってボストンの心を、どうやって折ることが出来るのか。
カンザスシティとボストンでは、チームの状態も違う。
だが直史なら、やってしまうと思えるのだ。
(早く復帰しないとな)
負傷者リスト入りしてしまった以上、何があっても10日間は復帰できない。
最速でサンフランシスコとの三連戦、最終戦で復帰できる。
その翌日からは、ヒューストンとの三連戦があり、三連戦の初戦に直史が投げる。
ヒューストンの心を折ることが、今の状況では一番重要なことであろう。
第一戦のリッチモンドは、あまり勝利を期待されていない。
去年までのアナハイムが、あまりにも投手を援護していたからである。
そんな中でリッチモンドも少しは投げていたが、ろくに貯金を稼いでいない。
今年も二度先発し、二度敗戦投手になっている。
ただどちらも六回を投げて四失点と、イニングはそれなりに投げているし、メトロズ並の援護があれば、勝ち投手になっていたであろう。
しかし今日の試合は、樋口までもがいないのだ。
経験不足のキャッチャーと組んで、自分でも考えていかなければいけない。
直史としてはこの試合は、負けるだろうなと諦めている。
プロの世界では勝つことと同じぐらい、どう負けるかが大切だ。
結果的に六割勝っていれば、ほぼ優勝できるのがNPBであった。
MLBの記録を見ても、六割勝っていてポストシーズンに進出できないというのは、まずありえない事態だ。
直史が勝った試合の分を、どれだけ無駄にしないか。
僅差の勝利とぼろ負けを交互に行い、五割の勝率を保てば、あとは全部直史がどうにかしてくれる。
そんなことを思っている人間もいるかもしれない。
人、それをナオフミストという。
ボーエンとレナードは、ある程度勝ち星を拾えるピッチャーだ。
いまだに得点能力の再編成が出来ていないので、最少失点で抑えるピッチャーが必要なのだ。
なんとか終盤まで、リードして継投。
三点取れればどうにか、勝ちを拾えるのではないだろうか。
リッチモンドのピッチングは、安定して平凡であった。
ボストンは若い選手が多いので、一度勢いづくともう止められない。
打者一巡目までは、無失点でしのいだのだから偉い。
ただアナハイムも一点も取れていないので、ピッチャーとしても士気が落ちる。
自分の数字だけを気にすればいいのだ。
デグロムがほとんど貯金を出来なくても、サイ・ヤング賞を取れたことを思い出せばいい。
気にするべきは奪三振や四球、あとはWHIPなどである。
それさえもある程度は、運に左右される数字だ。
ただそのあたりを計算すると、奪三振率が異常に高い武史は、直史よりも上の評価になる可能性すらある。
もちろんどちらが優れているかは、そのまま受け止めれば分かるであろう。
リッチモンドは六回を投げて五失点。
本人は粘り強く投げているのだが、やはり技術的にMLBで長くプレイ出来るレベルではない。
おそらく若い間に耐久力を使い果たし、FAまでいられるかは微妙。
だがそれでも年俸調停の期間ぐらいは契約されるだろうから、普通に生きていく分には稼げるはずだ。
(ただ日本と違ってMLBは、計算高い人間が多いよな)
日本よりもはるかに多くの選手をドラフト指名するMLBは、高校の段階で指名されても、プロには行かずに大学に進む選手も少なくない。
まだ体が完成していない状態で、どこまでのプレイが出来るのか、判断が出来ないからだ。
大学からはアーリーエントリーして、中退してMLBする選手はいる。
その場合でも指名順位を考慮して、自分がどれぐらい成功できるか、考えてプロの道に入るのだ。
ドラフト下位指名であれば、契約金も安い。
マイナーの中でもルーキーリーグやAのリーグだと、ほとんどアルバイトと変わらないような年俸にしかならない。
シーズンオフにはトレーニングや練習ではなく、普通にアルバイトをしている。
アメリカンドリームを手に入れたいなら、まずはメジャー昇格。
そしてその中でも、年俸調停権を獲得。
さらにFAになって大型契約を獲得し、ようやくアメリカンドリームの達成と言える。
今年で直史は三年目であるが、選手の入れ替わりはどんどんと行われている。
一度一流と認められた者は、何度かミスしてもチャンスがある。
しかしそこに至るまでは、一つのチャンスを手にすることすら難しい。
MLBで成功するルートの一つとしては、NPBを経由するというのは、ピッチャーにはかなり有力なルートと言える。
高卒ならば早ければ七年目で、ポスティングを認めてもらえるのだ。
FAでも九年あれば、MLBに行ける。
ただし高卒一年目からほぼ即戦力というのは、かなり少ない部類であろうが。
アナハイムは結局、この試合は三点しか取れなかった。
ボストンはリッチモンドの降板後も、追加点を入れて3-9と完敗。
だがこれは最初から分かっていたこと。
勝ちパターンのピッチャーまでも引き出されることなく、リリーフ陣を無駄に消耗させることがなかった。
