4-3

 クリスが呼ばれたのは、死にかけている子供の、神様のもとへ旅立つ準備を頼まれたからだとあとで聞いた。

 たまに、足を折って家のベッドから動けないでいる人のところや病院に出かけていくことはあったから、その子は大丈夫だったのかと聞いたら、亡くなったと返ってきた。今までにも、ほかの人のお見舞いに行ったときとか、その子の両親にお願いされたときに病室を訪ねていたそうだ。

「……時々私は自分が死神みたいな気持ちになるよ」

 キッチンの椅子に体を投げ出すような姿勢で、クリスはひとりごとみたいにつぶやいた。いつもの黒くて裾が長い法衣スータンじゃなく、ジェレミーがうちに来たときみたいな白い聖職者のカラーに黒いスーツって格好だ。ストラは丸めてテーブルの上に置いてある。

「神父が病院に現れるのは……いや、コーヒーをありがとう、ディーン。もう休みなさい、私は明日から葬儀の打ち合わせがあるから」

 俺はマグカップを持って部屋に戻るクリスの背中を見送った。ジェレミーは教会でお祈りをしている。やつが戻ってくる前にさっさと寝ちまおう。



 俺は葬式が嫌いだし(好きなやつは葬儀屋くらいなものだろう)、家族が死んだのに泣かないやつは理解できない。

 おふくろが死んだとき、俺はわけがわからずに、ずっとくんくん鳴いていたと親父から聞かされた。こんなを男手ひとつでまともに育てられるとは思えず、ここで殺してしまったほうがいいんじゃないかと考えたそうだ。

 街灯のない夜の道で狼の姿のおふくろをねた長距離トラックの運ちゃんは、ナンバープレートとにおいを覚えられて、ふたつ離れた州まで追いかけられたあげく、怒り狂った親父と兄貴たちに咬み殺された。

 当然の報いだ。俺の家の、ほこりだらけのサイドボードの上には、色せたおふくろの写真(人間のときの)と一緒に、地元の新聞に載った不可解な殺人事件の切り抜きスクラップが飾ってある。

 だから、ちっちゃな棺を前にして、涙ひとつこぼさないどころか微笑みさえうかべているようなふた親の様子を見たときは、こいつらの頭はどうかしてるんじゃないかと思った。

 東京トーキョーだかキョウトだかに本社がある会社の駐在員だとかいう日本人の夫婦は、葬式の参列者にいちいちお辞儀していた。アジア人の年齢はよくわからないが、ふたりとも若く見える。

「――この世からあなたのもとにお召しになった紫苑シオン・アンドリュー・斉藤サイトウを心に留めてください。洗礼によってキリストの死に結ばれた者が、その復活にも結ばれることができますように。キリストは死者を復活させるとき、私たちのみじめなからだを、主の栄光のからだと同じ姿にしてくださいます……」

 クリスが死者のためのお祈りを唱えている。

 父親が胸の前に抱えている写真には、サッカーボールを持った、小学校三年生ぐらいの男の子が写っていた。日に焼けていて、笑っているので、生え変わりの時期なんだろう、左の前歯が一本抜けているのがわかる。

 全然元気そうだし、可愛い子だった。なんで死んだのかわからない。事故だったんだろうか。

 もし事故だったとして、腕とか脚がなくなってたら、死んだあと、そのなくなった体はちゃんと天国かどっかで再生するってことだろうか。頭だったらどうするんだろう。誰か見てきたやつがいるのか?

「……また、亡くなった私たちの兄弟、御旨みむねに従って生活し、今はこの世を去ったすべての人をあなたの国に受け入れてください。私たちもいつかその国で、いつまでもともにあなたの栄光にあずかり、喜びに満たされますように……」

 すべての人、の中には、人狼の俺やおふくろも含まれてるんだろうか。

 誰かが死ぬってことは、そいつが文字どおりこの世からきれいさっぱり消えちまうってことだ。どこかへとは、俺たちは考えない。おふくろはもうどこにもいない。触ることも、声を聞くこともない。運の悪いトラックドライバーをずたずたにしたあと、俺たちはおふくろを悼む長い遠吠えをあげた。

 火葬にするために、棺を載せた霊柩車リムジンが出発してしまうと、俺は教会を離れて納骨堂のほうへ歩いていった。

 子供がひとり死んだっていうのに両親は泣かねえし、空もこれ以上ないってくらい晴れている。

「……クソ」

 爪先で地面を蹴ったら芝生に穴があいた。……こりゃ、埋めとかねえとあとでジェレミーのやつに小言を言われるかもな。

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