第2話

 彼女を部屋へと連れて行くと、僕はとりあえず謝罪をした。しかし彼女は何の謝罪かわからずに困惑していた。

 どちらかと言えば自分が迷惑を掛けたとお互いに頭を下げあっていた。


「晴翔君が来てくれてよかった」


「上から見たら君の日傘が見えたから……」


「ああ……派手だからね」


 前に僕は彼女に日傘について聞いたことがあった。

 あれは昨年亡くなった母の形見らしい。正直、自分の趣味ではないが、マネージャー代わりをしてくれていた母がいつも自分に差してくれていたと、今でも忘れられないからと言い涙を流していた記憶がある。


「あの光の柱って、神宿しんじゅくでも起こったやつだよね?」


「うん……」


 僕は目を伏せた。そして彼女は僕を見てから少し言い辛そうにして言葉を紡ぐ。


「実は知ってるんだ。晴翔君があの時いた男の子だって」


「そうなんだ……なら、話すよ。さっきの女の子についても」


 僕はことの全てを高崎に話した。とは言っても大したことではない。ただ僕が不幸になっただけの話。


「そっか……その時付き合ってた子だったんだね」


「うん。彼女が帰って来た時に恥ずかしくないようにって自分磨きをして、気付いたら俳優になってた」


「なんで俳優?」


「かっこいいかなって……」


 僕の言葉に高崎は大笑いをした。

 笑い終えると、彼女は一息ついてからまた言葉を発した。


「で、まだ好きなの?」


「そう……だね。でも、慣れちゃったからさ、弥生がいない事に……。正直、どうすればいいかわからない。さっきの感じ僕に気付いていないのか、僕のことを忘れているのか……」


 俯く僕を励ます高崎に、どこか昔の弥生を僕は彼女に重ねていた。

 自分の部屋に戻ろうとすると、高崎は僕のシャツの裾摘んで少しだけ引き留めた。


「ねえ……私のことは名前で呼んでくれないの? 同い年だしさ、私も晴翔君って呼んでるし……」


「……千夏?」


「うん……えっとそれじゃあ」


 そう言って摘んでいたシャツが解放されると、僕は彼女の方を振り向いた。

 そこには今人気の若手女優高崎千夏が立っており、僕はようやく今の状況を整理し、これまでの状況がどのようなものだったのかを自覚した瞬間、顔を真っ赤にして部屋を出た。


 部屋に充電ケーブルを差しっぱなしにしていたスマートフォンが震えて何かを報せる。

 ディスプレイには弥生からのメッセージが入っていた。

 懐かしさと、少し怖さがあった。

 僕が最後に送ったメッセージは、恐らくあの日から一週間経った頃。その宣言通り、僕は恥ずかしくない男になったつもりではある。

 それにメッセージを送って来たということは、僕のことは忘れていないのだろうと考えた。

 恐る恐るメッセージアプリを開く、一番上に来ている彼女とのトークルームに入るとただ四文字『ただいま』とだけ送られて来ていた。


 どこへ行っていたのかはわからない。でも、どこかで生きていたのだろう。

 僕は返す言葉に悩み、結局その日は返信することができなかった。


「撮影、延期でよかったね」


 ホテルのビュッフェで千夏と一緒になった。

 目の下のクマを見られて彼女は笑いながらそう言うと、朝からカレーを器に盛っていた。


「朝カレー。イチロー選手がやってたでしょ?」


「あれって毎日ってわけじゃないでしょ。たまたま、その日はカレーが食べたくてリクエストしただけで」


「へえ、そうなんだ。晴翔君って物知りだよね」


 笑みを浮かべて彼女は自然と僕の向かいの席に座る。


「あんまり親密そうにしてると、また噂になるよ?」


 そう言うと彼女は変わらず笑みを浮かべ続け「別に構わない」と言ってのけた。

 僕は溜息を吐きながらロールパンを齧っていた。

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