そして第二戦。
直史の、今年五度目の先発が始まる。
開幕から19試合目で、五先発目の直史。
このペースで投げていけば、果たして最終的に何勝出来るのか。
大介のホームラン量産ペースもすごいものだが、直史の傑出度はさらにそれを上回る。
そうは言っても大介の場合、薬物時代の記録を上回っているのだ。
技術でパワーを上回るというのは、ピッチャーにとってはむしろ当たり前のこと。
現代の長打偏重のMLBのバッティングでは、直史相手には相性が悪い。
四月度の直史の登板数は、七試合となる。
だがそれ以降は、一ヶ月に六試合が主になるだろう。
全ての試合に勝ったとして、37勝前後。
MLBの長い歴史を見れば、それよりもたくさん勝っているピッチャーはたくさんいる。
しかしそれはあくまで、先発のピッチャーが完投し、登板間隔も短かった時代の話。
何より勝ち星に対して、それなりに負け星もあったのだ。
とりあえず37勝すれば、もう誰もケチをつけられないだろう。
サイ・ヤングの年間最多勝は、36勝が最高である。
チャールズ・ラドボーンは19世紀に59勝している。ただこの数字は資料によっては、60勝ともされる。
その年の敗戦は12試合なので、一人で47個の貯金を作った。
これはさすがに直史も無理である。
いや、やってみないと分からないものであるが。
ポストシーズン進出のために、中三日で投げるような事態になっても、せいぜいそれは最後の一ヶ月。
それ以前に負けが込んできたら、もう無理をしてポストシーズンを狙うような事態ではない。
重要なのは、投げた試合で確実に勝つこと。
そして一つの勝利に、それ以上の価値も持たせることだ。
カンザスシティ相手の蹂躙劇は、悪魔のごとき所業であった。
だが旧約聖書などによると、神の怒りに触れた人間の方が、悪魔によって殺された人数より、はるかに多いと言われている。
悪魔は人間を誘惑し、神の恩寵から堕落させる。
日本人である直史には、あまりそういう意識はない。
GODを神と訳したのは、翻訳家の誤りではなかったか。
ボストンの選手は昨日の試合で快勝しているため、士気は高まっている。
明日の先発はレナードなので、どうにか勝てるように今日から手を打っておきたい。
カンザスシティのように三試合連続無得点などという、極端な試合はさすがに無理だろう。
だがとりあえず明日まで続くほど、強烈な敗北感を、今日は与えておくのだ。
若手の多いチームは、一度崩れると建て直しに時間がかかる。
逆に勝ちの気運に乗ると、一気に連勝したりもするのだが。
現在は東地区トップのボストン。
まだまだシーズンは長いが、ここで叩いておくのも悪くはない。
アナハイムのヘイロースタジアムでは、手を組んで拝むように直史のピッチングを見つめるファンたちがいる。
信者ではないと思いたい。
今季の直史のピッチングを、もちろん相手チームは分析している。
しかし調べれば調べるほど、考えれば考えるほど、本当にこれは同じピッチャーか、と思うのだ。
開幕戦はとにかく、圧倒的に少ない球数で、試合を終わらせてしまった。
オークランドはまるで、ペテンにかけられたような気分であったかもしれない。
第二戦目以降は、奪三振の数が増えている。
18奪三振を奪った試合はまたもオークランドが相手であった。
オークランドの選手は泣いていいと思う。
四試合目のカンザスシティ相手は、珍しくもストレートの配分が多かった。
直史は普段、カーブを一番多く投げる。
もっとも他の球種も多く、カーブに偏ったわけではない。
しかしカンザスシティ戦ではストレートでの空振りが多く、これまでのピッチングスタイルとは全く違っている。
過去の試合を精査すれば、ストレートを切り札のように使った試合も多かったのだが。
二本のヒットを打たれ、奪三振は12と、他の試合に比べればこれだけでは、何かがおかしいとは思わないだろう。
だがストレートを積極的に使っていた、そのコンビネーションが今までとは異質だ。
直史のストレートは、スピードはともかくスピン量とスピン軸がホップ成分となるように大きく働いている。
これはもうどのチームも、よく知っていることだ。
普段は落ちるカーブに、ツーシームやスライダーを使っていると、沈む球に目が慣れていく。
そこにホップ成分の高いストレートを投げると、球速以上に効果的というわけだ。
しかしカンザスシティの試合では、明らかにストレートの割合が多かった。
ならば普通に、試合の後半では打てるようになっていてもおかしくない。
フライを打たせることも自由自在、というわけではない直史である。
周囲から見るとそう思えるかもしれないが、ゴロを打たせるのに慣れたピッチングに、落ちないボールを投げると上手くフライになるのだ。
これはタイミングを外したボールでも、同じようなことが起こる。
ただまだ一試合なだけに、からくりはばれてはいない。
