4-2

「すごく不味まずそうだ」

 というのがやつの感想だった。味見してもいないのに顔をしかめている。

 ああ言ったものの、俺はほんとにやつが日曜のミサにやってくるとは思っていなかった。第一、吸血鬼は昼間出歩けないだろ?

 だから、献金皿を回収しに行ったときに、やつが一番うしろの席に座っているのを見てびっくりした。

 吸血鬼は一種異様なオーラを放つ。

 誰かを魅惑するために「私を見て!」ってときは、たとえそれが満員のサッカースタジアムの観客席の中だったとしても、スーパーボウルのハーフタイムショーのステージにいるみたいに目が離せなくなるのに、注目されたくないときは、それこそ戸棚の中のガイコツみたいにひっそりしている。

 今日のニックは後者だった。

 葬式にでも参加するみたいな黒いスーツとネクタイに、色つきのメガネアイグラスをかけている。マフィアの殺し屋ヒットマンか死神みたいな格好だけど、そのせいなのかどうなのか、いつもなら新顔があると喜んで世話を焼きたがるおばちゃんたちも、やつに声をかけるどころか、そこにいることすら気づいていないようで、視線も向けない。

 そういえばこいつは前にも、サングラスをかけて警察署に行ったことがあったっけ。今日は曇っているから出てこられたのかもしれない。

 俺は献金を求めるふうで、ぶらぶらとやつに近づいていった。

 ニックがちょっと顎をしゃくったのでふりかえると、同じようにやつがいることに気づいたらしいクリスが、ぎょっとしたような顔でこっちを見ていた。

 クリスは頭がいいから、やつがなんでこんなところにいるのかも、知り合いじゃないふりをしたほうがいいってこともわかってくれるだろう。あとで怒られるだろうけど。

「いつからいたんだ?」俺はあいさつをするふりをして話しかけた。

「聖体拝領が始まったときくらいからだ」

 じゃあクリスの説教は聞いていないんだな。

 ニックは財布から二十ドル札を出して皿に入れた。いつもより少ないじゃないかと争うつもりはなかったから、俺が、どうだったと聞いたところ、やつが答えたのがそれだ。

「マクファーソン神父と話したい」とやつは言って、みせびらかすみたいにさらに五十ドル追加した――弱味につけこむにもほどがある!

「……クリスをコールガールみたいに扱うのはやめろ、この成金野郎」俺は歯ぎしりをして言った。

「お前の魂胆はわかっているぞ、人狼の坊や。あいにくと私は昨日生まれたわけではないんだ。あの助祭を私が牙にかけることができればそれでよし、もし私の手に負えないようならこっちが引き下がると踏んだんだろう」

 ……チッ、バレたか。

「さすが年の功だな」

「それで、話をさせてくれるのか、くれないのか、どっちだ? 忘れているかもしれないから言っておくが、私が紳士協定を結んだのはマクファーソン神父に対してであって、お前とではないからな」


 俺がクリスに声をかけると、クリスは理由をつけてジェレミーを祭具室にやり、俺たちは納骨堂の裏に移動した。

「ノーランさん、どうしてあなたがここにいるんですか」

 クリスの表情と声は硬かった。

「来ちゃいけなかったかね」

「いけないというわけではありませんが……。ディーン、お前からミスター・ノーランに話すと言ったじゃないか。伝えなかったのか?」

 ……やべ、怒られる。

「話は聞いているよ」ニックがすかさず口を挟んだ。「心配してくれたとは嬉しいね。今日ここへ来たのは私の意志だ。あなたに迷惑はかけないよ」

 俺がこっそりやつを横目で見ると、してやったりといわんばかりのグレーの瞳がこっちを見下ろしていた。……ちくしょう、先制点をとられたってことか。

「だがあの若い助祭は祓魔師エクソシストではないんだろう?」

「違います。……ですがそうなる可能性はじゅうぶんあります、彼は終身助祭を希望しているわけではありませんから」

「終身助祭って?」と俺。

「簡単にいうと、プロテスタントの牧師のように結婚できる職だよ。司祭じゃないからエクソシストには任命されない」

「災いの芽は早いうちに摘んでおくに限るな」ニックが顎を撫でながら言った。

ノーランさんミスター・ノーラン?」

 クリスがけわしい顔でニックをにらむ。

「……と、夜の子供たちなら考えるだろうね」

「どうだろう、神父」ニックが、あつかましいお願いをするときのあの気味の悪い猫撫で声を出した。「互いの身が心配なら、あなたに来てもらうわけにはいかないだろうか? 病者の塗油みたいなものだよ」

「なに言ってんだよ、オッサン! 調子に乗るのもいい加減にしろよ」

「あなたはどこも病んでいないでしょう」

「私は魂の病人だよ、そうじゃないか?」

「ふざけんなよこの野郎、それ以上クリスになれなれしくしたら、あの熱血宣教師野郎にあんたのことをチクるぜ。あいつはふた言目には聖書を引用するようなやつだから、あんたとはさぞかし気が合うだろうよ」

 ニックはなにも言わずにまた俺を見下ろしたが、テレパシーが使えなくても、俺にはやつの言わんとしていることがわかった――「ほう、できるものならやってみろ、代わりに、お前が善良な若者に対して悪だくみをしていたことを、私が飼い主の神父にバラさないでいるとでも思うのか?」

 そのとき、話題の中心人物がクリスの名前を呼んでいるのが聞こえた。

「あのクソったれが呼んでる」

「やめなさい、ふたりとも。ノーランさん、たとえどんなクソったれだったとしても、彼に危害を加えたら、あなたとのお約束もそこまでです。彼はフランチェスキーニ司教から預かったんですから」

 クリスは足早に教会へ戻ってしまった。

 俺はニックを見上げた。

「……今の聞いた? 相当みたいだね」

「ああ」

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