むしろある程度分析された方が、効果的だという場合さえある。
一回の表、ボストンの攻撃。
初球から打っていく気持ちの見える先頭に対して、直史はストレートを投げた。
これなら打てると思ったのかもしれないが、バットにかすりはしたものの、キャッチャーのミットに収まる。
想定した軌道よりも、高めに決まっているのだ。
球速はわずかに91マイル。
そして二球目に投げたツーシームは、92マイルという数字であった。
これを引っ掛けて、サードゴロでワンナウト。
初回の先頭打者に、仕事をさせなかった。
直史は変化球投手であるが、初球からどんどんとゾーンに投げてくる。
二番に対しての初球も、内角に投げたストレートであった。
詰まった当たりになって、サードフライでアウト。
三球でツーアウトに追い込んでしまった。
ストレートの球速は、これもまた92マイル。
遅いわけではないが、これも日本式なら150km/hに満たない。
そんなボールであるのに、ジャストミート出来ずに差し込まれているのだ。
この秘密が分かっても、どうしようもない。
単純に一般的なストレートと、軌道が違うだけなのだから。
手首を柔らかく使って、最後に指先で弾くまで、力を伝えきる。
スピード信仰の人間には、理解できないストレートであろう。
同じストレートであっても、ピッチャーによってその力は違うのだ。
三番打者に対しては、カーブから入った。
おそらくストレートを見ようと思ったのであろう、その初球のカーブには反応しない。
そして二球目、アウトローに変化しながらゾーン内のカットボール。
ボールとコールされたが、キャッチャーのミットが流れた。
やはりキャッチャーのキャッチング技術が低いと、直史のようなピッチャーは本領を発揮するのが難しい。
もっともこのキャッチャーの技術は平均的だ。樋口が高すぎるのだ。
日本のキャッチャーは基本的に、捕ったボールをぴたりと止める。
アメリカではMLBであっても、そのまま流してキャッチしてしまうキャッチャーがいるのだ。
さほどリードも難しくはしないのだから、そのぐらいの技術は持っていてほしいものだ。
日米でキャッチャーに対しては、求められるものが違う。
三球目はツーシームを投げて、ファールを打たせて追い込んだ。
そして最後にはストレートを投げる。
92マイルのストレートが、スイングされたバットの上を通り、空振り三振となった。
より前で、直史はストレートのリリースを行っている。
わずかにタイミングが変わり、そして軌道も変わる。
踏み込みはさほど深くもなく、重心の位置はわずかに低く。
カンザスシティとの試合に比べると、まだしも普通に使うストレートである。
三回までを投げて、わずか23球。
しかし三振も三つ取っている。
打たせて取るバッターと、三振を奪うバッターを、意図的に分けているのだ。
そしてここまで苦労しているのに、味方の援護はまだ一点もない。
当たり前のようにパーフェクトピッチングをしている。
完全にバッターの狙いを見通して、そこを避けるピッチングをしたり、あえてそこの近くに投げてみたり。
バッターの心理としては、狙い通りのコースにボールが来れば、そこをフルスイングしてしまおうとする。
だからそこからわずかに落とせば、打球は速いが上手くゴロに出来るのだ。
あとはMLBの内野の守備力を信じるのみ。
そして今日は二巡目から、ボストンのバッティングが狂いだした。
内野ゴロや小フライを連発するようになったのだ。
バッティングの肝というのは、つまるところタイミングなのだ。
大介のバッティングを見ていれば、スイングスピードが大切だということは分かる。
しかしそれと同じく、最適のタイミングで、ボールを捉えることも重要だと分かる。
力を最も効率的に伝える。
それがバッティングにもピッチングにも限らず、おそらく全ての動きの奥義である。
バッターボックスに入る前に、軽く素振りをするバッターもいる。
だがそれは直史にとっては悪手だ。
何を狙っているのか、そして狙っていないのか、スイングだけで分かる。
もちろんわざとスイングをしている場合もあるが、そういう場合は気配が違う。
相手の心理までを見通して、その間隙を狙う。
あるいは誘導して、凡打を誘う。
ピッチングの技術というのは、本当に奥が深い。
どれだけ経験を積んでも、まだその先があるのだ。
そしてそんなことをやっているうちに、やっと五回の裏に一点が入った。
あとはこれを守りきれば、アナハイムの勝利である。
しかしたったの一点だ。
直史であっても狙い球を絞って、スラッガーがそれだけを目論めば、ホームランを打たれることはあるのだ。
その狙い球を見抜いて、ホームランだけは打たれないピッチングをする。
残り4イニング、それを続ける。
大変そうであるが、既にボストン打線の心は折れかけている。
五回を終わったところで、球数はようやく40球を超えたあたり。
打たせて取るピッチングなのに、奪三振も1イニングに一つずつは取っている。
これは意図的ではないのだが、相手からすれば直史は、何をしてもおかしくないと思えるのだろう。
パーフェクトピッチングが、このまま続いてしまうのか。
狙い球が来ない。
来たと思えば、ほんのわずかに変化してくる。
ジャストミートが一度もないことだけは、確かである。
ヘイロースタジアムは天使の輪であるはずなのに、ピッチングの悪魔が君臨している。
対戦するバッターはことごとく凡退し、そしてスイングが狂いだしている。
メジャーに来るようなバッターは、単純な天才だけではありえない。
まずアマチュアからルーキーリーグに入って、自分がお山の大将であったことを知る。
そこからさらに研鑽し、次の段階に至った者こそが、メジャーの舞台に立てる。
だがそれでも、まだレベルに差がありすぎるのか。
七回には先頭打者が、そこそこ強いゴロを打てた。
そのゴロが三遊間を抜けて、初めてのランナーが出た。
これでようやくパーフェクトピッチングは終了し、さらにノーアウトから二番バッターということで、一気に同点から逆転の機会になる。
ダブルプレイにだけは気をつけて、右を意識したバッティングをしていけばいい。
だがここからの直史のピッチングは、彼にしては異質であった。
主にカーブと、そしてストレートの組み合わせ。
あとはチェンジアップを使って、横の組み合わせはないコンビネーション。
二番打者、三振。三番打者、三振。
そして四番打者も三振でしとめられた。
ここまでは三振を奪いながらも、基本的には打たせて取るのが、直史のピッチングであった。
しかしここでランナーが出て、まるでやっと本気を見せたように奪三振。
これが本気であったのか。
本当ならいくらでも、三振を奪うことが出来たのか。
確かに三人に11球と、少し球数を使ってしまった。
だがファールを打たせたボールでさえも、惜しいと言えるような飛距離は出ていない。
後ろへのファールか、もしくは内野スタンドへのファールか。
かろうじて三振を免れようとカットした後、普通に空振り三振したものもある。
ストレートでの空振り率が、今日もやはり高いのだ。
ボストンの先発が降板し、ようやくアナハイムは追加点を取った。
まだ2イニング攻撃はあるが、とても点が入る雰囲気ではない。
ゴロを打たせる配球で、ことごとく打ち取られている。
運よく内野の間を抜いていけば、今度はあのコンビネーションで三振を奪われるのだろう。
そういった雰囲気が浸透しても、直史は淡々と投げ続ける。
まるで課題をこなすように、1イニングに一つは三振を奪う。
ただツーストライクまで追い込むと、三振を奪ってしまうこともあったが。
二点差はワンチャンスのはずであるのだが、もう全くどうにかなるという意識が見えない。
完全にボストンは、戦意喪失していた。
明日の第三戦、そしてその後も数試合、打線が不調になってほしい。
そうすれば勝率が落ちて、アナハイムが逆転する可能性は出てくる。
地区が違えば対戦数も少ないので、どうにか他のチームに任せるしかない。
地区優勝し、そして勝率が上位二位までならば、計算してピッチャーに投げさせることが出来る。
直史としても出来るならば、消耗は少なくワールドシリーズに勝ち進みたい。
三勝もしながらチャンピオンになれないというのは、出来れば避けたいことなのだ。
結局これ以上は、何も起こらなかった。
九回28人86球13奪三振。
わずか一本のヒットに抑えるという、いつも通りのおかしな数字が残る。
出来ればもう少し球数は減らしたかったな、と思う直史である。
望みが大きすぎる。
これで明日の試合までに、ボストンが立ち直らないことを直史としては祈るのみだ。
頭にあるのは、もう次の試合。
サンフランシスコとのカードでは直史の出番はなく、その次にはいよいよヒューストンと当たる。
樋口も復帰してきて、直史はヒューストンとの初戦に投げる。
ここで西地区首位のヒューストンを叩ければ、一気に並ぶことが出来るだろう。
もっとも重要なのは、実際に勝つことではない。
決定的な敗北感を植えつけることである。
四番の仕事として言われるのは、相手のエースの決め球を打ち、自信を喪失させること。
高校野球レベルなどであると、馬鹿にならない現実であった。
ならばスーパーエースがするべきは、相手の主砲も含めた打線を完封し、まるで打てないと思わせることか。
一試合だけではなく、その後にも影響を残す。
そんなでたらめなピッチングを、直史は実行している。
ヒューストンとの試合は、そんなピッチングでいいのかという、試金石になるだろう。
中四日で投げ続けて、それでも故障の気配を見せない。
ピッチャーというポジションの可能性を、常識をひっくり返して拡大していく。
それが今の直史のピッチングであった。
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